第16話 いたって真面目な除霊法 ※下ネタ注意
「こいつが、お前の息子を食った生霊に加担した精霊だ」
アイビーは瓶に入った精霊を、バターを攪拌するようにシャカシャカ振り、机に置いた。
「てめ…ふざけんな……」
「おい、その者の他の特徴を早く言え。髪の色、目の色、言葉遣い、全て吐き出さなければ、私に償いたいとのたまう辺境伯の男根を瓶に突っ込ませる」
先代辺境伯の霊は怒りの様相からギョッとした表情に変化したものの、アイビーは本気だ。
「やめろ、嫌だ!!」
瓶の中の死の精霊が悲痛な叫びをあげる。
生命の誕生に直結するそれを、これほど忌み嫌う精霊は珍しい。
死の精霊は、生命の源であるモノを嫌う傾向にある。
死を司るが故に、生の象徴たる男性器や子種、乳やアワビを生理的に拒絶するのだろう。
アイビーはしばし考え込んだ。ジャレッドの男根を実際に瓶に突っ込むとなれば、あの男に会いに行かねばならない。
自分の……身体はアネモネであるし、やめておこう。
あの自称夫を説得するのも面倒だし、何より夜這いを仕掛けたあの顔を見るだけで腸が煮えくり返る。
「よし」
彼女は部屋を見渡し、暖炉の薪に目を付けた。そして使用人の幽霊に告げた。
「ねえ、力を貸すから、作ってくれない?男根。
死の精霊は生命の源を嫌うから。特に下級の野良精霊はね。
コイツが弱ってくれた方が生霊も力を発揮しづらくなる」
絵でも良いと伝えてサラサラと書くと、若様たちの仇を討てるならとメイド達も協力して作り始めた。
『あのー、何でご存じなのでしょうか』
「墓守をしているとね、媚薬を飲んだ効果だけしっかり出て、時々臨戦態勢のまま埋葬する者も居るの」
『うわー……』
不貞の最中の死亡だったらしく、『切って下さい』と告げる遺族と『やめてください』と嘆く死者双方の声を聞きながら、黙々と作業したものだ。
アイビーは無表情で彫像を手に取ると、瓶の周りに無造作に置き始めた。
「ひっ……!やめろ、それ以上近づけるな!!」
死の精霊の声が裏返る。瓶の中で黒い靄が激しく渦を巻き、必死に彫像から遠ざかろうとしている。
しかし、四方八方を囲むブツに激しく嘔吐していた。
「では話せ。アネモネに死を与えろと依頼した者の特徴を。髪の色、目の色、言葉遣い、全てだ」
アイビーの声は氷のように冷たかった。
「吐き出さなければ、この彫像を瓶の蓋の代わりにしてやる」
「わ、わかった!話す!話すからそれをどけろ!!」
死の精霊は慌てふためきながら叫んだ。
「髪は……ピンクがかったブロンドだ!目は明るい青色!声は甲高くて、傲慢な口調だった……『あの忌々しい妹を始末しろ』ってな!
あんたに病を移せとも!!代償として、『生贄たちの生気を喰らっていい』と言われたんだ!」
アイビーの眉がピクリと動いた。
「……ロベリア・リシャール」
その特徴は、アネモネの記憶に残る姉の姿と一致する。
その名を口にした刹那、黒い影が禍々しい笑みを浮かべてアイビーの元に現れた。
刹那。
「そこか」
アイビーは剣で黒い影を切り裂いた。
剣の精霊の加護で、黒い影から喰われた幽霊先代辺境伯の幽霊長男を救出したアイビー。
愚鈍な妹――中身は狂犬アイビーの思わぬ反撃を受けた事や契約した死の精霊が封じられ弱体化した事。
更に。
「オラァ!!」
元は双剣使いのアイビーに、幽霊使用人が作った男根でぶっ叩かれた黒い影こと、ロベリアの生霊は絶叫した。
「こういう死を願う輩には、陽根が一番効く」
女性がブツを持って生霊をぶん殴った事に、幽霊たちは唖然とした。
黒い影は、まるでうめき声を上げつつ霧散した。
周囲には静寂が訪れ、ロベリアの生霊が完全に消失したことを示唆していた。
「……消えたな」
彼女の言葉に、先代辺境伯の霊が深く息を吐くような仕草を見せた。
『あれが……ロベリア嬢の生霊だったのか』
「正確には、ロベリアの悪意が生み出した別個体、といったところか。本体はまだ生きている。あれは、彼女の妬みと憎悪が形を変えたものだ」
アイビーは剣を鞘に収めながら、静かに告げた。
棺桶を顕現し、喰われ、力を失いつつある先代辺境伯の長男や騎士たちを在るべき場所に休ませ、保護した。
黒い影はアイビーの力と別棟の防護結界で弱体化し、怯えるように逃げ去った。
……思ったより、アイビー自身も力の消耗が激しい。
『おお、おお……。息子よ、よくぞ無事で……』
先代辺境伯は涙を流し、棺で眠る我が子の頬にそっと手を添える。
「先代。悪いが騎士たちは現状維持だ。私の消耗が激しい」
『構わぬ。私は一度、諦めてしまった。こうやって、戻ってきてくれただけで良いのだ』
部屋の隅で控えていた使用人の幽霊が、おずおずと口を開いた。
『奥様……ロベリア様は、鼻が落ちているんですよね』
「ほう?」
『それ、性病の症状です。鼻が腐り落ちるんですよ。進行すると……』
なるほど。だから「鼻の無い女」だったのか。アイビーは得心した。
「ロベリアは自身の醜悪な内面を隠す仮面すら失い、今や外見までもが崩れ落ちているわけか」
「そ、そうだ!だから俺は鼻の無い女って言ったんだ!もう解放してくれ!」
死の精霊が哀願するが、アイビーは冷たく言い放った。
「まだだ。お前はしばらく私の監視下に置く」
「約束が違う!」
「私は何も約束していない。『吐き出さなければ男根を瓶に突っ込む』とは言ったが、『吐き出したら解放する』とは一言も言っていない」
アイビーの唇が、残酷な笑みの形に歪んだ。
まあ、情報は引き出せたので、嫌がらせ兼精霊封じは少し緩めるが。
先代辺境伯夫人の使っていた一室の端。
そこをわいせつ物で装飾して申し訳ないが、アイビー自身消耗しているし、これ以上野良精霊の好きにさせる訳にも行かなかった。
「ロベリア・リシャール。アネモネの実の姉が、実の妹を殺そうとしていたとはね」
先代辺境伯の霊が苦渋に満ちた表情で呟く。
『……自分の醜聞を妹に擦り付け、屋敷を混乱させ、最後は殺害まで企てていたのか』
そんな女に次男が引っ掛かった事にこめかみを抑えていた。
「動機は明白だ。ロベリアはアネモネを『自分の不幸の元凶』と見做していた。自分が辺境伯夫人になれなかったのも、性病が露見したのも、全て妹のせいだと」
両親の愛情やアネモネの刺繍の才能や、彼女が受けるべきものすべて奪っておいて。
もっと王都で遊んでいたいと、自分でその地位を拒絶しておいて。
彼女の尊厳のみならず、病すら肩代わりさせようとは。
アイビーは淡々と分析を続ける。
「そして、アネモネが死ねば、未亡人となったジャレッドの心に付け入る隙が生まれる。性病が治ったと偽り、悲しみに暮れる辺境伯を慰める役を演じれば……」
『なんと愚かな……』
「人間の嫉妬と執着は、時に精霊をも動かす。そういうことだ」
アイビーは瓶の中の精霊を一瞥した。
「愚かな願いを叶えようとしたものだわ。――死の精霊の扱いは、その性質上慎重にならねばならないのに」
誰彼と、死を与えるのはこの精霊の役目ではない。
アイビーはそう、かの死の聖女に教わった。
特異な力を持たぬ以上、死者の安寧と生者を守護するのが加護を得たものの役目だと。
『――私が言っても、説得力はないけれど』
その『死』の扱いに長けた死の聖女でさえ、邪視による大量虐殺で永きの間罪に苦しみ、その罪を清算すべく片足を失ったのに。
「アネモネへの死の呪いを弾いた。だから、今頃痛い目にあっているだろう」
契約不成立となった以上、呪った代償は術者本人に跳ね返るだろう。




