08 錬金術師と人形使い
「えーと、あの……ふもとの酒蔵で暮らしています」
その女はスマホの画面を凝視したまま、淡々と文字を読みあげた。
そして、名刺を一枚差し出す。
そこには、
酒蔵『神樹』 醸造責任者
と書かれていた。
「……で、あなたはギルドに何をしに来たんですか?」
受付嬢の声が低い。珍しく苛立ちを隠そうともしていない。
無理もない。目の前の女が、どう見てもスマホの文面を棒読みしているからだ。
「あのー、ここでお酒を売っていいですか?」
セリフを読み終えたのか、女がようやく顔をあげる。
女の視線の先には、鋭い目で自分を睨みつける受付嬢の顔があった。
渡された一枚の名刺。
そこに記された名前を検索すると、驚いたことに彼女は冒険者として登録されていた。
「あなた、冒険者なの? 言っておくけど、私はあなたを登録した記憶なんてないわよ」
受付嬢はカウンターを軽々と乗り越えると、一瞬で女の目の前に詰め寄った。
そのまま無言で応接室へと誘導し、フカフカのソファに座らせる。
「ドアは、ご覧のとおり開けておきますからね」
受付嬢は冷ややかな声でそれだけ言うと、天井の隅にある監視カメラへちらりと視線を向け、そのまま一旦部屋を出て行った。
女がおどおどしていると、すぐに受付嬢が戻ってきた。
「あなた、ここに来たのは初めて?」
「いえ、8回目です」
「8回も?……それで、あなた教会に行ったの?」
「はい、2回目のときに行きました」
受付嬢は無言で頭上の監視カメラに目をやると、ポケットからスマホを取り出し、手早く操作した。画面をひと睨みしてから、静かに呟く。
「なるほど……あなた、女神に選ばれたみたいね」
「へ?」
「あの教会は、特別な時にしか開かないの。それをあなたは自分で入ったのね?」
「入り口が『バン!』って突然開いたんです!中のステンドグラスやホログラムがすごく綺麗で!」
「……で、女神に会ったの?」
「はい!とっても可愛らしい方でした。……けど、あれってホログラムなんですよね!?」
「一応聞くけど……スマホを棒読みしたのはなんで?」
「ここの公式SNSからのダイレクトメールを読んだんです。『受付でこの文章を読めばいいよ』って」
「ねえ、あなた……騙されているとは思わなかったの?」
「え? だ、騙すぅ? でも公式ですよ! 『中の人』がいるんじゃないんですか?」
その言葉に、受付嬢はわずかに首を傾げた。
彼女がDMでやりとりしている相手の正体は、このリアルギルドのインフラを司るAIである。
受付嬢が何か言いかけようとしたタイミングで、彼女のスマホが小さく通知音を立てた。 画面をフリックし、受付嬢はそこに表示された内容をじっくりと吟味し始める。
「なるほど、あなたのDMにもこの資料が送られていたみたいね。いいでしょう。ではまず衣装を選ばないとね」
「衣装?」
「そうなの。冒険者はユニークな衣装を着ないといけないルールがここにはあるの」
そう言うと、彼女は自身の制服を見せるように立ち上がった。
一目でギルドの受付嬢だとわかる、隙のないデザイン。
くるりっと回ると、彼女の髪がふわりと弾む。
「......私、酒蔵の前掛けを持ってきました!DMにあったので!」
そう言ってその女が身につけたのは、立派な藍染の前掛けだった。
そこには白抜きで、——『神樹 酒命』と書かれている。
体に対して少し大きすぎるその前掛けを見て、受付嬢は思わず吹き出した。
彼女はひとしきり笑うと、笑顔で言った。
「リアルギルドへようこそ!」
その前掛けの女は少しだけ姿勢を正すと、ぺこりと頭を下げた。
***
「ギルマス? あなた今、何をしているんですか?」
『大麦だよ。......他の冒険者と収穫してる。大変なんだ』
「ねえ、お酒の話、知ってます?」
『酒? そう言えば、俺の焼酎がそろそろ切れるな』
受付嬢はその言葉を聞いた瞬間、無言で通話を切った。
窓の外に目をやると、例の『酒命』の前掛けをした女が、清掃ロボに掴まったようだ。
逃げればいいもののロキの説明をしっかりと聞いている。
受付嬢は、手元の端末にある資料へ改めて目を通す。
『リアルギルドのリアルなエール計画』
すべてはAIたちの仕業だった。
資料によれば、収穫している大麦は、10月には『エール』として完成予定らしい。
テナント料は無料。エールの販売利益は折半。
そして、その製造責任者の欄には、あの前掛けの女の名前が刻まれていた。
***
「おい!ここに入れ!」
受付嬢がその声がするほうを見るとチェーンメイルの男と腰に革巻きの男がリュックを背負った色白のひょろりとした男を連れていた。
「ちがうんです! 僕は違うんですよ!」
受付嬢は今日はめんどくさい日だと嘆くと一行を応接室に招いた。
「こいつ!盗撮しまくっていたんだ!」
「それはちがわないけど、ちがうんです!」
「うそこけ!じゃあそのカメラを見せてみろ!」
男は観念したのか、カメラを差し出す。
そこには、ファンタジーズを始め、他の冒険者の写真が撮られていた。
キャストの撮影自体は、このテーマパークでは何の問題もない。 ただ、受付嬢にはひとつ気になることがあった。保存されている写真の、男性キャストの比率が圧倒的に高いことだ。
受付嬢は無言で手を差し出す。
その無言の圧に察した男は、慌ててポケットからスマホを取り出し手渡した。
だが次の瞬間、男の目が受付嬢の腕元に釘付けになった。
「う、うわあ……! それがギルドの制服ですか! すごい、袖口の立体縫製とボタンの質感が……!」
興奮気味に早口で捲し立てる男に、脇にいた冒険者たちがぬっと鋭い視線を向ける。男は「ヒッ」と縮こまり、静かになった。
「スマホを確認しますね。あなたの疑いを晴らすためです。いいですね?」
男はコクコクと頷いた。しかしその目は、なおも受付嬢の制服の構造を舐めるように観察している。 その視線に若干の気味悪さを覚えつつも、受付嬢はスマホの画面をスクロールした。
画面には、キャストや冒険者たちの写真がズラリと並んでいた。どれもアプリで過剰に盛られたものばかりだ。 ――だが、その中に一枚だけ、加工も修正もない『きわどい姿のギルマス』の写真が紛れ込んでいた。
「えーと……たぶんアウトかもしれません、これ。あなた、どうしたのこの写真?」
「こ、ここの公式DMから送られてきたんです!」
受付嬢が怪訝な顔をする。
その顔に二人の冒険者が一斉に姿勢を正した。そして男はことの始まりをしゃべりだした。
「あの、趣味でフィギュアを作ってて……ここのキャストさんをモデルにSNSへ画像をあげてたんです。そしたらある日、公式DMからいきなり『無断販売は違法行為にあたります』って連絡が来て! 僕、絶対に売ったりしてないんです! でも公式から言われたら怖くなって……」
「……で? そう言われて、どうしてここに?」
「そしたら『まずは対話が必要です。応じる気があるなら、本日中にギルドへ来てください。なお、追加撮影の許可と立体化データの正式ライセンス発行を検討します』ってDMが送られてきて……」
男は少し震える手で、スマホの画面をスクロールしてDMの文面を見せた。
そこには、見覚えのある資料のテンプレートで、一言が添えられていた。
『リアルギルド公式フィギュア化計画』
受付嬢は、深くため息をついた。
その直後、受付嬢のスマホが震えた。
通知には、今見せられたものと同じ資料が届いている。
受付嬢と二人の冒険者は、三人そろって資料をじっくり読む。
そして、同時にため息をついた。
「ねえ、あなた。よかったらここで冒険者しない? そうね……『パペットマスター』なんてどうかしら?」
男は目を丸くした。
「一度家に帰って荷物を持ってきます!」
そう言い残すと、リュックを背負って応接室を飛び出していった。
男が部屋を出ていくのを見送ると、チェーンメイルの冒険者が眉をひそめた。
「なあ……あいつ、うちの公式DMから写真が送られてきたって言ってたよな?」
「言ってたわね。つまり、AIが送信したってこと。流れからして、あの男が『資料が欲しい』とでも連絡したのでしょうけど」
「……それ、ちとヤバくないか? 大丈夫なのかよ」
二人の冒険者が、少し怖気づいたような顔で受付嬢を見る。
「えーとね……この資料にも書いてあるんだけど、『ギルマスのきわどい写真』を外部に送ったのは、あの男ただ一人。本人の許可なく送ったことも記録されているわ。これは事実よ。うちのAIは、嘘をつかない仕様だから」
「じゃあ……なにか? AIの奴、最初からあいつをピンポイントで狙い撃ちにしたってことか? でも、なんでよりによってギルマスの写真なんだよ……」
受付嬢は資料の補足欄を指でタップし、呆れたように肩をすくめた。
「一般従業員、つまりキャストの写真を外部に送る場合、肖像権の規定で本人と判別できない画像加工が必要になるでしょ? でもここの代表者のギルマスなら、保護規約の対象外なの。無加工の写真で済むのよ。ここ見て『画像生成なし=APIコスト削減』ってログに残ってるわ」
「……経費のためにウチのギルマスを使ったのか?あのAI……」
革巻きの冒険者が絶句する。
「そして、今回のあの男は会社をクビになってて、お金に困ってて、精巧なフィギュアが作れて、しかも本職はエンジニア」
チェーンメイルの男はそう呟くと、応接室の冷蔵庫を開けた。
冷えた麦茶を注いで二人に手渡す。
「まあ、とりあえず落ち着こうや」
三人が揃って麦茶を一口飲んだその瞬間、窓の外から騒々しい声が響いた。
「そこの人! 話は知っている! 私を作るがよい!」
「ちょっと、なんですか? なんで道を塞ぐんですか? 私は家に帰らなきゃいけないんです!」
三人が窓の外を見る。 そこには、リュックを背負った男と、その進路を塞ぐロキの姿があった。
「私を作るまで、貴殿を帰してはならぬ!」
「いや、だから一度家に帰って荷物を――」
「何を言う! 閉園は15:30だぞ!? まだまだたっぷり冒険ができるではないか!」
三人は窓越しに、その光景をしばらく眺めていた。
受付嬢が小さく呟いた。
「……なんかもういろいろ進んでいるみたいね」




