第27話 表裏一体
送り届けられた自宅の自室は、驚くほどいつも通りの、見慣れた退屈な四角い空間だった。
しかし、琥狛の頭の中は、およそ日常とはかけ離れた濁流に呑み込まれていた。
「……マテリアライズ、実体化因子、GVMC……」
誰もいない部屋で、琥狛はぽつりと、先ほど耳にしたばかりの単語を声に出してみる。
自分が狂ったわけではなかった。あの悍ましい異界も、命を削る恐怖も、すべては現実だった。
それは安堵をもたらす事実であるはずなのに、琥狛の胸のざわつきは激しくなる一方だった。
自分が今まで体験してきた現象を完全に言語化し、組織的に対処している人間たちがいる。
そして、その世界の裏側に潜む巨大な組織の拠点に、自分は呼ばれたのだ。
机の上に無造作に置かれた、あのシックな名刺。
スマートフォンの画面に、名刺に記載されていた住所を打ち込む。指先が微かに震えていた。
国際対処組織などと名乗るのだから、どこか一般人が立ち入らないような怪しげな研究施設か、あるいは厳重なセキュリティに守られた外資系企業のビルでも表示されるのだろう――そう身構えていた琥狛の予想は、呆気なく裏切られた。
電子マップが示したピンの場所。画面に太字で表示されたその施設の名前を見て、琥狛は息を呑んだ。
「……警察署?」
何度も画面を拡大し、住所の数字を読み直す。だが、間違いなかった。
指定された場所は、誰もが知る、この街の治安を守る公的な警察署そのものだった。
背中に冷たい汗が伝う。
『GVMC』という組織をいくらネットの検索エンジンに打ち込んでも、公的なウェブサイトはおろか、個人のSNSの呟き一つすらヒットしなかった。
世界規模を謳いながら、ネットの海には塵一つ残さないほどの徹底した隠蔽。
それなのに、彼らの拠点は白日の下に晒された、国家権力の中心にあるというのだ
警察という表の組織の皮を被り、その奥に実体化現象を制御する機関が潜んでいる。
その事実が、『GVMC』という組織の持つ超法規的な権力の大きさを物語っていた。
ただの一般人である自分たちが、そんな場所に足を踏み入れて、無事で済むのだろうか。
名刺の住所を見つめる琥狛の視界の端で、ギンが低く、鼻を鳴らした。それはまるで、引き返せない運命のカウントダウンが始まったことを告げているかのようだった。




