第二話:元社畜はカジノ酒場で最強の義父になる。そして最初の『ざまぁ』
ゼノン、それが俺の今の名前だ。
前世は日本のブラック企業で身を粉にして働き、過労死したただの社畜。神の気まぐれか、このナーロッパ全開の異世界に転生したまでは良かった。
だが、最強の『王立暗殺ギルド』でSSS級まで登り詰めた結果、任務で右目と右腕を失った途端に「無能」と吐き捨てられて追放された。
(まあ、前世の有給消化だと思えば、この下町のカジノ酒場『ホワイト・アロー』での用心棒暮らしも悪くない)
「おい、お父ちゃん! 精霊さんがまた大きくなったよ!」
義理の息子になった孤児のロビンが、灰色の魔導器――俺たちが『精霊の水槽』代わりに使っている古代遺物を抱えて走ってくる。
中では、魔力を吸った水棲精霊がキラキラとルビー色に輝いていた。
「おう、よかったなロビン。……っと、おいフィオナ。あそこのテーブルの奴、また負けてるぞ」
俺が左手で顎をしゃくった先には、上等なシルクの服をボロボロに着崩した金髪の男が頭を抱えていた。
ヤギルニアン辺境伯家の次男坊、ゲオルグだ。
「あああああ! またハズレかよ! この魔導ボウガン、絶対に照準が狂ってるって!」
ゲオルグはカジノレーンの椅子を叩き、やけくそで黒エールを煽った。
実家から「粗大ゴミの魔導器をなくした無能」として追放され、軍資金を増やそうとこの店にやってきてから、かれこれ3日連続で負け続けている。
「おいおい、ゲオルグの旦那。照準のせいにする前に、自分の腕を疑いな。アンタ、狙う時に右肘が下がってんだよ」
俺がカウンター越しに声をかけると、ゲオルグは涙目で振り返った。
「うるさいよゼノン! 僕はこれでも、本家じゃ『天才ボウガン使い』って言われてたんだからね!? ……あーあ、今日も一文無しだ。ヘレナ(嫁)に殺される……。頼む、ゼノン、ツケで一杯おごってくれ!」
「仕方ねえな。その代わり、後でロビンの勉強を見てやってくれよ。一応、元貴族サマだろ?」
「え、いいの!? 持つべきものは、隻腕の飲み友達だね!」
ゲオルグは現金な笑顔を浮かべ、ロビンの頭を撫で始めた。
実家が血眼で探している『マスターキーの魔導器』が、目の前でロビンの金魚鉢(水槽)にされているとも知らずに。なんとも平和な、最高のスローライフだ。
――だが、その平穏は、店のドアが蹴破られたことで唐突に終わりを告げた。
「おいおい、随分と落ちぶれた場所で泥水をすすっているな。――元・SSS級、ゼノン先輩」
現れたのは、黒い漆黒の軽鎧を纏った3人の男たち。
王立暗殺ギルドの現役A級暗殺者たちだ。下町の一般客たちが悲鳴を上げて店の隅へ逃げ惑う。
「……何しに来た、ギルドの猟犬どもが。ここはカタギの店だ、失せろ」
俺が冷たく言い放つと、中央の男が嘲笑うように書類を突きつけてきた。
「ハッ! 無能追放されたゴミの分際で、偉そうに命令するな。お前に『復帰命令』だ。お前が抜けてからギルドの依頼達成率はガタ落ちでな。今や王宮からの信用もガタ落ちだ。片目片腕でも、囮くらいにはなるだろ? ありがたく這いつくばって戻ってこい」
ギルド長たちは、俺を追放した後に気づいたらしい。
ギルドの防衛結界の維持も、超難関任務の間引きも、すべて俺が「左手一本」で裏から処理していたという事実に。
「断る。今の俺は、この店の用心棒だ。お前たちの不始末に付き合う義理はねえ」
「断るだと? 障害者が調子に乗るなよ。……おい、そこのクソガキが持ってる水槽、いいカネになりそうだな。まずはそのガキの腕を切り落として――」
暗殺者がロビンに向けて、毒の塗られたダガーを抜いた。
「ひっ……!」
怯えるロビン。ゲオルグが慌ててロビンを庇う。
その瞬間、俺の中の『前世の社畜の逆鱗』と『今世の父親の怒り』が完全に限界を迎えた。
「――フィオナ。皿、何枚まで割っていい?」
「1枚につき銀貨3枚、あいつらの身ぐるみ剥いで請求しな!」
フィオナの頼もしい声が響くと同時に、俺はカウンターを飛び越えた。
「死ね、片腕のロートルがァ!」
暗殺者3人が同時に、神速の暗殺剣で俺の死角へ襲いかかる。
常人なら視認すら不可能な、ギルド最高峰の連携。
――だが、俺にとっては、前世の満員電車より遅い。
「【無刀流・瞬閃】」
キィィィィィン!!!
金属が激しく擦れ合う高音が店内に響き渡る。
次の瞬間、暗殺者たちの持っていた特製の魔導暗殺剣が、すべて根元から消し飛んでいた。
それだけではない。彼らの着ていた高級な漆黒の軽鎧が、一瞬にしてキャベツの千切りのようにズタズタに切り裂かれ、3人は一糸まとわぬ素っ裸の状態で床に転がった。
「ぶ、ぶはっ……!? な、何が起きた……!?」
「俺たちの剣が……鎧が……消えた……!?」
暗殺者たちは、自分が全裸であることと、首筋に冷たい「黒鉄の魔剣」の刃がピタリと押し当てられていることに気づき、顔面を蒼白にした。
「ひっ、ひいいいっ!?」
「おい。ギルド長に伝えておけ」
俺は冷徹な、かつて世界を震撼させた『最強の暗殺者』の瞳で彼らを見下ろした。
「『いまさら戻れって言われても、俺、いま家族とポトフ食うのに忙しいんで』ってな。次、俺の家族に手を出したら、王立ギルドの建物を丸ごと地図から消すぞ」
「は、はいぃぃぃぃ!」
全裸のA級暗殺者たちは、涙と鼻水を撒き散らしながら、下町の大通りへと悲鳴を上げて逃げ出していった。
王立ギルドの精鋭が全裸で下町を爆走する姿は、明日には王都中の噂になり、ギルドの株は完全に地に落ちるだろう。完璧な『ざまぁ』だ。
「す、げええええ……! ゼノン、君、そんなに強かったの!?」
ゲオルグが目を輝かせて拍手する。
「お父ちゃん、かっこいい!」
ロビンが抱きついてくる。俺は左手でその小さな頭を、不器用にかき回した。
「……フン。騒がせて悪かったな。さあ、飯にしよう。フィオナ、特製ポトフの準備は?」
「もうバッチリさ! ゲオルグ、あんたの分もあるから、しっかりロビンに勉強を教えなよ!」
「もちろんさ、お義姉さん!」
こうして、俺たちの平和なスローライフは続いていく。
王立ギルドが崩壊寸前なのも、ヤギルニアン辺境伯本家が財宝のマスターキー(ロビンの水槽)を見つけられずに破産しかけているのも、今の俺たちには知ったことではない。




