第三話:道場破りでお小遣い稼ぎ、そして世界一不条理な飲み友達
「……おいゲオルグ、どういうことだ。説明しろ」
王都にある『ヤギルニアン辺境伯家・直轄騎士道場』の門前。
俺――ゼノンは、黒鉄の魔剣を肩に担ぎながら、隣でヘラヘラしている金髪の男に視線を向けた。
「いやあ、すまないねゼノン! 先月カジノレーンで負けすぎちゃってさ。ロビンの魔法文字の教科書代、僕の財布からはどうしても出せなくて。だから君にひと肌脱いでもらおうと思って!」
ゲオルグは、すっかりこの店の常連になり、俺の貴重な「エール(黒麦酒)の飲み友達」と化した男だ。出会いは最悪だったが、今ではただの気楽な悪友である。そんな彼が信じられない提案を持ってきた。
「この道場、他流試合で師範代を倒したら【賞金5万ゴールド】がもらえるんだ。君の左手一本の神速抜刀なら、一瞬で稼げると思ってさ!」
「……チッ。ガキの教育費のためじゃなきゃ、絶対にお断りだぞ」
ため息をつきながら、俺は道場の重厚な扉を蹴破った。
◇
「たのもーーーう! 」
「……って、あれ? ゲオルグ様!?」
道場に足を踏み入れるなり、汗臭い騎士たちから驚愕の声が上がった。
それもそのはず、ゲオルグは元々この道場の門下生であり、本家から「無能」と追放された次男坊だ。
「フハハ! 久しぶりだね諸君! 今日は僕の連れが、この道場の看板を貰い受けにきたよ!」
「ゲオルグ様、いくら本家を追い出されたからとて、そんな片目片腕の落ちぶれた冒険者を連れてくるとは……我がヤギルニアンの剣術を舐めるな!」
怒り狂った巨体の師範代が、大剣を引き抜いて前に躍り出た。その身に纏うのは、一端の騎士たる強固な魔力障壁。
「おい、片腕のドブネズミ! 貴様のその細い魔剣ごと、叩き潰して――」
――キィィィン。
一瞬だった。
俺はただ、左手で魔剣を1センチだけ鞘から浮かせ、戻した。それだけだ。
次の瞬間、師範代の纏っていた分厚い魔力障壁がガラスのように粉々に砕け散り、彼が構えていた大剣は綺麗に真っ二つに折れて床に転がった。
「ぶ、は……え……?」
師範代は、自分の首筋から一筋の血がツッと流れるのを感じ、恐怖でその場にへたり込んだ。寸止め。もしあと1ミリ刃が前へ進んでいたら、首が飛んでいた。
「し、師範代が一瞬で……!? 構えすら見えなかったぞ!」
静まり返る道場で、ゲオルグだけが「よし、5万ゴールドゲット!」と大はしゃぎで受付から賞金袋をぶんどってきた。
◇
その日の夜。カジノ酒場『ホワイト・アロー』。
「かんぱーーーい! いやあ、今日のゼノンの抜刀は最高にキレてたね!」
「お前が戦ったわけじゃねえだろ。……まあ、これでロビンの新しい教科書が買える。悪くねえ」
俺とゲオルグは、並んでカウンターで黒エールを満たしたジョッキをぶつけ合った。
実家から追放された哀れな次男坊と、ギルドを追放された元暗殺者が、こうして呑気に酒を飲んでいる。理不尽だが心地よい日常だ。
「お父ちゃん、ゲオルグおじちゃん、これ見て!」
ロビンが嬉しそうに、あの『精霊の水槽』を持ってきた。新しく買ってもらった教科書の魔法文字を読み上げると、水槽の中の精霊が嬉しそうにピカピカと輝く。
「へえ、ロビンはもうそんな文字が読めるのか。偉いなぁ」
ゲオルグは水槽をチラリと見て、無邪気に笑った。
「それにしてもその水槽、相変わらず変な形だね。ドブネズミみたいな灰色だし、ちょっと僕の実家にあった粗大ゴミの魔導器に似てるよ。あ、もちろんあんなゴミと違って、ロビンの水槽はピカピカしてて綺麗だけどさ! ははは!」
「おいおい、ゲオルグ。チョビの大事な宝物をゴミと一緒にするなよ。これはただの、ちょっと頑丈なジャンク品だろ」
俺たち二人は、それが本物の『古代猿の魔導器』だとは夢にも思わず、のほほんと笑っていた。
ドーーーーン!!!
店のドアが、昼間の道場破りなど比較にならないほどの爆音と共に、文字通り木っ端微塵に吹き飛んだ。
「――見つけたわよ、この穀潰しのギャンブル狂いの給料泥棒!!!」
凄まじい威圧感と共に現れたのは、超一級の特注魔導鎧に身を包んだ、燃えるような赤髪の美女。
ゲオルグの恐妻であり、ヤギルニアン辺境伯本家からゲオルグと共に追い出された元・近衛騎士、ヘレナだった。
「ひ、ひええええええ!? ヘ、ヘレナ!? な、なぜここが……!」
ゲオルグはジョッキを落とし、カウンターの裏へガタガタと震えながら隠れた。
「なぜもクソもあるか! 実家から『例の魔導器を探し出さねば首を跳ねる』と追撃の刺客(隠密)が王都に向かっているというのに、あんたはこんな下町の酒場で呑気にカジノとお酒ですって!?」
ヘレナの怒髪天を突く怒りに、店内の空気がビリビリと震える。
その時、ヘレナの鋭い視線が、ロビンが大事そうに抱えている『精霊の水槽』にピタリと止まった。
「……あら? ちょっと待ちなさい。その男の子が持っている、ドブネズミみたいな灰色をした不気味な器……。側面の古代文字の刻印、まさか、本家が全財産を懸けて探している、あの――」
ヘレナは驚愕のあまり、顔を真っ青にして絶句した。
「あんたたち……それ、何だと思って使ってるの……!?」
「え? ただの精霊の水槽だけど……?」
「そうだよヘレナ、ロビンの金魚鉢代わりだよ?」
俺とゲオルグがキョトンとした顔で同時に答えた、その瞬間。
店の外の大通りから、ヒュンヒュンと不穏な風切り音が響き、数十人の黒装束を纏った男たち――辺境伯本家が放ったガチの公儀隠密(暗殺部隊)が、店を包囲するように飛び込んできた。
「ハハハ! 見つけたぞ、無能のゲオルグとヘレナ! そして……おお、そのガキが持っているのは本物の『古代猿の魔導器』ではないか! 一度にすべてが手に入るとは、本家の当主様も大喜びだ!」
隠密の頭領が、いやらしい笑みを浮かべてロビンへ飛びかかろうとする。
だが、彼らは完全に侵入する場所を間違えていた。
そこには、旦那を怒鳴られて機嫌の悪い元拳闘士と、家庭環境を荒らされてキレかかっている元SSS級暗殺者がいたのだから。
「おい、フィオナ」
「いいよゼノン。……入り口のドアの弁償も含めて、全員の骨をバラバラにして叩き出しな!!」
「御意」
俺は眼帯の奥の目をギラリと光らせ、左手一本で魔剣を引き抜いた。
本家が誇る最強の隠密部隊への、圧倒的な『ざまぁ』の時間が幕を開ける――。




