第39話 プロの仕事
それからというもの、息つく暇もなく街を駆け回った。コンパスの針が示す先々で、俺はただ二人の流れるような連携に圧倒され続ける。
しかし、本当の試練は、本日最後となる現場で待っていた。
足を踏み入れた薄暗い廃倉庫の奥。そこに広がっていたのは、昼間に見た巨大な因子の塊なんて生ぬるいものではなかった。
黒い霧が激しく渦巻き、空間を割って、禍々しい姿が現れる。
赤黒い異形の顔、背中に生えた漆黒の翼――天狗だ。
かつて、俺とギンが死に物狂いで戦い、文字通り命を削るような苦戦を強いられた存在。
背筋に冷たい汗が伝う。一歩退がり、俺は叫ぶように二人へ声を張った。
「はじめ先輩、華蓮先輩、気をつけてください! あいつは今までのやつとは違っ――」
しかし、心配に目を見開く俺をよそに、二人は「これくらいなら余裕」とでも言うように、不敵な笑みを交わし合う。
「大和、ルート再設定。『完全勝利』だ」
「いくっすよ、琥狛くんはそこで見てるっす!」
はじめ先輩の合図とともに、二人が同時に地を蹴った。
そこからは、およそ現実の戦闘とは思えない光景だった。
天狗が巻き起こす烈風の刃を、はじめ先輩はまるで最初からそこに攻撃が来ることが分かっていたかのように、最小限の動きで紙一重でかわしていく。
狂ったように振り下ろされる天狗の爪をすり抜け、その懐へと一瞬で潜り込んだ。
すかさず華蓮先輩が、天狗の死角から鋭い一撃を叩き込む。天狗が苦悶の声をあげてバランスを崩した瞬間、はじめ先輩の追撃がその核を正確に捉えた。
「ガ、アアアァァァ……ッ!!」
轟音と共に、天狗の巨体が霧散していく。
俺達があれほど苦戦した怪物を、二人はものの数分、いや、数十秒の出来事のように、あっという間に討伐してしまったのだ。
「ふいー、お疲れ様っす!」
「うん、これで今日のノルマは終わりだね。お疲れ様、華蓮、琥狛」
パンパンと衣服の埃を払う二人の姿を、俺は開いた口が塞がらないまま見つめていた。
呆然と立ち尽くす中、ある異様な事実に気がつき、思わず声が上ずる。
「なんで、二人とも……怪我一つ、掠り傷一つ負ってないんですか!?」
あの天狗の猛攻だ。いくら実力差があるとはいえ、一発や二発、かすり傷くらいは負ってもおかしくない。それなのに、二人の服には汚れこそあれど、血の一滴すら流れていなかった。
俺の問いに、二人は顔を見合わせると、お互いにニヤリと笑った。
はじめ先輩が指を鳴らす。
すると、彼の肩に再び八咫烏の大和が姿を現した。
同時に、華蓮先輩の足元には、和服姿の小さな男の子がひょっこりと姿を現す。
「まずは俺の相棒、大和の能力。さっき『最適な過程を視覚化する』って言ったよね」
はじめ先輩が自分の目を指差す。
「あれは移動だけじゃなく、戦闘にも応用できる。敵がどう動き、どこに攻撃を放ち、どこを狙えば倒せるか。その『結果』に至るまでの最適な回避・攻撃ルートが、俺の視界には全部視えているんだよ」
「さらにさらに! そこにうちの相棒の能力が加わることで、この連携は完成するんっす!」
華蓮先輩が自分の座敷童子を自慢げに指差した。
「うちの相棒の能力は、『周囲の味方と認識したものの幸運値を爆発的に上昇させる』。要するに、めちゃくちゃ運が良くなるんっす!」
「幸運値、ですか……?」
「そう。はじめの能力で『完璧なルート』が視えていても、コンマ数秒のズレや突風なんかで失敗する可能性はゼロじゃない。だけど、うちの能力が発動していれば、敵の攻撃が偶然逸れたり、こちらの攻撃が面白いようにクリティカルヒットしたりする。つまり……」
華蓮先輩は胸を張り、ドヤ顔で言い放った。
「はじめ先輩の『絶対的な未来予知一歩手前の最適解』と、うちの『絶対に失敗しない強運』。この二つが合わされば、どんな敵が相手でも、かすり傷一つ負わずに勝てるのは必然ってわけっす!」
視覚化された完璧な勝利への道筋と、それを絶対に手繰り寄せる至高の幸運。
目の前の先輩たちの背中が、昼間よりもさらに巨大で、遥か遠いものに感じられた。これが、GVMCのプロの戦い。
「さーて! 仕事も終わって本当にお腹ペコペコっす! はじめ先輩、美味いもん奢ってくださいよ!」
「はいはい、わかったよ。琥狛も、何が食べたい?」
「え? あ、俺ですか……?」
戦闘モードから一転、いつもの軽い調子に戻った二人に挟まれながら、俺はまだ興奮で少し震える足を動かし、二人の後を追った。




