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マテリアライズ  作者: 谷川 秋太


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5/40

第5話 奇異変幻

 早速、今日あったあの出来事を忘れないうちに——そう思いながら、俺は白紙のページにペン先を滑らせた。


 サラサラと小気味よい音を立ててインクが染み込んでいくのを見つめながら、俺はここ最近、自分の身の回りで起きた「異常」を記憶の底から手繰り寄せ、時系列順に書き殴っていった。




 【これまでの経緯】

 5/18

 下校中、交差点の信号待ちをしている時に、奇妙な犬と遭遇。


 5/19

 世界の見え方が一変する。空間のあちこちに、実体のない「白いモヤ」と「黒いモヤ」が浮かんでいるのが視認できるようになった。モヤは、意志を持っているかのように空中をゆらゆらと浮遊している。


 5/29 ※本日

 放課後、明らかに不審な動きを見せる「黒いモヤ」を発見。導かれるように追跡した結果、巨大な『鬼』へと変貌を遂げた。その後、白銀の犬によって撃破された。




 「……よし。だいたい、こんな感じか」


  文字として可視化されたそれは、あまりに現実離れしていたが、しかし今日俺の身に起きた「恐怖」を思い出させるには十分すぎる内容だった。


  俺は小さく息を吐き出し、ページの余白に、現時点で推測できる【モヤの性質】について、いくつかの仮説を箇条書きで整理してみることにした。




 【モヤの性質に関する考察】


 その1

「白」と「黒」の二種類のモヤが存在する。


 その2

「白」は空中を漂うだけで、人間に危害を加える素振りは見せない(基本的には無害、あるいは無関心?)。


 その3

「黒」は、一定の質量や個体が集まることで明確な実体?(怪異)へと変化し、人間に牙をむく危険性がある?


 その4

 触れることができない?




 「現状で分かっているのは、せいぜいこれくらいか……」


  顎に手を当て、ノートを見つめる。


 整理すればするほど、脳裏には新たな疑問が濁流のように湧き上がってきた。



「形」を成すための条件とは?


 白いモヤは形を成すのか?


 そして何より、あの鬼はなぜ、明確な悪意を持って俺を襲ったのか?——その目的は何だ?



  考え始めるとキリがない。だが、その一歩一歩の謎を解き明かしていく過程を想像するだけで、退屈だった俺の日常が、鮮やかな色彩を帯びていくのが分かった。


 「明日は土曜日か」


  壁にかかったカレンダーに目をやる。


 学校もなく、部活もない。これまでは「どうやって時間を潰そうか」と頭を悩ませていた休日。


 「よし。明日は丸一日、時間がある。さっそく街に出て、データ集めと行きますか」


  不敵な笑みを浮かべ、自分自身に気合を入れるように呟いた、その時だった。


 「——ワォン」


  静まり返った部屋に、鳴き声が響いた。


  驚いて振り返ると、ベッドの真ん中で丸くなっていたはずの白銀の犬が、いつの間にか身を起こしていた。前脚を綺麗に揃え、その神秘的な切れ長の瞳で、じっと俺を見つめている。


 その眼差しは、ただの動物が向けるそれではない。まるで、俺の言葉をすべて理解した上で、何かを訴えかけているかのような、知性に満ちたものだった。


 「お前……まさか、手伝ってくれるのか?」


  冗談交じりで問いかける。


 すると犬は、俺の言葉に応えるように、ふっと喉を鳴らして静かに首を縦に振った——ような気がした。


  触れることはできない。体温を感じることもできない。


 けれど、この頼もしい「相棒」が隣にいてくれるなら、これほど心強いことはなかった。


 「決まりだな」


  ノートを閉じ、電気を消し、ベッドの端へと滑り込んだ。


相変わらず、すぐ隣にいるはずの白銀の毛並みからは何の温もりも伝わってこない。


けれど、確かにそこにいるという気配だけで、胸の奥が高鳴るのを感じていた。

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