第40話 衆口鑠金
初任務の興奮が冷めやらぬまま、先輩たちに連れられてやってきたのは、大通りから一本外れたところにある年季の入った定食屋だった。
運ばれてきた大盛りの唐揚げ定食やカツ丼を前に、華蓮先輩は「これこれ、これが欲しかったんっす!」と目を輝かせている。
そんな賑やかな空気の中、はじめ先輩が麦茶のコップを傾けながら、ふとこちらに視線を向けた。
「で、どうだった。初めての『現場』は」
その問いに、俺は唐揚げを口に運ぶ手を止め、少し考えた。
GVMCのプロの戦いは凄まじかった。けれど、やっていることの根本、つまり実体化因子を処理し、マテリアライズした異形を倒すという行為そのものに対しては――。
「そう、ですね……。驚くことばかりでしたけど、やってること自体は、俺が組織に入る前にしてたことと、あんまり変わらないなって思いました」
何気なく、素直な感想を口にしたつもりだった。
だが、その瞬間。
カラン、と華蓮先輩の箸が皿に落ちる音が響いた。
はじめ先輩の目が、見たこともないほど鋭く見開かれる。
「……え? 琥狛くん、今なんて言ったっすか?」
「ちょっと待って。聞き捨てならない言葉が混ざってたんだけど」
二人が一斉に身を乗り出してきた。それまでの緩い空気が一瞬で吹き飛び、昼間の現場以上の圧が俺を襲う。
「組織に入る前って、君、一般人だったよね!?」
「してたってどういうことっすか!? それに、さっきの天狗とも戦ったことがあるような口振りだったっすよね!?」
怒涛の質問攻めに、俺は完全に気圧されてしまった。
俺は観念して、GVMCに入る前のことについてぽつりぽつりと話し出した。
一気に話し終えると、席に沈黙が降り立った。
華蓮先輩は口を開けたまま固まっており、はじめ先輩は顎に手を当てて、考え込んでいる。
なんとかこの重苦しい空気を変えようと、俺は思いついた疑問を口にした。
「気になったんですけど。短い期間に同じものがマテリアライズするってことは、皆、頻繁にそのものについて考えてるってことなんですかね?」
その問いに、はじめ先輩は顎に当てていた手を離し、パチリと瞬きをした。
「面白いところに目をつけたね。……ただ、結論から言うと『分からない』って答えるしかないね」
「分からない、ですか?」
「そうだね。人間の脳が関係していることだから。これだけ大きな組織でも、まだ解明できていないことが多いんだよ」
てっきり大規模な組織だからマテリアライズに関して全てを知り尽していると思っていた俺は、少しがっかりした。世界を守るプロの集団であっても、この現象のすべてを解き明かしているわけではないらしい。
そんな俺の様子を察してか、華蓮先輩が喋りだした。
「でも、さっきの琥狛くんの疑問に対して答えるには、まずは実体化現象がどうやって起こるのかを教えておく必要があるっすね」
「? 、実体化因子が集まって起こるんじゃないんですか?」
「えぇっと、説明が難しいっすね……。どうやってマテリアライズする『もの』が決まってるかって言えばいいんすかね」
華蓮先輩は俺に分かりやすく伝えるために言葉を紡ぎ直す。
「実体化因子の段階だと、何がマテリアライズするかはまだ誰にも分からないじゃないっすか。言うなれば、中身が遮光されてて開けるまで何が出るか分からない『ガチャガチャ』みたいなものっす」
「ガチャガチャ……」
「そう。その中身がどうやって決まるかについて、組織では2通りの仮説が出てるんっすよ。1つは、同じ種類の実体化因子が純粋に集まってマテリアライズするっていう考え方。そしてもう1つは、その場にある複数のバラバラな実体化因子の中から、一番強いものが他を喰らいマテリアライズする、っていう考え方っす」
「なるほど。じゃあ今回の天狗はどっちですか?」
「ん~~、どっちもあり得るって感じっすけどね。強いて言うなら前者だと言えるっす」
「それはなんでですか?」
「琥狛くんは今、何が流行ってるか知ってるっす?」
「今は妖怪が流行って……。!」
「気づいたっすね。そう、いま空前の妖怪ブームなんっすよ」
華蓮先輩は、いたずらっぽく笑った。
「テレビのアニメでも、SNSのイラストでも、今はどこを見ても『妖怪』の特集ばかりっす。つまり今、世間には『妖怪』っていうジャンルの実体化因子が、それこそ湯水のように溢れかえってる状態なんっすよね。だから同じ種類が集まりやすくなって、結果として天狗みたいなのが短い期間に何度もマテリアライズしちゃうってわけっす」
「世間のトレンドが、そのまま現場の危険度を左右するってことですか……」
自分の何気ない娯楽の選択が、巡り巡って異形を生み出す引き金になっている。その事実に、俺の背中にうっすらと冷や汗が伝った。
「まぁ、あくまで有力な仮説の一つだけどね」
はじめ先輩が、手元の麦茶のコップを軽く回しながら、華蓮先輩の言葉を引き継いだ。
「現代は情報の伝播が早すぎる。昨日まで誰も知らなかった怪談が、今日には何万人もの共通認識になり、実体化因子を一気に活性化してしまう。だからこそ、僕たちGVMCが常にネットや街の動向に目を光らせていなきゃいけないんだ」
はじめ先輩はふっと表情を緩め、スマートフォンの画面に目を落とした。
「もうこんな時間だ。疲れているだろうし、今日はここでお開きにして解散にしよう」




