第15話 物置部屋に潜む精霊(しょろ)の面汚し
本邸の物置部屋。
アネモネが自称夫や使用人に謂れなき悪評で押し込められ、遂に心を折られ、生きた悪意によって殺された場所。
あそこはアネモネが殺され、幽霊先代辺境伯の息子や騎士たちが喰われた場所だからか、死の匂いが濃い上『何か』がある。
『こちらが屋敷の見取り図です』
幽霊執事がテーブルの上に見取り図を展開する。
『ですが、もう少し休まれた方が……』
睡眠と食事はとったものの、アネモネの身体は完全回復とは言えない。
(本来なら、数日は休むべきだが、そうもいかない)
彼方は加害の意図がある。
アネモネの死に何の教訓も得ていない馬鹿が悪意に付け込まれ、先導している。
夜這い騒動があった時点で、アイビーは決断していた。
「いや、こればかりは早めに対処した方がいい。本邸の連中はまともな思考ではないから」
『誠に、申し訳ない……』
「現状、領民に危害を向けていないだけ、マシだと思おう」
アネモネの身体に負担を掛けるが、精霊の加護で力を付与しアイビーの能力を補填してでも早々にケリを付けるべきだ。
既に、悪意の生霊は生者に干渉している。
先代辺境伯に別棟に連れ出されなければ、慰み者に成る所だった。
今のアネモネの身体でも、相手の力を利用し、相手のバランスを崩し投げ倒すことは可能だ。
しかし、毒の耐性の無いであろうアネモネの身体では、媚薬――毒を盛られれば技すら無効化される。
アイビーも女だ。男の力で組み敷かれてはなす術があまり無い。
(まあ、気絶したフリとか、乗ったフリをして隙を付いて目潰しや舌を噛み千切る位は出来るけど)
その後の逃走経路の確保までは難しい。
それに、先代辺境伯夫人は病気療養中とのこと。
ロベリアとの婚姻を快く思わない彼女の動き次第では、危害が及ぶやもしれない。
病弱ならば、悪意の干渉で悪化しかねない。
そういった芽は早々に摘み取るべきだ。
アイビーは指で建物をなぞりながら、思考を巡らせた。
「物置部屋の位置関係……外壁の構造……なるほどね」
いくつかのルートを素早く検証し、最も怪しまれない経路を選定する。
どちらにしても、昼間の明るいうちに行動するのが一番だろう。
人目を避けるには夜が都合はいいが、アネモネ不在で屋敷の連中が出払うのは昼の時間だから。
『奥様、例の物は?』
「ああ、持って行く」
アイビーは腰に下げた剣の柄を軽く叩いた。ここに置いてあった短剣。
護身用としても使えそうだ。
アイビーは最後に一度大きく伸びをして、剣を軽く抜き放ち動作確認した。
「ふむ、この位の動きなら問題無いか」
『なんと……』
先代辺境伯が『この娘は本当に墓守なのか』と疑問に満ちた目を向けているが、詮索しないでいる。
「では、さっそく準備しましょうか」
見つけた。
数日間網を巡らし、やっと見つけた。
音もなく、アネモネが過ごした物置部屋にアイビーは戻った。
そして、虚空に手を伸ばし、『ソレ』を掴んだ。
アイビーの死者の祈りが安らかであるのは、彼女が死の精霊の加護持ちだからだ。
精霊との親和性の高い素養故、濃密な死の気配を感知してここに『戻った』者を捕まえた。
「何処の野良精霊だ。何故、アネモネに死を与えた?」
アイビーに、アネモネの死の恐怖が思い起こされる。
『死にたくない、生きたい。やめて、誰か助けて』
離縁後の生活の足しにと誂えた刺繍の品を穢されて、心が折れたその時。
アネモネは、一瞬考えた自死の感情に入り込まれた。
嫌だ、嫌だと、拒絶の意を示しながら、物置部屋に在った縄で首つり装置を作らされたアネモネの記憶。
台に立ち、首に縄を掛ける瞬間まで、生きたい、もっと刺繍をしたい、アナベル夫人に会いたいと恐怖に震えた感情の波。
アイビーは歯をギリリと噛みしめる。
「よくも……ここまで一人の罪なき娘を愚弄したものだな……。
貴様は糞だ。精霊の面汚しだ、こん下郎がぁ……!!」
そして、憤怒の様相で問うた。
野良の――死を司る精霊は飄々と言った。
「殺してくれって頼まれたのさ、生贄と引き換えに」
「‥‥‥」
「まぁ、強い力に妨害されたけど」
アイビーは縊り殺したい衝動を抑えて問うた。
「誰の依頼だ?」
「知るかよ。鼻の無い女だったかな。契約は成立したが、願いは達成されてないね」
アイビーは死の精霊をギリギリと締め上げた。
「ならば、契約破棄だ。私はここに戻ってきた。
契約を果たせなかった死の精霊。この子が本来受け取るはずだった恩寵を授けさせろ。故に、この子に理不尽な死を与えるな」
「へぇ。あんたは死の加護持ちか。こりゃ面白くなってきた」
アイビーは死の精霊の『首』を掴む。
「お前はしばらく私の監視下に置く。野良の精霊を放置したら、また厄介ごとを持ち込まれても敵わないからね」
「あーあ、つまんねぇ奴に捕まっちまったなぁ。まぁ、面白そうだから付き合ってやってもいいぜ」
アイビーの様子を見て、これ以上精霊の加護の力で攻撃されないと踏んだ野良精霊は飄々としていた。
「その傲慢な態度を悔いるがいい。お前を叩きのめす方法は幾らでもある」
アイビーは自身の死の精霊を顕現し、特製の瓶に野良精霊を放り込んだ。
そして、先程使ったルートを使い、天井裏から隠し通路を駆使し別棟に戻った。
本邸の使用人たちだが――
アネモネの不在で市街に駆り出される者もいたが、屋敷を勤務の合間捜索する者も居た。
しかし、アネモネが自死した現場である物置部屋の捜索は拒み、互いに互いへと押し付ける始末。
その周辺に幽霊たちが少しでも時間を稼ごうと集い、奇妙な冷気と威圧感を抱いた事。
ブチ切れて殺意を滲ませるアイビーの覇気に、本邸の使用人たちは本能的に忌避した事も強いが。
ここだけの話、死んでいる筈の幽霊でも『死を感じた』程の殺意に、アイビーが戻って来た事が知られないか、彼女の怒りの凄まじさに冷や汗をかいていた。
アイビーに言わせれば、『軟弱な性根だから悪意に翻弄される』とのこと。
その合間にアイビーは颯爽と野良精霊をとっ捕まえ、使用人が物置部屋を覗いた頃にはアイビーはとっくに撤収していた。
幽霊たちもそれに安堵し、別棟に戻っていった。




