04 異世界召喚
1
「えーと、海外からこの7名が、ギルド職員見習い(技能実習生)となりますので。みんなよろしく」
6月の雨と共に彼らは飛行機でこの地に召喚された。ギルマスが手招きすると、7名の異国人がそれぞれ手を振った。その姿はまるで、ファンタジー映画からそのまま飛び出してきたかのように華やかだった。
彼らはリアルギルドのSNSにコメントを残した過去がある。人材スカウト特化型『ヴァルキリーAI』に目を付けられ、それぞれの国から、はるばる海を渡ってやってきたのだ。
――「ジャポンに行ける!」
彼らはアニメやコスプレで学んだ日本に胸を驚かせた。
長い杖を持つ男が代表で言った。
"In nomine meo declaro! Vires nostras feremus. Hic erit novus potestas!"
(ここで宣言しよう。 力になれるよう頑張るよ)
全員、言葉の意味がわからなかった。
次にしなやかな鞭を持つ、眩しい笑顔の少女が、手慣れた手つきで鞭をピシャリと鳴らしてポーズを決めた。その横で丸い棍棒を持った男が、深いお辞儀をした。そして隣の少女とハイタッチを交わした。
短い杖を持つ女が続けていう。
"Ah, a-ah... infelizmente... nós ainda não conhecemos nada deste lugar... E nem entendemos a língua! Socorro, pessoal, por favor, me ajudem, eu imploro!"
(あ、あの、あいにく……私たち、まだこの土地に全然慣れていなくてッ……! 言葉もわかりません。助けてみんな、お願いだから力を貸してください!)
その言葉もわからなかった。
突然、オカリナを持つ男と、リュートを持つ女が突然宙返りをした。着地と同時に陽気なメロディを奏で、お互いの楽器を掲げた。
そして最後の一人。その男だけは、微動だにしなかった。胸ポケットに挿した羽ペンと、立派な口ひげ。笑顔ひとつ見せず、じっと佇んでいる。
『……ねえ、俺たち完全に「ファンタジーの人たち」だと思われてない?』
それぞれの母国語を混ぜつつ交わすと、彼らはニヤリと顔を見合わせた。
時差ぼけの勢いで結成された、謎の即席パーティー『ザ・ファンタジーズ』の誕生である。
「実は俺たちさー、異世界から召喚されたんだよね!」
彼らが身振り手振りを交えて語り出すガバガバな設定に、日本人たちは真剣な眼差しで頷いている。
誰一人、ファンタジーズの言葉の意味は分かっていない。
2
「わーーーっ!!!」
夏休みの到来と共に、無数の子どもたちが押し寄せてきた。彼らは「冒険者見習い」として、このリアルギルドへ語学留学にやってきたのだ。
入り口では、『ザ・ファンタジーズ』の面々が満面の笑みで立ちはだかっていた。
「WELCOME!!! BOY & GIRL!!!」
ド派手なコスプレ衣装に身を包み、異国の言葉で叫ぶ。親たちは困惑するが、子どもたちのテンションは一瞬で最高潮に達した。
しなやかな鞭を持つ少女と丸い棍棒を持つ男から、『ドングリのネックレス』を子どもたちの首に次々と引っかけていく。子どもたちは黒光りするドングリに目を輝かせた。
――リアルギルド主催・夏季限定冒険者語学留学。
ファンタジーズが自主的に進めた依頼だった。ギルドの宿に泊まり込み、異世界の雰囲気の中で、冒険の心得(農業や加工技術)を体験しながら、魔法の詠唱(英会話をはじめとする他言語、音楽)を基礎から学ぶ。世間のサマースクールより「安め」の価格設定がうまくいき。夏休みの予約枠は告知から一週間ほどで埋まった。
「HAHAHAHA!!! LET'S GO!!!」
オカリナとリュートの音色に導かれながら、子どもたちを連れて、冷房の効いた宿へと案内していった。
その子どもたちを羽ペンを差す男が見ていた。
「これでざっと二百万。利益の50パーセントは発案者のもの、か……」
その数字がさらに大きくなることを予見した。
そして、静かに言う。
「しかし、まだ足りぬ」
その日はカンカン照りだった。母国フランスでは、こんな熱気はなかった。
額の汗を拭いながら、男はふと初日のことを思い出す。
3
あの日は、空は雨で濁っていた。
その日の夕方。羽ペンを胸に挿した男が、ギルマスの部屋にやってきた。
部屋は物置のように狭く、客用の椅子など用意されていない。
男は部屋にひとつしかない椅子へ、当然のような顔をして腰掛けた。
「帳簿を見せてほしい」
それは祝福にも罵倒にも聞こえる言葉だった。
ギルマスは相手の目をしばらく見つめると、ゆっくりと日本語で言った。
「これは饅頭です。 食べますか? 豆が甘いの。 平気ですか?」
差し出された皿から、男は静かに饅頭を口へと運ぶ。
「甘すぎる」
声は、明らかに女のものだった。
男は口ヒゲをピリッと剥ぎ取り、ベレー帽を脱ぎ捨てた。
ふわりと流れる長い金髪が露わになる。
マルセイユで一番の舞台衣装屋に特注したその衣装。
彼女の中では完璧な『Bravissimo』の幕引きだった。
しかし、ギルマスはあからさまに視線を外すと、饅頭の箱を見つめていた。
「……何か言うことはないわけ?」
彼女がフランス語で問い詰めると、ギルマスは日本語で答えた。
「あと二個ありますけど、食べます?」
けして目を合わせようとしないギルマスに対し、彼女は生涯で一番の苛立ちをはっきりと抱いた。
腹いせのように目の前の茶の器を掴んだが、取っ手のないそのカップは恐ろしく熱かった。
奇妙な文字と魚の絵で埋め尽くされた不格好な器を睨みつける。
特注の『口ひげ』の感触を指先で確かめながら心を落ち着かせようとした。
『質問してもいいですか?』
女神がこのちぐはぐな二人のやり取りに反応した。
「君があの女神AIか? 質問を許可しよう」
『帳簿ですが、まずティールと契約をしてください。契りの管理者です』
「契りとは……古い言葉だな」
普段使われないフランス語を話す女神に気をよくした彼女は、何もない空間に微笑んだ。
『我はティール。契約を問う』
部屋の空気がピキリと張り詰め、室温が下がる。
ギルマスがエアコンをピピピと操作していた。
そして、彼はそのまま床の寝袋を整え始めた。
『帳簿はアンドヴァリの管理だ。実務はドヴェルグたち。あと何もしない妖精が二人いる』
「その妖精はトムテとニッセか!? ぜひ話をさせてくれ!」
女は奇妙な漢字の湯呑みを握りしめたまま目を輝かせた。
「本当に黒字なのか?」
『トントンですよ。週一のマルシェで何とか回収しています』
『チロリン!』と愛らしい音が鳴った。
モニター移る妖精たちが身体をチカチカと点滅させ、『妖精らしく』お辞儀をして見せたのだ。
女はそれがAIだと分かっていても、幼い頃に母が読んでくれた絵本の記憶を思い出さずにはいられなかった。
「ところで……この男はいったい何をしているんだ?」
彼女がギルマスを指さすと、妖精たちは答えた。
『彼はリアルギルドを創造しました。私たち妖精と一緒で特に何もしていません。なお、他者評価シートによれば、ギルマスの評価はおおむね良好です』
「ぐっ……では打開策を講じねばならんのだな! 利益を出さねば!」
算術士としての直感が騒いだ。今は六月。何か策があるはずだ!
無意識に皿へ手が伸びる。しかし、やたら甘い丸いスイーツはもうなかった。
彼女は空の皿を、無言でギルマスに突き出した。
ギルマスは慌てて饅頭を一つ置いたが、彼女は指を二本立てた。
ギルマスは自分の皿からもう一つ置くと、彼女の湯呑へ緑茶のお代わりを注いだ。
その時、ギルマスのポケットでスマートフォンが震える。
【今日の勇者はあなた!】
【16時 酒場集合】
【遅れたら来週の金曜も君が勇者!】
送信者:ロキ(清掃担当)
ギルマスは壁時計を見る。
酒場当番まで、あと五分。
ギルマスは頭で組み立てた英語を一言だけ伝えた。
「アイアムヒーロー」
そして、脱兎のごとく部屋から出ていった。
「……逃げたな!あの男!」
そして、舌打ちをひとつ。
しかし、彼の言葉を思い出すと、どうしても怒りきれなかった。
彼女は残された饅頭をゆっくりと口へと運び、あの『逃げた勇者』がやっていたように音を立てて茶を啜ってみた。
「……下手くそだ」
静まり返った部屋で、妖精たちの電子音だけが「チロリン!」と軽やかに響いた。
4
「お父さん……本当にここで暮らすの?」
大きな荷物を抱えた一家がリアルギルドの門をくぐった。
3人の子どもを連れた夫婦が、不安げに門を見上げている。
数日前まで、彼らは北海道で牧場を営んでいた。牛の一頭一頭に敬意を払う、業界内でも評価の高い牧場だった。ただ、その丁寧さは値札には反映されなかった。
『大切牧場ですが、経営悪化のため閉鎖することになりました』
早朝、長靴を履いた父親が、静まり返った牛舎でSNSに閉鎖の報告を投稿した。
ファンへの、せめてもの挨拶だった。
投稿からしばらくしてその牧場の母が呟いた。
「これは詐欺」
牧場の父が少し考えてから言う。
「警察に連絡か?」
しかし、夫婦は忙しい。
残された作業は山積みだった。
その日の夕方、その夫婦を訪ねた者がいた。
自分たち以上に疲れた顔をした男と、なぜか口ひげをつけた異国の女だった。
その二人はお互いに一切目を合わせようとしていなかった。
見るからに喧嘩中らしい。夫婦はその二人に牧場のミルクを出した。
ギルマスがAIたちが作成したの資料を夫婦に説明する横で、女は帳簿と現物を厳しい目つきで確認していく。
……あの日、泥だらけの牛舎で一緒に資料を広げた男が、笑顔で手を振っていた。その横には、しなやかな鞭を持つ女と、丸い棍棒を持つ男が立っていた。
長靴の父親の背筋が、ぞくりと震えた。武者震いだった。
――ここなら、やれる。
幼い頃に読んだ、羊飼いたちの物語が脳裏をよぎった。
鞭と棍棒。あれは、たしかヨーロッパの羊飼いが使う伝統装備だった――はずだ。
こうしてリアルギルドには、後に『魔獣使い』と呼ばれる夫婦が加わることになる。




