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目が覚めたら埋葬寸前でした ~他国の辺境伯夫人?罵倒された記憶しかないので、自称夫をぶん投げて墓守に戻ります~  作者: 桃緑茶


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第9話 死の精霊の加護、一部解放

彼女――アネモネの肉体は重度の疲労を負っている。

アイビーの身体能力と精神力のまま無茶をさせた事は、反省せねばならない。


この身体の本来の所有者はアネモネ・リシャール。

カルディア国の子爵令嬢だという。

アイビーの住んでいたファインブルク王国ではなく、だ。


カルディア国からアイビーが住まうファインブルク王国に戻るには、運河を経由しグリンホルン共和国の国境沿いを経由して自国に戻る。

更にゼフェスゾームの山脈の山沿いからファインブルク王国内に入る事となる。

橋の往来は金銭がそれなりに必要で、船が一番密航に適している。


(後腐れないように、此処の金品は使わない方が良い)


……流石に、アネモネの首飾りを売り払って路銀にするのはよろしくない。

これは彼女の心の拠り所だ。


現状一文無しなので、不法入国して自国に戻るしかない。

無論警備兵はいるが、アイビーの隠密能力ならば掻い潜れる。


アイビーは眉根を寄せた。自分の置かれている状況を整理しようとする。


「なんでこんなことに……?」

(本当に面倒くさいことになったわ……)


アイビーは深い溜息をついた。しかし嘆いている時間はない。

まず目の前の問題を解決しなければならない。そう決意すると、アイビーはベッドから起き上がろうとした。

「……?」

馴染んできたからだろうか。


アイビーは死の精霊の加護で、幽霊が再び見えるようになった。

墓守をしているからか、時々死を自覚していない者や、未練がある者などに出くわすことはある。

そういった霊は説得したり、肉体言語(霊だけど)で納得させていた。


それにしては、数が多い。

本来墓地で眠っている筈の霊まで起きてしまっているようだ。


必死に何かを話してはいる。


だが、生者の言葉はまだしも、死者の言葉はアネモネの身体に負荷になると判断したのか、受け付けないのだろう。言葉は聞こえない。

事実、視えはするが少し身体が重い。


「ごめんなさい。見えるけど、聞こえない」

すると、威厳ある風体の貴族が、何度も同じリンブル共通語を繰り返す。

唇の動きで何を言っているのか分かって来た。


『水』 『飲むな』 『毒、毒……ダメ』


「……分かった、飲まない」

幽霊は安堵の様子を見せて、申し訳なさそうに頭を下げた。



その時、扉を叩く音が響いた。


「……誰?」



警戒しながら声をかけると、侍女らしき若い女性が入ってきた。彼女は恭しく頭を下げると言った。


「奥様、お目覚めになりましたか?」


侍女は優しげな微笑みを浮かべていたが、どこか緊張しているようにも見えた。

アイビーは身構えながら彼女を見つめる。


「どうも。ここは何処じゃっとな?(どうも。ここはどこ?)」

アイビーの質問に対し、侍女は少し驚いた表情を見せたがすぐに平静を取り戻した。


「ラングハイム辺境伯邸のお屋敷です。旦那様が心配されておられます」

「ロベリアとの恋路の邪魔をしたと(いか)い心頭の間違(まっ)げじゃねですか」

アイビーは皮肉気に侍女に告げた。



アネモネも最初から死のうと思っていなかった。

使用人たちの仕打ちを受け、ただ耐えて離縁した後の生活の足しにと。

ロベリアに押し付けられたお下がりのドレスの刺繍を解き、別の作品にして離縁の後を考えていた。

それらは、此処の使用人達に汚水に漬けられた。


『そんなもので旦那様の気を引こうなんて浅ましい』

『こんな女が良く貴族で居られたものね』


ひそひそと嘲笑う声に、ボロボロだった心が遂に折れた。


「……お前らは罪の意識がある。……。

しおらすすれあ(あた)懐柔出来(でく)っと(おも)ている。(お前らは罪の意識がある。優しくすれば懐柔できると思っている)」

ふむ。小声で口にしたがカルディア語が馴染んではいる。

だが。

(当分はリンブル共通語の訛りの強い言葉でいい)



アネモネの気持ちは分からないが、碌な調査もせずに子爵令嬢を寄ってたかっていびる屋敷の世話になる等、アイビーのはらわたが煮えくり返る。

(離縁の方向で行こう)

体力が戻り次第、ファインブルク王国に戻る。そして、自分の身体がどうなったか確認したい。



アネモネ――アイビーの瞳が、静かに侍女を射抜いた。その胡桃色の虹彩には、一片の甘さも温情も含まれていない。

まるで獲物を見定める猛禽類のような冷徹さがあった。


「水をお持ちしました。お飲みください」


侍女は震える手で水差しを差し出す。献身的な看病を装っているが、その額には脂汗が滲み、視線はアネモネから逸らされがちだ。

罪悪感と恐怖がないまぜになった表情が、アイビーの警戒心をさらに煽る。


(演技か。それとも本気で献身のつもりか。いずれにせよ……信用できない)


「お前が全部飲め」


というか、アイビーに飲ませまいと、メイドや庭師の幽霊が必死に通せんぼしているのだが。

通り抜けてしまうせいか、壁にもならないが死者の方がアネモネを案じるとは皮肉なものだ。


「…………え?」

侍女の顔から血の気が引いた。ありえない要求と流暢なカルディア語に言葉を失い硬直する。


「聞こえなかったのか。私に飲ませたいのなら、お前が先にその水を飲めと言っている」

アイビーの声は低く平坦だった。感情を排したその声音にこそ、底知れない威圧感があった。

侍女は青ざめた顔で水差しを見つめる。迷いは一瞬だった。ここで逆らえばどうなるか。あの屈強な騎士たちを次々と投げ飛ばした怪力を持つこの令嬢の怒りを買えば――。


震える手でコップに水を注ぎ、侍女は覚悟を決めてそれを呷った。


一口。

二口。


喉を通った水は妙に冷たく、そして……どこか金属的な苦味があった。

侍女の目が大きく見開かれる。


「かはっ!」


突如、口元から鮮血がほとばしった。侍女は声にならない悲鳴を上げて床に膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込む。白いエプロンドレスの胸元を朱に染めながら、痙攣するように呼吸を求めて喘いでいる。


室内に赤黒い液体が広がっていく悪夢のような光景。


(やはりか)

アイビーは動じなかった。むしろその冷めた目が、決定的な事実を認識したことで一層深く凍りついた。



――悪意ある者がいる。



アネモネの死ぬ前の記憶が浮き彫りになる。

死の感情とは本人の恐怖があまりに強く、どれ程高位の死の精霊の加護持ちだろうと、直ぐに引き出すことはできない。

だが、彼女の肉体に刻まれた死の痕跡が、時間経過する度にアイビーの魂へと鮮明に伝えて来た。




『死にたくない。助けて』


アネモネは首を吊る前。確かにそう言っていた。


その声も空しく、無理矢理黒い手に掴まれ椅子に立たされ、自身の手で無理矢理首に縄を掛けさせられた。


『アナベル夫人に会いたい……、刺繡を一緒にしたい……一緒に本も読みたい……!!』

『助けて、誰か、助けて。死にたくない……!!』

泣きじゃくるアネモネの立つ椅子を黒い脚が蹴り飛ばし、掛けられた縄が気道を圧迫した。




「‥‥‥」

何者かの悪意で、アネモネはその死すら冒涜された。

助けを呼ぶ声すら圧殺された。


アイビーは指に布を巻き、侍女の喉元に指を突っ込んで毒を吐かせる。そして心臓マッサージを開始した。

この行為で助かるとは限らないが、何もせず放置するわけにもいかなかった。少なくとも、『被害者』であるアネモネの名誉のためにも。


まあ。

戦士の一族として。死を司る者として。

アネモネを害した者には、キッチリと苛烈なケジメを付けてもらうが。


必死の介抱が功を奏したのか、侍女はしばらくすると弱々しい呼吸を繰り返し始めた。意識はあるようで、朦朧としながらもアイビーを見上げている。


「……こ…れは……?」


掠れた声で侍女が問う。自分の口から溢れ出る血と、眼前の令嬢の姿に理解が追いつかないようだ。


アイビーは答えない。ただ冷ややかに侍女を見下ろすアイビーに、侍女がかすれ声で懇願した。


「ま……待って……くださ……い…だんなさ……まが……」

「旦那様だと?」

その声には、紛れもない嘲笑が滲んでいた。


「その者が真に妻にと望むのはロベリア・リシャールだろう。私はリシャール子爵の要望通りここに来ただけのかりそめの妻。

ただ罪の意識に囚われているだけだろう。そういった偽善者が私は大嫌いだ。

それに」

アイビーは振り返りもせず、ドアノブに手を掛ける。


「ロベリア・リシャールとか言う女を愛しているのなら、とっとと迎えに行けばいい。その方が双方のためだ」


言い終えると同時に扉を押し開ける。廊下には数名の侍女と執事が待機しており、アネモネの目覚めを期待して待っていたようだったが、室内から漂う血臭と倒れている仲間に事態を察知し、息を呑んだ。


「そこん使用人(つこわれにん)を連れっ出て行きなさい。邪魔です」

アイビーは彼ら睨み付け、低く呟いた。侍女を運び出すよう促すと、硬直していた使用人たちは慌てて彼女に駆け寄り、慎重に抱え上げて退室していく。


廊下を行き来する足音が忙しなく響き渡り、騒然とした空気が屋敷全体を包んでいくのがわかった。



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