第29話 異界融和
チーン、と静寂を引き裂くような澄んだ電子音が鳴り響き、降下の衝撃が止まった。
ゆっくりと開いていく重厚な金属の扉。その向こうから溢れ出してきた光景に、琥狛は息を呑み、その場に釘付けになった。
広大な地下空間の至る所に、――実体化したのであろう存在達がいた。
天井の複雑な配管の隙間を楽しげに這い回ったり、通路の真ん中を平然と横切っていく。
デスクに向かって画面を操作する職員たちのすぐ傍らには、かつて絵本や伝承で見たような愛嬌のある姿の妖怪たちが、まるでそこにいるのが当然であるかのように、のんびりと佇んでいた。
「……うぉ、すっげぇ……」
琥狛の喉から、驚きの声が漏れる。あまりの幻想的な光景に足が動かない。
これほどの数の怪異が蠢いているにもかかわらず、そこには恐ろしい気配や、刺々しい空気は微塵もなかった。
行き交う人々も、目の前を通り過ぎる怪異たちに優しい視線を向けたり、時には挨拶を交わすように自然に職務をこなしている。
「ここにいるのは、我々GVMCが『保護』している存在だ」
琥狛の一歩前で、神代がいつもの冷静な、だがどこか穏やかな響きを孕んだ声で告げた。
チャコールグレーのスーツの裾を揺らし、彼は異形たちが思い思いに過ごす空間へと、ゆっくりと歩みを進める。
「彼らはこの世界の片隅でひっそりと生きていた、マテリアライズした存在達だ。元から人間に害をなすことのない、白い因子から生まれた存在だからこそ、こうして組織で受け入れ、保護している。これも我々の仕事だ」
その言葉に、琥狛は小さく息を吐き出した。てっきり化け物を冷徹に駆逐するだけの機関なのだと思い込んでいた心が、わずかに解きほぐされていく。
怪異たちがのんびりと行き交うメインフロアを通り抜け、琥狛たちは奥に並ぶ一室へと案内された。
「ここへ」
神代が促した場所は、全面ガラス張りでありながら防音性に優れた、現代的な会議室だった。中央には洗練されたデザインの長方形のテーブルと、座り心地の良さそうな黒いレザーのオフィスチェアが並んでいる。
神代が上座の席を引き、流れるような動作で腰を下ろす。スリーピーススーツのボタンを一つ外し、彼はテーブルの上で端正に両手を組んだ。
琥狛も緊張をにじませながら、その向かい側の席に腰を下ろす。ギンは椅子のすぐ横で、琥狛の足に体を寄せるようにして静かに座り込んだ。
部屋の自動ドアが静かに閉まり、室内の電子音がすっと遠のく。心地よい、だが張り詰めた静寂が会議室を満たした。
「さて、ここなら誰に聞かれることもない」
神代の瞳が、真っ直ぐに琥狛を見据える。その視線は鋭く、同時にこちらの言葉を決して否定しないという不思議な包容力を湛えていた。
「君たちが体験したあの日の出来事――いや、それ以前からでも構わない。君と、そこの相棒の身に起きたことのすべてを、私に聞かせてほしい」
促すような静かな声が、ガラス張りの室内に染み込んでいく。




