2章 放課後デートは水の味
≪第2章≫
俺の側をさっさと歩く青山。その表情があまりにも変わらないので俺は少し喋ろうと青山に話しかけた。
「なあ、青山」
「何? どうかした? 」
「いや、今どこに向かってるのかちょっと気になったからな」
「そう。心配しなくてももうすぐ着くわ」
「そうか」
今の会話中、青山は1度も表情を変えなかった。
ううむ。どうも会話が長続きしないな。話題を変えてみるか。
「気になってたんだが、青山は何か趣味はあるのか? 」
「ええ。あるわ」
「へえー。どんなのが? 」
青山は「そうね……」と、呟いて、少し考えるようにしてから言った。
「結構種類があるけど、強いて言うなら料理かしら」
ほう。意外な趣味だな。今度ぜひ作って頂きたいな。
青山は続けて言う。
「ジャンルは和食と洋食どっちでも作れるわ。でも、得意なのは和食ね。中華はまだ研究段階。あれ、かなり難しのよね〜。だってーー」
「青山」
「な、何? 悪いけど、話の腰を折らないでもらえる? 」
「あー、すまん。いや、さっきまであんなに無表情だった青山がすごく楽しそうに笑ってたから、つい……」
「笑ってた? 私が? 」
そう言って青山は信じられないとでも言いたげな顔をして、手で自分の顔をペタペタと触った。
「ああ。最初はあまりにも無表情だったから、ああそういうキャラなのか、って思ってたんだが、やっぱり笑ってた方が断然良いと思うぞ? 雰囲気も和らぐし」
俺がそう言うと、青山は目を丸くして徐々に顔を赤くしていった。青山は顔を隠すように俯いて言った。
「や、やめてくれない? そういうの慣れてないし」
「意外だな」
「どうしてそう思うの? 」
「どうしてって、青山は可愛い方だろ? だから、しょっちゅう言われてるんじゃないかと思ってたんだよ」
すると、青山は俺に向かって言った。
「やめて。それ以上言わないで……」
「すまん……」
俺は、何か青山の気に障ることを言ったのだろうか。どうしてかは分からない。だが、青山は今、明らかに俺の言葉を拒否する姿勢を取った。青山の言う通り、これ以上は何も言わない方が良いだろう。
「…………」
「…………」
料理の話をしていた時から一変して気まずい雰囲気のまま俺は2人で歩いた。何を話すでもなく、ただ歩き続けた。
数分後、俺達は学生で賑わう学校周辺の道を抜けて、ビル群が並び建つ街のメイン通りに出ていた。街のメイン通りだけあって今のこの時間帯は学生や会社員や親子連れでとても賑やかだ。人と人とがすれ違う雑踏の中にいるにも関わらず、青山はスイスイと歩いていく。俺は度々人にぶつかりながらもそれに付いていくのが精一杯だった。
やがて、青山はとあるビルとビルとの間にできた道の前に立った。俺が人混みを縫うようにしてそこに辿り着くと、青山は「こっちよ」とだけ言ってその道に入っていった。
ここは、裏路地? どうしてこんなところに。
幸いにも道幅は広く、人が2人並んで歩いてもまだ余裕があった。
青山はさっきのことがあってからまた元の無表情に戻ってしまった。それも、学校を出る時とは違ってかなり緊張しているように見えた。
すると、突然俺の携帯電話がポケットで振動した。なんだろうか。
画面をタッチすると、1通のメールが届いていた。差出人は、ロロだ。
どうしたんだろう? こんなタイミングに。 いつもは、忘れっぽいあいつの為に普通は『経路』を利用した念話で済むところを、重要なことなんかはわざわざメールで知らせて記録が残るようにしている。だから、メールを初めに送るのはほとんど俺で、あいつの方からメールを送ってきたのは今まであって3、4通程だ。そして、その全てがポテチに関することだったと思う。まあ、とりあえず先にメールを見てみよう。
そう思いメールを開くと、そこにはこう書かれていた。
【気を付けてください】
その一言のみだった。
気を付けろ? 何に? 変なやつだなあ。
だが、ロロが送ってきたそのメールの一言に込められた意味が分かったのは、それから程なくしてだった。
俺がロロからのメールを閉じるのとほぼ同時に青山が歩くのを止めた。瞬間、俺の全身を俺が身に染みて知っている『あの悪寒』が包み込んだ。
まさか……‼︎
「もう、気付いたわよね? 」
そう言った青山は相変わらず表情を変えていなかった。
「青山、お前は……‼︎ 」
「勘違いはしないでね? 私はあなた達を狙う『あの人達』とは違うわ。もっと別の組織の人間よ」
「別の、組織……? 」
「ええ。でも、組織名の言うつもりはないわ。だって、ーー」
青山はどこから取り出したのか軍隊にでも採用されてそうな暴力的な形状をしたナイフを右手に握って言う。
「あなたはここで死ぬんだもの」
直後、青山が右手に持ったナイフを勢い良く正確に俺の胸めがけて投げてきた。
「くっ! 」
俺は急いで横に転がって辛うじてそのナイフを避けた。それでも右肩に少し掠ったらしく、制服のシャツの肩口が裂けていた。
掠っただけでこれか。相当研いでるか、切れ味が良いな。
意外なこともあったが、この手の襲撃にはもう慣れてしまっているため、あまり焦りなどはなかった。
青山がナイフを回収するまでの時間を利用して、俺は少しでも遠くに行く為に走った。
走り出して間もなく、今度は俺の右頬を矢らしき物が掠めた。傷口から血が伝ってくるのが分かる。そして、同時に傷口の辺りが少し濡れているのも分かった。毒の可能性が考えられたので指に取って舐めてみたがどうやら毒ではないらしい。
だとすると、ただの水……? だが、どうして矢尻にわざわざ水なんかを。
走りながら後ろを振り返ると、青山は弓のような物を構えていた。なぜ、『のような』
と表現したかというと、それが全て『水』によって構成されていたからだ。
あいつ、能力者だったのか。だとしたら、このまま逃げるのは少し厳しいかもな。それに、さっきの感覚が本当に正しいとすれば恐らくここの周辺には結界が張られている。ということは出ることはまず無理。なら、ーー。
俺はロロに能力使用の申請を送った。
『ロロ、「経路・接続」。今すぐ‼︎ 』
『はい。来ると思ってました』
ロロからの応答があった直後、身体の底から力が湧き上がってくる感じがした。俺はそれを確認すると、走るのを止めて青山と向かい合った。すると、青山は不思議そうな顔をして言った。
「どうしたのかしら? もしかして、諦めがついた? 」
「いいや。逆だ」
「何を言ってるの? 」
気に入らない、とでも言いたげな顔をして言った青山に俺は笑って言う。
「今度は、お前が逃げる番だ」
「何を言ってるのかまったく分からないけど⁉︎ 」
青山はそう言って水の矢を放つ。それに対して俺は能力を使用して身体能力を『強化』し、矢を素手で受け止め、そのまま破壊した。
青山は初めは驚いた顔をしたが、すぐに納得したらしくニヤリと笑った。
「なるほど。急に強気になったのは、能力が使えるようになったからって訳ね」
「そういうことだ。分かったら、さっさと結界を解いて俺を解放してくれ」
「確かにあなたのような『番外』をまともに相手にするのは流石に骨が折れるわね」
「そうだろう。だからーー、」
すると、青山は雰囲気をこれまでとガラリと変え、敵意を明確に出した。
「だから、本気で殺すわ」
「へ? 」
直後、青山の背後に水で造られた龍が現れたと思うと、青山に変化が訪れた。
美しかった黒髪はまるで大海を思わせる鮮やかな青に変わり、特徴的だった瞳は透き通った翡翠色になっていた。
「私の能力は『四神東方・青龍』。中国神話に登場する幻獣、青龍の力を体現する能力よ。これであなたを殺してあげる」
おいおい。青龍の力を体現って、恐らくあいつの能力は軽く見積もってもクラスS。油断はできない、か……。
クラスというのは、簡単に言うと能力の強さを段階的に表した物で、D〜SSまでの六段階ある。他にも『番外』というクラスもあるんだが、それは後で説明するとしよう。
青山は龍を撫でながら言った。
「この子はね、水でできてるけど牙はそれなりに通るのよ? そうね。装甲車の装甲板を紙のように裂くって言えば分かり易いかしらね」
「そいつは分かり易いな」
「でしょう? だから、これであなたを貫くわ」
青山が言った直後、背後の龍が一気に俺めがけてその凶暴な牙を覗かせて襲いかかって来た。
行けるか……?
俺は再び身体能力を強化し、右手を握り締めた。そして、龍が噛み付いてくるのに合わせて龍を思い切り殴った。すると、龍は拳が当たった途端に跡形もなく爆散した。その際に右腕に裂傷を負ったが、能力の影響で傷口はたちどころに塞がった。なんで? と言われても、俺の能力じゃないから詳しいことは分からないとしか言いようがない。ロロが何故かそれを隠すというのも理由の1つだ。
今の龍の攻撃が自分の技の中でも決まる自信があったものだったのだろう。青山が焦り始めたのが俺でも見て取れた。青山は再び龍を造り出して言った。
「今ので防がれたのなら、次はもっと力を込めてレベルを上げるだけよ‼︎ 」
「まだやるのか」
「当然。課せられた任務を遂行できないと、私の面子がズタボロになりかねないから。じゃあ、きちんと食らってちょうだい‼︎ 」
来る‼︎ さっきのとは比べ物にならないのが‼︎
龍が俺めがけて翔けて来る。俺がそれを無力化しようと身体能力に強化を上乗せし、拳を握り締めたその時、
「はいはい。そこまでだ、お二人さん? 」
突然現れた若い男によって、青山の龍は霧散し、俺の強化は力を失った。
青山は顔を驚愕に染めてその男に向かって言った。
「支部長、なぜここにいるんですか……? 」
「ハハッ。来ちゃったよ」
支部長と呼ばれたその男はニコッと笑ってそう言った。




