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マテリアライズ  作者: 谷川 秋太


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第14話 悠々防衛

 「ちょっと、琥狛! いい加減に起きなさい! もう10時過ぎてるわよ!」


 階下から響くお母さんの容赦ない大声と、バタバタと階段を上がってくる足音で、俺の意識は強制的に引きずり戻された。


 ガチャリと乱暴にドアが開け放たれる。


 「う、うわ、待って母さん、声が響く……痛っつつつ!」


 怒るお母さんの顔を見て飛び起きようとした瞬間、全身に電撃のような激痛が走った。


 昨日の戦闘による強烈な筋肉痛だ。


 ベッドの上で芋虫のように身悶えする俺を見て、お母さんは呆れたようにため息をつく。


 俺は全身の筋肉痛に顔を歪めながら階段を降りて、朝食を食べながら頭の整理をしていた。


 トーストを噛み締めるたびに、顎の筋肉までピキピキと痛む。


 しかし、胃に温かいものが落ちていくにつれて、ようやく脳みそがまともに回り始めてきた。


 (……昨日のこと、整理してみるか)


 あの廃ビルで起きた光景を、一つずつ記憶の底から引っ張り出す。


 まずは、あのスーツ姿の男だ。男の身体は、黒いモヤに完全に覆われ、乗っ取られた。そして信じられないことに、モヤは男の肉体を文字通り作り変え、異形の化け物へと変異させたのだ。


 あの化け物は、自分のことを『天狗』と名乗っていた。日本の伝承にいるあの鼻の高い妖怪。ただの都市伝説や怪談だと思っていた存在が、目の前に現れた。


 そして何より不可解で、不気味なのは、あの天狗が最後に残した言葉だ。


 『ワシら……はお前たちから、生まれた存在……』


 自分たちは人間から生まれた、と奴ははっきりと説明した。


 人間から生まれた、とはどういう意味だ?


 あのスーツの男が抱えていた、強烈なストレスや仕事のプレッシャー、あるいは社会への恨みといった、人間のドス黒い負の感情。そうした『悪意』や『精神の歪み』がモヤとなって体外に溢れ出し、臨界点を超えた結果、あの天狗という化け物を形作ったのだろうか?


 だとしたら――。


 俺はトーストを咥えたまま、じっと足元のギンを見つめた。


 ギンは、戦いの後化け物が霧散したあとに残ったエネルギーをまるで吸い込むようにして自分の中に吸収していた。


 (もし、あのモヤが人間の悪意から生じるエネルギーなのだとしたら……ギンの能力って、一体何なんだ?)


 化け物を消滅させるための攻撃手段なのか。それとも、もっと別の……。


 考えれば考えるほど、疑問が湧き出てくる。


「ごちそうさま」


 俺は食器を下げ、2階の自室へと戻りこれからどうするか考えた。


「毎日、あんな化け物と戦うのは骨が折れるな。かといってそいつらを倒さないと被害が出るだろうし...謎も分からないままだしな」


 そこで俺が思いついたのは、散歩だった。


 あの『天狗』のような化け物に育ちきってから戦うのは、命がいくつあっても足りない。


 だけど、もし仮説が正しければ、街の人たちが日々溜め込んでいる小さなストレスやイライラ――あの黒いモヤをギンがこまめに吸い取って回ればいいんじゃないだろうか。


 そうすれば、化け物の発生自体を未然に防げる。誰も傷つかないし、俺たちも命がけのバトルをしなくて済むはず。


 「よし!ギン。明日から散歩をしながら黒いモヤを掃除するぞ!」


 化け物の“芽”が小さいうちに、俺たちの手で全部摘み取ってやる。


 地味だし、特撮のヒーローみたいに派手な大技を決めるわけじゃない。だけど、これがきっと、俺とギンにしかできない一番スマートな戦い方だ。


 「まずは、この筋肉痛を早く治さないとな……」


 苦笑いしながら俺は明日からの新しいルーティンに向けて、頭の中でルートを組み立て始めるのだった。

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