05 ポル・ポトの夏
1
カンカン照りの夏の太陽の下、突如としてテントサイトが出現した。竈からは煙が立ち上り、突貫工事で東屋が建設されていく。屈強な冒険者たちが不平不満をぶちまけながらも草を刈り、領地を切り拓いていく。——それこそが、このリアルギルドにおける「夏風物詩」の幕開けであった。
「プール・ルフ・ドゥ・エロ!」
胸元に羽ペンを差した者が、毅然とした声でそう宣言するや否や、冒険者たちは容赦なく宿から放り出された。
「……なぁ、俺たち今『エロ、エロ』って連呼されてなかったか?」
「誰か酒場でやらかした……のか!?」
身に覚えのある一部の冒険者たちは、互いに疑心暗鬼の視線を交わしながら、炎天下の敷地へと放り出されるのだった。
2
その夜。静まり返ったテントへ、大きなリュックを背負った女が不意に滑り込んできた。
「邪魔するよ。ここの決まりは男も女も関係ないんだろ? 寝させてもらうよ」
闇の向こうから聞こえたのは、聞き覚えのない異国の言葉。男には、その女が何を言っているのかさっぱりわからなかった。ただ、湯上がりなのだろうか、ふわりと甘い石鹸の匂いだけが狭い幕内に漂う。
姿はよく見えない。女は手際よく寝袋を整えると、あっという間に規則正しい寝息を立て始めた。残された男だけが、もやもやとした眠れぬ夜を過ごす羽目になった。
翌朝。男はやけに通る甲高い声で叩き起こされる。
「おい、起きろ! いびきがうるさくて夜中に目が覚めたぞ!」
眩しい朝光の中、男の目の前に立っていたのは、可憐な金髪の女性だった。
「ここの朝飯はうまい。今日こそはあのネバネバした豆に挑戦する!」
朝日が彼女の髪をさらに黄金色に染めあげた。その眩しさを余すことなくベレー帽へ押し込むとごとに、少女の面影が消えていく。そして、慣れた手つきで口ひげを貼ると、そこにいた彼女自身が消え去った。——胸元へ羽ペンを差し込むその瞬間だった。瞳の色が変わる。
「......さて、仕事だ」
口元に浮かぶのは、誰もが知るあの不敵な笑みだった。
3
ギルドの掲示板で、冒険者たちが唯一、本気で不満を漏らす依頼がある。
その依頼名は――『ポル・ポト』。依頼主はギルマスだった。
「来るべき日のために、水路を掘る」
現場ではユンボと軽トラが唸りを上げ、フル稼働していた。ヴィリとヴェーAI が弾き出した精密な設計図に沿って、冒険者たちはシャベルを武器代わりに泥へ突き立てる。当のギルマスといえば、小高い丘の上に突如現れた見晴らし台のような小屋に陣取り、冒険者たちの泥まみれの仕事ぶりを悠々と見下ろしていた。
その小屋からは、日替わりで胡散臭い横断幕が垂れ下がっている。
『あなたの汗は感動の涙!』
『その不満は未来のあなたからのメッセージ!』
『防護眼鏡をかけましたか? 冒険者は目が命!』
「おい! この『ポル・ポト』ってのは、ただの強制労働じゃねえか!?」
冒険者たちは顔を真っ赤に染め、軋む背筋に不満を爆発させる。定刻の15時、ギルマスの小屋のスピーカーから終業アラームが鳴り響くや否や、彼らは蜘蛛の子を散らすように現場から逃げ去っていった。
だが、誰もいなくなった静寂の中でも泥にまみれ続ける男がいた。
夕闇が辺りを呑み込んでもなお、ギルマスはただ一人、闇に染まっていた。パイプを継ぎ足し、ガチガチの地層へと鉄槌を突き刺す。荒い呼吸と、地層を砕く鈍い音だけが夜の静寂に穴をあけた。
とうに指先は裂け、皮は剥がれ落ち、全身が鉛のように重く歪む。
「何をやっているのか?」ギルマス自身もすでにわからなくなっていた。
それでも、ここに水源があればうまくいく。
ただその理想だけで、ろくに調べもせず、突き進んだ。
九か月間、ギルマスは休むことなく杭を打ち込み続けた。
その日は、やけに明るい満月の夜だった。
異変は突然だった。
地鳴りのような「ゴッ!!!」という咆哮が湧き上がった。
次の瞬間、爆ぜた水柱が満月を穿った。
吹き荒れる激しい水しぶきが、ギルマスの身体を清めていく。
ギルマスはただ、声もなく笑みを浮かべていた。
そして――月夜に向かって、一発かました。
マルシェで吠える冒険者たちのように。
「ウォオオオオーーーーッ!!!」
それは、ギルマスの生涯で、一度だけ放たれた勝鬨だった。




