第32話 時間割
翌日の放課後自宅に帰ると見慣れない車が止まっていた。
「琥狛!迎えに来たぞ。」
車から出てきたのは、金平はじめだった。
「うわっ、びっくりした……! 金平、さん?」
自宅の前に停まった、周囲の住宅街から明らかに浮いている見慣れない車。そこからひょっこり顔を出したはじめに、琥狛は思わず面食らって声を裏返らせた。
「そうそう、金平はじめ。さん付けはいらないぞ? ほら、早く乗りな。華蓮と楓が、首を長ーくして待ってるからさ」
はじめはそう言って、車の助手席のドアをパッと開けてみせる。
「あの、わざわざ迎えに来てくれたんですか……?」
「んー、まあね。先輩として新人教育を任されたからね。それに、ちょっと君の日常の足跡を確認しておきたかったっていう、大人の事情もあるわけ。……なんてね、ただのドライブの口実だよ」
飄々とした笑みを浮かべるはじめの瞳の奥が一瞬だけ鋭く光ったような気がして、琥狛はゴクリと息を呑む。
掴みどころがないが、この先輩もやはり世界の裏側に生きる人間なのだと、改めて肌で感じさせられた。
観念して助手席に乗り込み、シートベルトを締めると、はじめは手際よく車を発進させた。
「あっ!そうそう、平日は訓練、休日は現場。……これが君の新しい時間割ね」
はじめはウィンカーを出しながら、事も無げにハンドルを回した。
その言葉の重みに、琥狛はシートに背中を預けたまま、呆然と呟くことしかできなかった。
「え……? 休日、ですか? 休みのはずの、土日も……?」
「そう。僕らはカレンダー通りに動いてくれる怪異を相手にしてるわけじゃないからね。平日は学校があるだろ? だから夕方から基地で徹底的に基礎を叩き込む。で、体が少し動くようになったら、土日は実際の現場に同行してもらう」
「現場って、まさか、いきなり戦うってことですか……っ!?」
「まさか! まだまともに動けない新入りを前線に出したら、神代さんに僕が殺されちゃうよ。まずは安全なエリアでの見学と、現場の空気感に慣れるため。……まあ、何が起こるか分からないのがこの仕事なんだけどさ」
冗談めかした口調のなかに、否定できないリアルな危機感が混ざる。
息をつく暇もない二重生活の幕開けに、琥狛の心臓がドクドクと不穏なビートを刻み始める。
はじめの運転する車は、警察署の地下駐車場へと滑り込んだ。
昨日、初めて案内されたときは普通の警察署にしか見えなかった場所。
だが、はじめがダッシュボードの隠しスイッチを押し、コンクリートの壁がスライドしてさらに深い地下へのスロープが現れた瞬間、琥狛の心臓はドクンと跳ね上がった。
車が最奥の駐車スペースに止まると、そこには昨日別れたばかりの二人の先輩が、すでに待ち構えていた。
「遅いっすよ、はじめさん! 琥狛を連れてくるだけでどんだけ時間かけてるんっすか!」
車のドアを開けるなり、待ちきれない様子で声をかけてきたのは華蓮だ。昨日と変わらないエネルギー全開の佇まいで、ショートヘアを揺らしながらはじめを睨みつけている。
「いやあ、安全運転第一だからね。ほら、琥狛くんもこれからのスケジュールを聞いて、昨日とは違う意味でガチガチになっちゃってるしさ」
はじめが苦笑しながら手を振る。
華蓮の後ろから、音もなく歩み寄ってきた楓が、感情の読めない涼しげな瞳を琥狛に向けた。昨日、その圧倒的なクールさに気圧された記憶が鮮明に蘇る。
「……昨日ぶり。体調は」
「あ、楓さん、華蓮さん、お疲れ様です……! 体調は、大丈夫です……!」
「昨日、一度来た場所」のはずなのに、これから始まることを考えると、昨日以上の緊張が琥狛を襲う。
「よし、元気なら上等っす! 案内は昨日済ませたし、時間もないから早速訓練場に行くっすよ!」
華蓮が琥狛の背中をバンバンと勢いよく叩く。相変わらず手のひらの力が強すぎて、琥狛は前方に軽くよろめいた。




