第38話 初現場
気づけば今日、俺は初めての仕事の現場へとはじめ先輩が運転する車に華蓮先輩と一緒に向かっていた。楓先輩は何やら忙しいらしく今日はいない。
いつになくヒリヒリした車内の中はじめ先輩が口を開いた。
「今から向かうところは、実体化現象が起こる、もしくはすでにしている可能性がある場所だ」
その横顔はいつになく真面目で、いつも飄々としている先輩とは思えないほどの張り詰めた空気を纏っていた。
「可能性……? 分からないんですか?」
俺――琥狛が思わずそう聞き返すと、後部座席から身を乗り出してきた華蓮先輩が口を挟んできた。
「そこはうちが説明するっす! 琥狛くん、まず実体化現象が起こるには、実体化因子が集まらないといけないってことは覚えたっすよね? つまり、マテリアライズを未然に防いだり対策したりするには、まずその実体化因子を見つけないといけないわけっす」
「それはやりましたけど……。だったら、なんで可能性なんて曖昧な」
バックミラー越しに華蓮を見ると、彼女は人差し指をチッチッと左右に振った。
「それが一筋縄ではいかないんっすよ。実体化因子の見つけ方の基本は、国中に張り巡らされた防犯カメラの映像分析。……ただ、実体化因子そのものは、カメラのレンズには一切映らない性質を持ってるっす」
「えっ、映らない? じゃあ、どうやって見つけるんですか?」
「そこがポイントっす!」
華蓮はフンスと鼻を鳴らし、俺の座席のヘッドレストを軽く叩いた。
「因子そのものは見えなくても、実体化因子が高密度で集まると、その周辺の電子機器を強烈にバグらせる性質があるんっす。映像が乱れたり、システムが謎のエラーを起こしたり……。そうやって防犯カメラや街のシステムに不可解な異常が多発している場所を割り出して、うちのGVMCの隊員が直接、確かめに行くってわけっす」
「なるほど……。」
そんな会話を交わしているうちに、目的地に着いた車は静かに停車した。
「さぁ、始めようか」
はじめ先輩が静かに呟く。
その背後に現れたのは、はじめ先輩の相棒である八咫烏の大和だった。
「大和、真道を指せ」
先輩がそう唱えた瞬間、俺の視界、その網膜の奥に、淡い光を放つコンパスの針のようなものが浮かび上がった。
「うわ!? な、なんですかこれ……っ!?」
思わず視界を拭おうとする俺に、はじめ先輩は少しだけいつもの調子を取り戻した笑みを向けた。
「これはね、大和の能力なんだ。簡単に説明すると、俺たちが望む『結果』に至るまでの、最適な過程を視覚化して示してくれるんだよ」
「例えば『あのビルの屋上に安全に辿り着く』という結果を望めば、罠や崩落を避けた最短のルートをこの針が指し示してくれる。……かなり便利な能力だろ?」
はじめ先輩はそう言うと、普段の軽い調子を少しだけ取り戻したように不敵に笑ってみせた。けれど、その奥にある目は笑っていない。
「でも、逆を言えば『結果』を明確にしないとブレるってことっす!」
華蓮先輩が後部座席から勢いよく飛び出してきた。
「今回は『実体化因子が最も濃い場所、あるいはマテリアライズの発生源』を結果に設定しているはずっす!」
そんな会話をしながらもコンパスの針が示す先を目指し歩を進めた。
道中、空間のいたるところに黒い実体化因子がチラホラと浮かんでいたが、はじめ先輩と華蓮先輩は驚くほど淡々と、慣れた手つきでそれらを捌いていった。
まるで、日常の雑事を片付けるかのような手際。そのプロとしての背中に、俺はただ圧倒されるしかなかった。
やがて針が完全に動きを止め、目的地へと辿り着く。
幸いにも、最悪の事態である実体化現象までは起きていなかった。
しかし、そこに佇んでいたのは、巨大な因子の塊だった。
「ふぅ……! 早めに対処ができてよかったっす!」
二人が呼吸を合わせ、その巨大な塊を危なげなく処理し終えると、華蓮先輩が額の汗を拭った。
それと同時に、俺の網膜の奥に浮かんでいた光の針が、役目を終えたかのようにフッと掻き消えた。
「ここにはもう、因子はいないみたいだね」
はじめ先輩が周囲を一瞥し、ふっといつもの飄々とした表情に戻った。
「よし、次のところに行こうか」
「……え、次?」
思わず聞き返した俺に、はじめ先輩は「あ、忘れてた」とばかりに軽く頭を掻いた。
「言ってなかったっけ。今日はあと十カ所くらい回るよ」
「じゅ、十カ所……っ!?」
情けない声をあげる俺の背中を、華蓮先輩が「ほらほら、お腹空く前に次行くっすよ!」と快活に叩く。




