第24話 閻魔
「クソッ……。どうなってんだ?」
どこまで進んでも景色は変わらず、冷たく湿った岩肌と、じっとりとした暗闇が延々と続いている。
眠ることもできず、ただただ暗黒を彷徨う時間は、確実に二人の精神と体力を削り取っていた。
「一向に出口が見えてこねぇじゃねえか……。このまま一生、このまま一生、暗闇を彷徨い続けろってのかよ……」
琥狛が思わず、そんな苦言を漏らした、その瞬間だった。
次の瞬間、洞窟がぐにゃりと歪んだ。
これまで何日も二人を閉じ込めていた硬い岩肌が、まるで生き物の肉壁のようにドロドロと溶け出し、足元の地面が真っ赤な血の池へと変貌していく。
洞窟という閉ざされた空間だったはずの場所が、一瞬にして、果てしなく広がる禍々しい大平原へと作り変えられてしまったのだ。
この世界が、地獄そのものが、明確な意思を持って本気を出してきたのだと、本能が告げていた。
「おいおい……なんだよこれ、空間ごと変わりやがった……!」
何日もの疲労を忘れ、琥狛が息を呑んだその時だった。
――ドゴォォォォォンッッ!!!!
突如、遥か上空から「それ」が猛烈な勢いで落下してきた。
凄まじい質量と衝撃波が荒野を爆裂させ、真っ赤な地鳴りが空間を震わせる。
巻き上がった血煙と不気味なオーラの中からのっそりと立ち上がったのは、これまでの鬼たちとは次元が違う、文字通り「格」の異なる存在だった。
たなびく夜の闇をそのまま切り取ったような、漆黒の東洋風の法衣。それを纏う巨躯の顔には、生者をそれだけで灰にするほどの凄まじい激昂と憤怒の形相が刻まれている。
地獄の最高統治者――閻魔。
「さぁ!審判を始めよう。」
上から見下ろす閻魔の声は、鼓膜を直接揺らすような圧倒的な重圧を持っていた。何日も歩き続けて限界に近い身体に、そのプレッシャーはあまりにも重い。
「こいつを倒せば元の世界に戻れるのか?どのみち戦う以外の選択肢は無さそうだな」
琥狛は必死に膝の震えを抑え、恐怖を振り払うように強気の笑みを浮かべて身構えた。
「行くぞ、ギンッ!!」
気合の一喝とともに、琥狛とギンは同時に地を蹴った。
「お~い。こっちだ!」
琥狛が隙を作りギンが攻撃を当てる。
息の合った連携で、ギンの鋭い一撃が閻魔の死角へと襲いかかる。
しかし――。
「浅はか」
閻魔が笏を軽く一振りした、ただそれだけだった。
空間を割るような衝撃波が放たれ、琥狛とギンの身体を容赦なく弾き飛ばす。
「がはっ……!?」
真っ赤な大地に叩きつけられ、琥狛は激しく吐血した。一撃で全身の骨がきしむ。
すぐに立ち上がろうとするが、蓄積した疲労と一撃のダメージで、身体がピクリとも動かない。
圧倒的。あまりにも絶望的な力の差だった。
閻魔は表情一つ変えず、ゆっくりと琥狛たちへと歩を進めてくる。一歩ごとに、周囲の空気が重さを増し、呼吸すら困難になっていく。
「罪人よ、裁きを受けよ!」
閻魔が静かに笏を掲げる。
視界がかすむ中、琥狛はただ、歯を食いしばるしかなかった。
(クソッ……ここまで、なのかよ……!)
無慈悲な破滅の光が放たれ、万事休すかと思われた、まさにその刹那――。
――チリン、と。
この世のどんな音よりも清らかで、澄んだ鈴の音が戦場に響き渡った。




