第20話 等活地獄
「が、は……っ、あ……」
燃えるような喉から乾いた悲鳴が漏れ、ついに琥狛の膝がガクガクと崩れ落ちた。
ひび割れた大地に乱暴に叩きつけられた身体には、もう指一本動かす力すら残されていない。
微かになった視界の端で、相棒の体がどさりと横倒しになるのが見えた。
あれほど誇らしげだった白い毛並みは汚れ果て、荒い呼吸に合わせてその脇腹が弱々しく波打っている。
(ごめん、ギン……俺のせいで……)
視界が急速に暗転していく。
立ち止まれば地面に引きずり込まれるという恐怖すら、押し寄せる圧倒的な泥のような眠気の前には無力だった。
琥狛の意識は、そのまま深い闇へと沈んでいった。
――どれほどの時間が経っただろうか。
「……っハァ!!」
まるで溺れていた人間が水面に顔を出したかのように、琥狛は激しく息を吸い込みながら跳ね起きた。
慌てて自分の身体を見回す。
汗と煤にまみれていたはずの私服は嘘のように綺麗で、あれほど焼けるようだった足の裏の激痛も、骨が軋むような疲労感も、完全に消失していた。
それどころか、喉の渇きすら癒え、まるで今朝起きたばかりの時のように、二人の身体は「元通り」の完璧な状態に戻っていたのだ。
隣を見れば、ギンもまた弾かれたように立ち上がっていた。その毛並みは本来の美しい白さを取り戻し、体を躍動させて琥狛の顔を心配そうに覗き込んきてくれている。
「ギン! 良かった!」
抱きしめた相棒の身体からは、確かな体温と柔らかさが伝わってくる。怪我も疲労も何一つ残っていない。
だが、奇跡のような救済に胸を撫で下ろしたのも束の間、琥狛の全身にドッと冷や汗が吹き出した。
(なんでだ……? なんで、限界まで歩いて倒れた俺たちが、ケロリと元通りになってる……?)
この空間がそんな慈悲深い場所ではないことなど、嫌というほど分かっている。
琥狛が戦慄しながら前方を仰ぎ見た瞬間、その疑問は最悪の確信へと変わった。
赤黒い霧の向こう、あの『出口の門』が、倒れる前と寸分違わぬ距離に、相変わらずポツンと佇んでいた。その奥から漏れる温かみのある光すら、先ほどと全く同じだった。
「……そういうことかよ」
琥狛の唇が、怒りと恐怖で小さく震えた。
ここは、死ぬことも、疲弊しきることも許されない場所なのだ。限界まで痛めつけられ、倒れて意識を失えば、強制的にリセットされる。
そしてまた最初から、あの絶望的な歩行を繰り返させられる。
目の前の門は、自分たちを永遠に歩かせるために、届かない希望を見せ続けるための最悪の「餌」――ただの罠だったのだ。
「ギン、あそこに行っちゃダメだ。あの門は偽物だ」
琥狛の言葉を理解したのか、ギンもまた門に向けて鋭く歯を剥き出し、低く唸った。
「あっちには行かない。もう騙されるもんか」
琥狛は門に背を向けた。
元通りになった身体を奮い立たせ、まだ見ぬ本物の出口を探すために、今度は全く違う方向へと力強く歩き出す。
地獄の悪意に抗うための、本当のサバイバルがここから始まろうとしていた。




