第11話 一発逆転
ギンは残る全精力をその四肢に込め、弾かれたように跳躍した。
化け物の凶刃たる烈風を間一髪で掻い潜り、宙に漂う白いモヤへとその顎を突き立てる。
モヤがギンの身体に吸い込まれた瞬間、傷口が消え、その瞳に鋭い光彩が戻る。激しい呼吸は幾分か落ち着き、四肢に力が漲っていくのが遠目からでも分かった。
化け物が忌々しげに鼻を鳴らし、再び背中の黒翼を大きく広げる。
凄まじい風圧が廃ビルを揺るがす。
ギンは低く身を構え、いつでも地を蹴り出せる体勢をとった。モヤを吸収したおかげで戦線に踏みとどまることはできた。しかし、俺の胸の焦燥は消えない。
回復したとはいえ、それは飽くまで持ち直しただけに過ぎないのだ。
化け物の圧倒的なパワーと、あの変幻自在の風を突き崩す決定打が、今のギンには圧倒的に足りていなかった。
(クソッ……何か、何かあいつを崩す糸口はないのか……!?)
俺は網膜に焼き付けるように、化け物の動きを必死に凝視した。
化け物の身体が、ふわりと宙に浮き上がる。あの悍ましい黒翼がゆっくりと羽ばたき、化け物を上空へと押し上げていく。
一見すれば、翼で空を飛んでいる。
だが、何かがおかしかった。
(……待てよ?)
違和感の正体を突き止めるべく、俺は目を凝らした。
化け物の背中にある双翼。それは激しく羽ばたいているわけではない。むしろ、大きな団扇のように空気を煽っているだけだ。
本当に翼の力だけで飛んでいるのなら、あんなに緩慢な羽ばたきで浮くはずがない。
視線を化け物の足元へと落とす。
爆ぜ飛んだ天井から吹き込む風と、化け物自身が作り出した烈風。それらが不自然に絡み合い、化け物の足元から天井の穴に向かって、渦を巻くような激しい「上昇気流」を形成しているのが見えた。
化け物の翼は、自ら空を飛ぶためのものではない。
あれは風の流れに乗り、凧のように身体を浮かせていたに過ぎない。
「俺があの上昇気流を乱し、隙を作れれば……!」
あの化け物を相手に、ギンだけに戦わせるわけにはいかない。俺の身体はただの人間に過ぎないが、ここにはあの化け物が破壊し尽くした戦場の名残が嫌というほど転がっている。
俺は血眼になって周囲の床を見回した。
天井が爆ぜ飛んだことで、足元には粉々に砕けたコンクリートの破片や、乾いた白い砂塵、そして積年の埃が、まるで砂漠のように厚く積もっている。
男は頭上のギンの動きを警戒し、地を這う俺のことなど、視界にすら入れていない。
「……これなら、いける!」
俺は一歩踏み出し、足元の砂塵の山へ向かって、太い鉄パイプを力任せに振り下ろした。
それと同時に、両手で大量の砂とコンクリート粉を掴み取り、男の真下にある「風の起点」へと渾身の力で投げつけた。
吸い込み口に投げ込まれた大量の砂塵は、化け物の上昇気流に乗った瞬間、一気に巻き上がって凄まじい「砂嵐」へと変貌した。
綺麗な層をなして吹き上げていた空気の流れに、無数の微細な粒子の質量が容赦なく割り込む。ストローの中に砂を詰め込まれたかのように、風の流れは不規則に衝突し合い、一瞬にして制御不能の乱気流へと姿を変えた。
「ぬっ、ごほっ……! なんじゃ!?」
化け物が激しく咳き込む。
それだけではない。巻き上がった砂塵が男の視界を真っ白に染め上げ、その呼吸と集中力を完全に乱した。足場の気流が霧散し、完璧なバランスを誇っていた男の巨躯が、空中であり得ないほど大きく傾く。
そこに生まれた、致命的なまでの無防備な「隙」。
「ーー今だ、ギン!!」
俺の合図に、戦闘本能を爆発させたギンが応える。
視界を奪われ、空中でおぼれるように体勢を崩した男の懐へと、光の弾丸と化したギンが真っ直ぐに突撃していった。




