第一話:無能と笑われ追放された男たち、そして至高の聖遺物
「おい、ゼノン! 片目片腕の無能がいつまで我が『王立暗殺ギルド』の特級席に座っている! さっさと失せろ、この組織の足手まといが!」
かつて帝国全土を震撼させた最強の暗殺者、ゼノン。彼はある任務で右目と右腕を失った瞬間、手のひらを返したギルド長たちによって、退職金すら剥ぎ取られ組織を「無能追放」されていた。
「……フン。精々、俺のいなくなったギルドの依頼達成率がどこまで落ちるか、楽しみにしているさ」
ゼノンはボロを纏い、下町の酒場へと身を隠した。
◇
同じ頃、名門ヤギルニアン辺境伯家の邸宅。
次男坊のゲオルグは、冷酷な兄である現当主から、家を追い出される宣告を受けていた。
「おい、ゲオルグ! お前のような落ちこぼれに分ける領地などない! これを持ってさっさと出ていけ!」
投げつけられたのは、ドブネズミのような灰色をした不気味な骨董品――『古代猿の魔導器』。
中身は空っぽ、魔力測定もEランク。本家ではただの「呪われた粗大ゴミ」として扱われていたレプリカ品だ。
「ははっ、兄上。こんなゴミを私に……。まあ、妻のヘレナとの新婚生活の足しにでもしますよ」
ゲオルグはため息をつきながら安アパートへと帰った。
だが、その数時間後。辺境伯の隠し禁書から、とんでもない事実が発覚する。
『古代猿の魔導器、それ即ち、初代当主が封印した【国家予算3年分】の古代金脈の封印を解くマスターキーなり』
「な、なんだとォーーーッ!? あれは本物の聖遺物だったのか! ゲオルグを連れ戻せ! 壺を回収するんだ!」
本家が血眼でパニックに陥った時には、すでに遅かった。
何も知らないゲオルグの恐妻ヘレナは、夫の留守中に「何よこの汚いゴミ!」と、巡回してきたドワーフのジャンク屋にたったの3銅貨で売り払ってしまっていたのである。
◇
王都の片隅、下町スラムに佇む酒場『ホワイト・アロー』。
ここは高級酒が飲めるだけでなく、おもちゃの魔導ボウガンでターゲットを撃ち抜いてチップを稼ぐ「魔導カジノレーン」が併設された、一風変わった店だった。
「おい、ゼノン! いつまでシケた面して座ってやがる! 昼間っからエールばっかり呑んでんじゃないよ! この給料泥棒!」
カウンターの中から怒声を浴びせるのは、豊満なボディをタイトな給仕服に包んだ美女、フィオナだ。彼女はこの店の若き女主人であり、かつては王都の裏格闘界で無敗を誇った元・拳闘士だった。
「……うるせえな、フィオナ。エールは俺の魔力補充だ。大体、俺はここの用心棒だろ。ちゃんと裏の仕事はしてるさ」
カウンターの隅で黒エールを煽る男――ゼノン。
右目には禍々しい漆黒の眼帯。そして、外套の右袖は肩の付け根から先が無く、風に揺れている。
片目片腕。一見すれば落ちぶれた障害者だ。しかし、彼が腰に帯びた一本の『黒鉄の魔剣』だけは、王立暗殺ギルドの最高傑作としてのオーラを放っていた。
「ふん、用心棒ねぇ! 毎日毎日、絡んでくるクソ貴族を睨みつけて追い返してばかりじゃないさ! ああ、誰かうちの店にまともなカネを運んできておくれ!」
フィオナが天を仰いだその時。店の重厚なドアが勢いよく開き、小さな影が飛び込んできた。
「お、お父ちゃん! お母ちゃん! 助けて!」
ボロボロの服を着た孤児の少年、ロビンだった。数日前、裏社会の抗争で父親を亡くし、行き場をなくしていた。
そんな彼の腕には、なぜか中に小さな光る水棲精霊が泳ぐ、灰色の魔導器がしっかりと抱えられている。ドワーフのジャンク屋から「精霊石の育成水槽にちょうどいいや」とロビンの父親が買い与えた、あの『古代猿の魔導器』だ。
「おいおい、ロビンじゃねえか。どうした、その泥だらけのツラは」
ゼノンが眼帯の奥の目を細める。
「お前さっき、誰をお母ちゃんって呼んだんだい!? ……って、それより怪我はないのかい、ロビン!」
フィオナが慌てて駆け寄る。
ロビンの背後から、下町の治安を牛耳る悪徳暗殺ギルド『黒犬の牙』のゴロツキたちが、武器をギラつかせながら店内に足を踏み入れてきた。
「ヒャッハー! 見つけたぞクソガキ! 父親の借金代わりに、その【精霊石の水槽】と、お前の身柄を貰い受ける! ついでにこの店もめちゃくちゃにしてやるぜぇ!」
「……チッ。店の敷居を泥靴で跨ぐんじゃねえよ、三下どもが」
ゼノンがゆっくりと立ち上がった。左手一本で、腰の魔剣の柄に手をかける。
「あぁん? なんだその片腕のドブネズミは! 障害者はすっこんでろ! 俺たちは王立暗殺ギルドの傘下だぞ!」
ゴロツキの1人が、魔力を纏わせた大剣を振りかざしてゼノンに襲いかかる。
――キィン!
一瞬だった。
誰もゼノンが剣を抜いた瞬間を見ていない。ただ、超高密度の魔力の閃光が走った。
次の瞬間、ゴロツキの大剣は豆腐のように綺麗に真っ二つに叩き切られ、男は部屋の隅まで吹き飛んで壁に激突した。
「ひ、ひえっ……!? な、なんだ今の神速の抜刀は……!?」
「王立暗殺ギルドの傘下、だと? ……あいつら、俺を追放してから随分と質が落ちたようだな。俺の目が黒いうちは、そのガキには指一本触れさせねえ。……失せな。それとも、お前らの首をその『王立』のギルド長へのお土産にしてやろうか?」
ゼノンの放つ、かつて数多の修羅場を潜り抜けた『元・SSS級暗殺者』としての圧倒的な覇気。
ゴロツキたちは恐怖で尿を漏らしながら「ひ、ひえぇぇぇ! 本物の怪物だァーー!」と悲鳴を上げて一目散に逃げ出していった。
「ふぅ……」
ゼノンは息を吐き、魔剣をサヤに収めると、ロビンの前にしゃがみ込んだ。
「おい、ロビン。その水槽、ずいぶん大事そうに抱えてんな」
「うん……お父ちゃんが買ってくれた、僕のたった一つの宝物なんだ。精霊さんも、僕といると元気になるの。……ねえ、ゼノンのおじちゃん。僕、お家がなくなっちゃった。ここに居てもいい……?」
上目遣いで涙をためるロビン。
ゼノンは顔を背け、「ケッ、ガキの子守りなんて御免だね」と悪態をつく。しかし、その耳は赤かった。
「何言ってるんだい、この意気地なし!」
フィオナがガシッとロビンを抱きしめる。
「いいよ、ロビン! 今日からここがアンタの家さ! 私が特製のポトフを作ってあげるからね!」
「本当!? ありがとう、お母ちゃん! じゃあ、ゼノンのおじちゃんはお父ちゃんだね!」
「誰がお父ちゃんだ、誰が!」
赤面して怒るゼノンを見て、フィオナとロビンは声を合わせて笑った。
こうして、元SSS級暗殺者のゼノン、元拳闘士のフィオナ、そして孤児のロビンの、奇妙な『最強の疑似家族』の生活が始まった。
ロビンが大事に持っている水槽が、実は本家が血眼で探している『国家予算級の魔導金脈の鍵』だとは、まだ誰も知らない――。
◇
一方その頃。
財宝の秘密を知り、必死で魔導器を探して下町にやってきたヤギルニアン家の次男坊・ゲオルグ。
「はぁ、ヘレナの奴、なんてことをしてくれたんだ……。本家からは『見つけるまで帰ってくるな』と罵倒されるし……。ん? なんだあの店は。『ホワイト・アロー』? 魔導ボウガンのカジノ……? ほう、可愛いディーラーのお姉ちゃんたちがたくさんいるじゃないか! ちょっと軍資金の捜索がてら、一杯引っ掛けて勝負していくとするか!」
女とギャンブルにだらしないゲオルグは、目の前をロビン(と、例の魔導器)が通り過ぎたことにも気づかず、鼻の下を伸ばしてゼノンたちの店へと吸い込まれていくのだった。




