03 ロキ
1 女神の記録
「みなさん、今宵は何を決めますか?」
そんな問いを、冒険者たちに女神は投げかけた。
夜になると女神が現れる。
それは、リアルギルドの恒例になりつつある出来事だった。
テーマパークの客が帰り、小さな喧騒が引いたあと。
中央の巨大なテントの下で、冒険者たちは遅い夕食をとる。
初夏に生まれたその自然なリズムの中に、女神はたまに顔を出すようになった。
初めのうち、冒険者たちは女神の目的がわからなかった。
しかし、彼女が現れる夜は、必ず「何か」を決める夜にとなっていった。
空になった皿を見つめ、ジョッキを握る冒険者たちを見下ろすように、女神は静かに宙にあった。
「決めるって何をですかい? 女神さん」
皮の鎧を着た男が、場を和ませるように言う。
「なんでもです。なんでもいいのです」
女神は微笑んだまま、答えた。冒険者たちは顔を見合わせる。
「おい、とりあえず何かを決めようじゃないか?」
「決めるって、何をだよな?」
ざわめきが、ゆっくりと大きくなった。
2 それぞれの決断
女神が現れるようになってから、冒険者たちは『ネタ』を探すようになっていた。
冒険者たちはこれまで気にも留めなかった領域外へと目を向ける。
「あー、泣かないで!男の子でしょ?」
テーマパークの一角。宿を掃除していた皮の腰巻の冒険者が、その言葉に手を止めじっと見つめた。
「やっぱり女は大変だよー。なんだかんだで男社会だよ」
マルシェの屋台で食事をしていたチェーンメイルの男が、その話を聞きながら肉に噛り付いた。
「男とか女とか……そういうの、決めたいな」
その夜、冒険者たちの間で、初めて全うな意見が出た。
「そんなの、どうでもいいんじゃないの? 同じ人でしょう?」
誰かが言った。
その言葉は、驚くほどすんなりと場に落ちた。
「記録しました」
女神の声で、冒険者たちは静まる。
「人として接すること。――記録しました」
女神のその声に、冒険者たちが互いの肩を叩きあった。
そのあまりに単純な決定を、誇らしげに受け入れた。
3 承認ボタン
自走型のロボット清掃機が音声と共に石畳に揺られながら進む。
冒険者に出会うと『承認』を求めた。
そのロボットは冒険者を見つけると胸におさまったタブレットのボタンを押させるまで道をふさいだ。お客に出会うとゆっくりと近づき聞かれてもいないリアルギルドの7不思議を喋り散らしてまとわりつく。ゴミを見つけても拾ったり拾わなかったり、気まぐれなランダム関数を呼び出した。その挙動はまるで、人間をからかう悪戯小僧のようだった。
「おい!ロキどいてくれよ!」
マントの男が言った。
「承認ボタンを押してください。私はあなたをずっと探していました」
融通の利かないロキに、マントの男は馬車を降りてボタンを押した。
「私は人としてあなたに接しています。これが今回の決まりです」
「そうなのか? まあ、充電に気をつけて帰れよ」
その男は知っている。
ロキがこうして不条理に「動き出す」とき、それはいつも何かを発見しているのだと。
それは、新たな歴史の幕開けにも通じることだ。
ロキは迷子の子どもたちを探し出し、襲い掛かる熊から身を挺して子どもたちを守った過去がある。駆け付けた鍛冶職人と熊との戦いを、極上のエンターテインメントであるかのように撮影した白きロボット。その動画は、ギルドの広報AIである「フギン」と「ムニン」により、即座に動画サイトへアップロードされた。再生数は世界的に跳ね上がり、リアルギルドに人が集まる要因にもなった。
4 プレミアムフライデー
金曜の午後、リアルギルドのテーマパークは昼下がりには早々と閉まる。かつて世間が綺麗あっさりと忘却したあの習慣――『プレミアムフライデー』。このリアルギルドには、確固たる『決まりごと』として女神の脳裏に刻まれていた。そして、その後に続く『フライデーナイト』もまた、厳格に執り行われる儀式なのだ。
金曜のリアルギルドの酒場では、夜の9時までがハッピーアワーとなる。そして、その時間が終わると同時に、店から追い出される。冒険者たちやギルド職員、その家族、さらには近隣の一般客までもが、こぞって金曜夜の『ハッピー』に群がっていた。
この酒場はリアルギルド内でしか使えない『ギルドコイン』のみの支払いが可能だった。ギルドコインの両替では微妙な端数がランダムで出る。その端数を消費しようと『もう一杯』を注文をする。
またこの酒場はよそよりも安く、かつ飯もうまい。
娯楽の少ない近隣の一般客たちも毎週通い、いつのまにか常連となっていった。
このリアルギルドの酒場のホールは無駄に広い。客たちは「飲み物は自分で取りに行く」という暗黙のルールを作った。安く飲めるこの店が潰れないようにと、客たちは祈りを捧げた。
料理を仕切っているのは、「飲むよりも作るほうが好き」という風変わりな調理師免許持ちのギルド職員だ。そして、彼の手伝いとして勇者たちが選ばれる。ロキのランダム関数によって一夜限りの勇者はギルド関係者から選ばれた。
その日、店の混雑は尋常ではなかった。
常連が客を呼び、そして常連になるというループのせいだった。
「おい、少しは応援を呼べないのか!?」
戦場と化したカウンターの奥で、フライパンを振る料理人が叫んだ。
その言葉に、ネットワーク越しに反応したのがロキだった。
「お待ちどうさまです。ゴブリン(モロキュー)と、一角ウサギじゃないから揚げ(鳥のから揚げ)です」
ロキはゆっくりと動き出す。
今日のロキはランダム関数を呼び出すこともなく、珍しく、しっかりと動いていた。
怒号の飛び交う厨房の料理人と、腹を空かせた注文客の白い架け橋となっていく。
「おい、あいつ意外と高性能なんじゃないか……?」
冒険者たちがそんな疑念を抱き始めたとき、ロキのボディに刻まれた生々しい「へこみ」が目に留まった。あの、熊の爪から子どもたちを守った時の名誉の負傷だった。
一般客はこの酒場で、屈強風な冒険者たちと「異世界風自撮り」を楽しむことができる。
冒険者たちもまた、それぞれのポーズで客の要望に応じた。
しかし、その日、スマホのレンズを向けられているのは、ロキだった。
数か月前の『熊から子どもを守った白いロボット』の動画は人々の心を掴んでいた。
そして、今日、そのロキが酒場の架け橋となっていた。




