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マテリアライズ  作者: 谷川 秋太


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第4話 怪異調査記録

「はぁ……。さっきのお別れは何だったんだよ。何で俺の家にいるんだ?」


 今度は呆れを通り越して、乾いた笑いすら込み上げてくる。


 俺は部屋の真ん中に突っ立ったまま、頭をガリガリとかきむしった。


 ついさっき、あの夕闇に染まる神社の境内で、文字通り命を懸けた激闘を繰り広げたばかりだ。


 圧倒的な「神々しい気配」を放ち、凶悪な赤鬼を完膚なきまでに叩き伏せた、あの白銀の救世主。


 そして、夜の帳へ消えていったあの美しい獣が、今、何をしているかと言えば。


——俺のベッドのど真ん中で、これ以上ないほど小さく丸くなって、すやすやと寝息を立てていた。


 まるで、お気に入りの寝床に帰ってきただけの飼い犬のような態度。


 神社の境内を満たしていたあの圧倒的な威厳はどこへ行ったのか。


 ただの白い毛玉にしか見えないそいつに、俺は一歩、近づいた。


 「お~い。そこ俺のベッドなんだけど...」


 と呟きながら、俺はそっと右手を伸ばした。


 神社で鬼を切り裂いたあの鋭い爪、限界を超えた白銀の疾風。その質量を、今度こそ確かめたくて。


 ——すんっ。


 指先が毛並みに触れる直前、手のひらは何もない空間をただ空虚に通り抜けた。シーツのザラついた感触だけが、俺の指に現実を突きつける。


 「やっぱり無理か」


 思わず声が漏れる。


 手のひらを裏返してみても、そこには温もりも、白銀の毛一本すら残っていない。相変わらず、その身体には触れることができなかった。


 視覚的には、そこに確かに存在し、規則正しく小さな身体を上下させて眠っているというのに。


 「どうなってんだ、一体……」


 俺はベッドの縁に腰掛け、自分の手のひらをじっと見つめた。


 身体のあちこちが、まだあの戦闘の緊張感でじんわりと熱い。


 最初の出会いは、ほんの数日前。信号待ちをしていた時。あの時は、ただ触れられずに消えていくのを見送るだけだった。


 だが、今日の放課後は違った。現れた鬼は明確な『悪意』と『凶暴性』を持っていて、俺を襲ってきた。


 そして、それを救ったのが、目の前で無防備に丸くなっているこの犬だ。


 こいつらはただの幻じゃない。


 「触れない。だけど、確かにそこにいて、俺を救った……」


 恐怖がなかったと言えば、大嘘になる。あの丸太のような剛腕が空を爆ぜさせた瞬間、俺は間違いなく死を覚悟した。


 魂ごと消滅させられるような、あのドス黒い絶望。


 だけど、それ以上に、俺の心は激しく揺さぶられていた。


 そこにいるはずなのに触ることのできない存在、この世界の理から外れた怪異たちの生態に、今や恐怖を上回るほどの、強烈な興味を惹かれていたのだ。


 ふっと、窓の外に目をやる。


 すっかり夜の帳が下りた街は、何事もなかったかのように静まり返っている。


 これまでの俺の日常を思い返してみる。


 部活に入るでもなく、熱中できる趣味があるわけでもない。ただ何となく学校へ行き、何となく友人と話し、放課後はただ時間が過ぎるのを待つだけ。そんな、退屈極まりない、灰色の「暇」の塊だった。


 「……まぁ、いいか。暇だし、ちょうどいい」


 俺はぽつりと呟き、不敵な笑みを浮かべた。


 机に向かい、カバンから一冊のノートを取り出す。

 ペンを握る手に、自然と力がこもった。


 「こいつらの正体を調べてみるか。」


 ノートの最初のページに、俺は力強く書き込んだ。


 

【怪異調査記録】



 書き終えた瞬間、胸の奥が、これまでにないほど熱く高鳴るのを感じた。


 ベッドの上で丸くなる白銀の影を見つめながら、思考を巡らせ始める。


 命がけの、しかし最高に刺激的な日常が、今、幕を開けようとしていた。

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