第13話 心力交尽
琥狛たちが廃ビルを脱出してから、わずか数分後のこと――。
◇
静まり返っていた現場に、何台もの車両が滑り込んできた。
パトカーの赤い警告灯が荒れ果てた壁を不気味に照らす中、車から降りてきたのは、警察とは異なる一団。
その中の一人、鋭い眼光を持った隊長らしき男が、無線機に向かって低く、緊迫した声を放つ。
「この付近で『実体化現象』、もしくは『実体化因子』に取り込まれた人間がいる可能性あり。全員、警戒態勢を崩すな。対象がまだ潜伏しているかもしれない」
張り詰めた空気の中、隊員たちが一斉に廃ビルの中へと突入していく。
しかし、その重苦しい空気を破るように、一人の若い隊員が緊張感の抜けた声を上げて、ひょっこりと肩をすくめた。
「いや、大丈夫っすよ! 今はその気配、まったくないっす。もう抜け殻ですね、これ」
「……軽口を叩くな。もう少し緊張感を持て。」
「分かってますって。でもほら、見てくださいよ」
若い隊員がライトで照らした先には、完全に気を失って横たわる、スーツ姿の若い男の姿。
「...この男の身元の確認及び病院に連れて行き治療を急げ。」
そう言うと、隊長は静かに周囲を見渡した。
破壊し尽くされた天井、不自然に巻き上がった砂嵐の痕跡。
「現状から見るに。すさまじい戦闘が起きたのは明白。だが一体誰が...」
◇
ガチャリ―。
「……はぁ、死ぬかと思った……」
重い玄関のドアを閉めた瞬間、俺はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
背負っていたリュックが床にドサリと乾いた音を立てる。
あの後、遠ざかっていくサイレンの音を背に、路地裏を死に物狂いで走り抜けようやく自分の部屋へとたどり着いたのだ。
張り詰めていた緊張の糸が一気に切れ、鉛のように重い疲労感が全身の細胞に押し寄せてくる。手足が自分のものじゃないみたいにピクリとも動かない。
「ガルゥ……」
隣では、ギンも同じようにフローリングの床に丸くなり、大きなため息のような息を漏らしていた。その毛並みからはいつもの威風堂々とした覇気が消え失せている。
「ギン、ありがとな。お前がいなきゃ、今頃俺、あの廃ビルで風の藻屑になってたわ……」
危機は脱した。命もある。
だけど、静まり返った自室の天井を見上げていると、あの化け物が最後に残した言葉が、耳の奥で繰り返し再生される。
『ワシら……はお前たちから、生まれた存在……』
お前たちから生まれた、とはどういう意味だ。
やはり、モヤは人間の「悪意」や「善意」から生まれたものなのだろうか?
それに、あの後すぐにあの廃ビルはどうなったのだろう。あの男は無事に保護されたのだろうか。今更ながらに少し不安になってくる。
疑問と少しの焦燥感が頭をよぎるが、今はそれを考えるだけの脳のキャパシティが残っていなかった。
急激な眠気が、泥のように重く俺の視界を塗りつぶしていく。
「……明日、考えよう……」
俺は着替えをすることすら忘れて、ギンと泥のように深い眠りへと落ちていった。




