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マテリアライズ  作者: 谷川 秋太


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第33話 基礎能力

 「……着替えて」


 楓が短く指示を出し、訓練着を琥狛に手渡した。


 急いで着替えを終えてフロアに戻ると、華蓮がデータ端末を片手に不敵な笑みを浮かべていた。その隣では、楓が腕を組んでストップウォッチを構えている。


 「さて、琥狛くん! 今日からは実戦に向けた第一歩っす。まずは君の基礎体力と筋力を、徹底的に調べさせてもらうっすよ!」


 華蓮が指をパチンと鳴らすと、重低音とともに訓練場の床から様々な測定機器がウィーンと音を立てて競り上がってきた。


 同時に、広大なフロアの外周に沿って、怪しく発光するランニングコースが浮かび上がる。一周400メートル。


 「まずは小手調べに、そこを5周。2キロのタイムトライアルっす! ほら、スタートラインについて!」


「……覚悟してね、容赦なくいくから」


 楓の静かな宣告を皮切りに、容赦のない測定が始まった。


 競り上がってきたハイテクな測定機器の数々。筋力、瞬発力、動体視力、柔軟性、そして心肺機能――。昨日まではただの高校生だった琥狛の身体は、あらゆる角度から組織の基準レベルによって限界まで引き絞られていった。


 「次、背筋と跳躍っす! ほら、一瞬も緩めず全力でいくっすよ!」


 華蓮の容赦ない檄が飛び、楓の持つストップウォッチが冷酷に時間を刻む。


 インターバルすらほとんど与えられない過酷なメニューに、琥狛の全身の筋肉は瞬く間に乳酸でパンパンに張り、肺はカッと熱く焼け付いた。


 「ハァハァ……っ、は、ぁ……っ!」


 すべての測定が終わった瞬間、琥狛は床に両手をつき、激しく肩を上下させた。


 ボタボタと滴り落ちる汗が、鈍い銀色の床に小さな水溜まりを作っていく。指先一つ動かすのすら億劫なほどの疲労感が一気に押し寄せてくる。


 「……悪くない」


 感情の起伏が見えない、低く冷徹な声。


 楓は手元のデータ端末に表示された総合数値を一瞥すると、視線を琥狛へと戻した。


 「マジっすか楓先輩! 初めての総合測定でこの数値は、一般人にしては上出来すぎるっすよ!」


 華蓮が我がことのように嬉しそうに声を弾ませる。


 「基礎的なポテンシャルは合格点っす。琥狛くん、なんかスポーツやってたっすか?」


「サ、サッカー、を……少し……っ、はぁ……」


 途切れ途切れに答えるのが精一杯だった。楓は小さく顎を引いた。


 「及第点。……これなら次の段階へすぐ行けそう」


 楓の言葉に、琥狛が「次の段階……?」と小さくオウム返しにした、その時だった。


 「 二人とも、新入りを初日からイジめすぎ。琥狛くんが干物になっちゃうよ」


 パチパチと軽い拍手を鳴らしながら、それまで壁に背を預けてやり取りを眺めていたはじめが、のんびりとした足取りで歩み寄ってきた。


 彼は床にへたり込んだままの琥狛の前でしゃがみ込むと、冷えたスポーツドリンクのペットボトルをその頬にピトッと押し当てる。


 「つめた……っ」


「あはは、生き返った? ほら、水分補給」


 はじめに促されてボトルを受け取り、一気に喉を潤す。冷たい液体が染み渡るのと同時に、激しい動悸が少しずつ落ち着いていくのを感じた。


 「身体能力に関しては文句なし、だね。……さて、と」


 はじめは立ち上がると、今度はどこか引き締まった、真剣な笑みを琥狛に向けた。


 「最低限の土台があることは分かった。じゃあ琥狛くん、ここからは頭の訓練だ。僕らの仕事について、それからこの組織で君が絶対に守るべき規律を説明させてもらうよ」


 はじめの後ろで、華蓮と楓がすっと表情を引き締めるのが分かった。和やかだった訓練場の空気が、一瞬にして冷たく張り詰める。


 「ここから先は、一歩間違えれば自分の命だけじゃなく、無関係な人たちの日常まで巻き込んで壊すことになる。だから、耳の穴をかっっぽじって、よーく聞いておいてね?」


 飄々としたいつもの口調でありながら、その言葉には、今まで聞いたどの警告よりも重い現実が宿っていた。

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