第16話 疑心暗鬼
お母さんに激しく撫で回され、心なしか嬉しそうに「きゅぅ」と喉を鳴らしているギンを見つめながら、俺は激しく頭を悩ませていた。
(……これから、一体どうすればいいんだ?)
これまでは、学校へ行くときも、街を歩くときも、ギンを連れて歩くことに何の問題もなかった。
なぜなら、どれだけギンが俺の周りを飛び回ろうが、他の誰の目にも映っていなかったからだ。
だが、実体を持ってしまった今は違う。このモフモフした白い体を小脇に抱えて登校すれば、クラスメイトたちに囲まれて大騒ぎになるのは目に見えている。
かと言って不測の事態にギンがいないのも俺的に困る。
「ちょっと琥狛、聞いてるの? 名前はなんていうのよ、この子」
ベッドの端に腰掛け、すっかり我が物顔でギンを膝に乗せたお母さんが、早く答えろと言わんばかりに俺を睨んできた。
「あー……えっと、ギン、だけど……」
「ギン? 渋い名前ねえ。まあいいわ、ギンちゃん、今日からよろしくね」
お母さんはすんなり納得してギンの肉球をぷにぷにと触り始めているが、俺の冷や汗は引くどころか増していく一方だった。
膝の上で無邪気に尻尾を振るギンを見つめながら、俺は押し寄せる不安の波を必死に抑え込もうとしていた。
結局、名案など何一つ浮かばないまま、月曜日がやってきてしまった。
制服に着替え、通学カバンを肩にかけた俺は、玄関の前で激しく葛藤していた。足元では、すっかり我が家のアイドル枠に収まったギンが、「くぅん」と寂しそうな声を上げて俺を見上げている。
触れるようになって可愛さは文字通り倍増したが、そのせいで学校へ連れて行くハードルはエベレスト級に跳ね上がってしまった。
「ギン、悪いけど今日はお留守番だ。母さんの言うことよく聞いて、いい子にしてろよ」
しゃがみ込んでその白い頭をひと撫でし、俺は後ろ髪を引かれる思いで玄関のドアを開けた。
一歩、外の空気に触れた瞬間、肌がピリつくような奇妙な心細さが襲ってくる。
この2週間、いつも俺の隣にいたはずの気配が、今は綺麗さっぱり消えている。その事実が、思った以上に俺の心を不安定にさせた。
もし、今日の通学路で、あの凶悪な化け物が突如として現れたら?
もし、ギンのセンサーなしでは気づけないような死角から、黒いモヤが襲いかかってきたら?
「……ちくしょう、調子が狂うな」
すれ違う見知らぬ通行人の影や、路地裏の薄暗い隙間にいつも以上の警戒を走らせながら、俺は渋々と学校へと向かった。
武器も相棒もない、完全な生身。
あの濃い2日間を経験する前の、ただの高校生に戻ったはずなのに、今の俺にはそれが酷く無防備で、恐ろしいことのように思えてならなかった。
いつもなら気にも留めないありふれた街の風景が、今の俺にはまるで未知の危険地帯のように見えていた。電柱の陰、自動販売機の隙間――そのすべてに黒いモヤが潜んでいるような錯覚に陥り、何度も視線を走らせては息を呑む。
右肩のあたりが、妙に軽くて落ち着かない。相棒のいない自分がこれほどまでに脆く、ちっぽけな存在だったのかと痛感させられていた。
結局、心臓の鼓動がいつもより少し速い状態のまま、俺はなんとか学校の校門をくぐることになった。




