第34話 存在意義
シャワーを浴て汗を流し、着替えを済ませる。ロッカールームを出て、先に待つはじめがいる会議室へと向かった。
重い扉を開けると、はじめは琥狛の正面に腰を下ろした。
机の上にトン、と分厚い資料が置かれる。
「よし! じゃあ始めようか」
はじめはいつもの飄々とした、しかしどこか見透かすような笑みを浮かべて口を開いた。
「まずはGVMCがどんな組織か教えるね。GVMCとはGlobal Vanguard for Materialization Control(国際実体化現象対策組織)の略ね。その仕事内容は、あらゆる場所で起こる実体化現象への対策や対処、保護が主な仕事だ」
はじめの言葉を聞きながら、琥狛は手元の資料へと視線を落とした。
「さて、ここで質問。琥狛くんは、この実体化現象やその原因について、自分なりにどこまで知ってる? 実際に体験してきたキミの言葉で教えてよ」
はじめに水を向けられ、琥狛は少し考えながら、これまで自分が遭遇してきた奇妙な現象を思い返した。
「……正直、専門的なことは何も分かりません。ただ、少し前からモヤみたいなものが空間に見えることがあって」
「ほう、モヤ?」
興味深そうに身を乗り出すはじめに、琥狛は記憶を辿るように言葉を続ける。
「はい。そのモヤがいくつか集まって合体すると、怪異とか化け物みたいなものになるんです。それに、あのモヤには色があって……黒いモヤの塊は凶暴で、人を襲ったり、最悪の場合は身体を乗っ取ったりする。逆に、白いモヤからできたものは人に害がなくて、大人しいやつもいる。僕が知っているのは、それくらいです」
「なるほど、素晴らしいね」
はじめは満足そうにパチパチと手を叩くと、手元の端末を操作した。壁の大型モニターに、脳のシナプスが発光するようなグラフィックが映し出される。
「琥狛くんの言ったモヤ。それこそが、僕たちが実体化因子と呼んでいる特殊なエネルギーの粒子なんだ。そしてそれが合体して形を成す現象を、マテリアライズと呼ぶ」
はじめはモニターの画面を切り替えた。そこには、無数の小さな光の粒子が、濁流のように一箇所に集まっていくシミュレーション映像が流れていた。
「それを説明するには、人間の脳の話をしなきゃいけない。人間が何かを強く想像したり、考えたりするとき、脳の中に微弱な電気信号が走るよね? その信号の中に、実体化因子が含まれているんだ。一人ひとりが出す量は爪の先ほどの力もない微量なものだけど、ネットの噂話や都市伝説で、大勢の人間が同じモノを同時に想像したとき、空間に大量に放出されて一箇所に凝縮される。そうして因子の濃度が臨界点を超えたとき、さっきキミが言った怪異――実体化現象が起こってしまうんだ」
人間の脳から漏れ出た電波のようなものが、物理的な怪物を作り出す。
「つまり、みんなの想像力が原材料ってことですか?」
「察しが良くて助かるよ」
はじめは少しだけ声を潜めた。
「だからこそ厄介なんだ。人間が想像をやめない限り、この世から実体化現象が消えることはない。……でも、琥狛くんが気づいていた通り、全部が全部、悪いものってわけでもない」
はじめは人差し指をチッチッと横に振って、不敵に微笑んだ。
「キミの言う黒いモヤ、つまり黒い因子から生まれたものは人間を襲うから、僕らが戦って迅速に排除しなきゃいけない。でも、害のない白い因子から生まれたものは、時に人間に好意的な存在になることもある。僕たちの仕事には、そんな対象を保護することも含まれている。それが、国際実体化現象対策組織――GVMCの存在意義さ」
資料に書かれていた「対処や保護」という言葉の、本当の重みがようやく繋がった。
ただ化け物を倒すだけの組織ではない。人間の脳から溢れ出た光と影、その両方に向き合うのがこの組織なのだと、琥狛は静かに胸に落とし込んだ。
「なんとなく、僕たちの存在意義は伝わったかな?」
はじめはいつもの飄々とした笑みに戻り、机の上の資料をポンと叩いた。
「さて、GVMCという組織が何のためにあるかは分かった。じゃあ次は、実体化現象マテリアライズに対して、ただの生身の人間である僕たちがどうやって戦うのかについて話をしようか」




