第23話 背水の陣
周囲を囲む鬼たちが、驚愕と怒りで「ギギィ……!」と歯噛みする。
絶望の底に沈んだはずの獲物が、かつてないほど鋭い眼光を放って立っているのだ。彼らにとっておもしろくはないのだろう。
「行くぞ、ギン!」
琥狛の合図と同時に、二人は動いた。
希望を取り戻した琥狛の目に映るのは、対岸へと伸びるあの『黒い縄』だ。
黒い縄に足がかかった瞬間、鬼たちが、一斉に咆哮をあげる。
空間を揺るがすほどの怒号が背後から迫る。それを気にもとめず2人は黒い縄の上をものすごい速さで駆け抜けていく
「よっしゃぁ!このまま対岸に行ってやるぜー!」
と、生気を取り戻した琥狛が叫んだその時だった。
グラッ―。
いきなり足が不安定になった。
動きを止め岸に目を向けるとそこには、鬼たちが斧を持ち、狂ったようにその刃を縄に叩きつけ始める。
「しまっ……!?」
琥狛が気づいた時にはすでに遅かった。
頑丈な黒縄が、鬼たちの執拗な悪意によってズタズタに引き裂かれる。
プツン――ッ!!!
張り詰めていた黒い縄が、悲鳴を上げて切れた。
「うわあああああッッ!?」
一瞬、身体が浮いた。
縄は琥狛をぶら下げたまま、巨大な振り子となって奈落の深淵へと猛スピードで落下していく。
同じ高さにあったはずの対岸が、一瞬で遥か頭上へと遠ざかる。
このままいけばまた、死んで生き返るを繰り返すことになる。
「死、んで、たまるか!」
琥狛は縄に死に物狂いでしがみついた。
凄まじい風圧の中、ギンが鋭い鼻鳴らしをあげた。
「グルルッ!」
その声に琥狛が顔を上げると、ギンは狂いそうな風の中でも、じっと一点を見据えていた。
その視線の先――迫り来る対岸の崖の中腹に、ぽっかりと不気味な黒い口を開ける巨大な横穴が見えた。
振り子の軌道は、まさにその横穴へと向かっている。
(あそこに飛び込む……!)
意図を察した琥狛は、引き絞るように足に力を込めた。横穴が目前にまで迫る。
限界まで引き付けたその刹那、ギンが短く吼えた。
「ガゥッ!!」
それが、ふたりの合図だった。
「おおおおおッッ!!」
琥狛は黒縄を力任せに蹴り飛ばし、前方へと身体を放り出す。
同時に、すぐ傍らからも強靭なバネが弾けるような気配が伝わってきた。
ギンもまた、同じタイミングで闇の中へと跳躍したのだ。
対岸の崖の中腹――ちょうど縄の振り子が届く限界の高さに、ぽっかりと口を開けていた巨大な横穴。
そこへ、勢いよく転がり込んだのだ。
冷たく硬い岩肌に何度も身を打ち付けながら、琥狛は激しく地面を転がり、ようやくその場に停止した。
「痛ッてぇ〜」
痛む身体を押さえて立ち上がり、遥か頭上を見上げる。
本来たどり着くはずだった対岸の崖の上は、今や見上げるほど高い場所にある。
どうやら、鬼たちに縄を切られた結果、対岸の直下――洞窟のような場所に不時着してしまったらしい。
這い上がろうにも、見上げる壁面は刃物のように鋭く切り立ち、指をかける隙間すら見当たらない。文字通りの絶壁だ。
戻るための黒縄はすでに奈落の底へと消え去り、来た道を戻る術は完全に断たれていた。
じっと佇んで周囲を観察するが、そびえ立つ岩壁が視界を遮るばかりで、進めそうなルートなどどこにもない。
残された道は、たった一つ。
目の前で不気味に大きな口を開けている、この未知の洞窟の奥へと進むことだけだった。
「……選択の余地なし、か」
琥狛とギンは洞窟の中へと歩みだした。




