4 アービンの告白
苦しむエルザを守ることすらできない。
――そう悟った瞬間、私は自分の無力さを思い知った。
サラン老侯爵夫人は王妃の叔母であり、両陛下の絶対的な信頼を得ていた。
エルザは勿論、私も頭が上がらない存在だった。
それでも「王太子妃になるまでの辛抱」そう信じて、エルザには耐えてもらった。
なのに。
非情にも、隣国のソフィア王女との婚約が決まってしまった。
隣国との関係を壊す訳にはいかなかった。
さらに愚かな提案もなされた。
『エルザ様を三年後、王太子の側妃として迎え入れてはどうか』
どこまでエルザを苦しめれば気が済むのか。私は断固として拒否した。
私との婚約が白紙になれば、この地獄のような王宮から解放され、エルザは自由になれるはずだ。私などよりも彼女を幸せにできる男にエルザを託そう――そう自分に言い聞かせ、別れを告げた。
だが、結果としてエルザは、あろうことか弟シエールの婚約者になり、また王宮に囚われることになってしまった。
シエールはソフィア王女との婚姻を強く望んでいた。
なのでエルザを大事にしてくれるとは思えない。
私はソフィア王女を愛せない。
愛しているのはエルザだけだ。
やはりエルザを他の男に奪われるなんて耐えられない。
誰にも渡したくない!
その思いが胸を満たした日から、私は密かに計画を練り始めた。
温和に見えて、あの弟は非常に頭が切れる。そして隙さえあれば王太子の座を狙う野心家でもあった。
ならば――この王太子の座ごと、弟に譲ってやればいい。
一から人生をやり直す。
失ってしまったものを、一つずつ取り戻す。
その第一歩として――何としてもエルザを取り戻す。
ところが、計画には早々に狂いが生じた。
演出するはずだった落馬事故に失敗し、危うく命を落とすところだった。
目を覚ますと、そこにはソフィア王女の姿があった。
看病してくれたことには感謝したが、彼女は本来シエールと結ばれるはずだった存在。
迷いは一切なかった。私の計画を実行に移す。
──エルザは、絶対に私を見捨てない!
『エルザを呼んでくれ』
『それはなりませぬ。あの方はすでにシエール殿下の婚約者なのですから』
……王太子である私の命を、従者があっさりと拒絶した。
ただ、会いたいだけなのに。
それすらも許されないというのか。
怒りと焦燥に駆られ、私は羽枕を固く握りしめた。
『エルザを連れて来い! 早く!』
羽枕を振り回して暴れ、目につく物を手当たり次第に投げつけた。
部屋の中を極限までめちゃくちゃにしてやったのだ。
ソフィア王女も従者たちも、顔を引きつらせて部屋から逃げ出した。
『王太子殿下がご乱心された!』
――そうだ、狂ってやる!
エルザに異常なまでに執着する、哀れで狂った王太子を演じ切ってやる。
エルザの到着を待つ間、焼いた肉を山盛りに用意するよう命じた。
いつも空腹に耐えていたエルザに、お腹いっぱい食べさせてやろうと思った。
だが、従者たちは「ご乱心された殿下に刃物は危険だ」と、ナイフもフォークも用意しない。
……くそっ、これでは手でちぎるしかないじゃないか。
仕方なく、肉を手でちぎった。
そして、エルザと一緒に現れた、あのサラン老夫人の口へ直接肉を押し込んでやった。
恐怖に慄く夫人の顔に、少しだけ胸がすっとした。
◇
すべての真相をエルザに打ち明けた。
「すべてお芝居だったのですか!?」
エルザの抑えきれない怒りが、その声に滲み出ている。
「どれほど心配したか! あの時、どうして本当のことを教えてくださらなかったのですか?」
「すまない。君を巻き込まず、できる限りリスクを減らしたかったんだ」
「……それで、これからどうなさるおつもりなのです?」
これから、か。
私は拗ねるエルザの青い瞳を見つめた。
「しばらく二人だけで過ごそう」
「しばらく……芝居を続けるのですね」
「ああ。君を私の妻にして、城へ戻る。もう二度と、誰にも君を虐めさせたりはしない。今度こそ、私が君を守り抜く」
「虐められてなど……いませんでしたよ?」
「いいや。サラン夫人には明らかに悪意があった」
城の使用人たちも同じだ。
エルザが選ばれた理由は、子沢山の家系だから。
なら側妃でも十分。正妃にはソフィア王女のほうが相応しい。
口に出さずとも、そんな侮蔑を込めた態度だった。
「次にあの城へ戻るときは、奪われた私たちの尊厳をすべて取り戻す」
「はい」
エルザは頷き、美しく微笑んだ。
「殿下とこうして一緒に過ごせるなんて……とても幸せです」
「ああ。ここなら、もう君を空腹にさせることもないからね」
「もう! そういう意味ではありませんっ!」
ポッと頬を赤く染めて抗議するエルザが、あまりにも愛おしくて、その華奢な身体を強く抱きしめた。
こんな荒れ果てた廃宮であっても――エルザは「幸せだ」と言ってくれた。
取り戻そう。
今まで失ってきた二人だけの時間を。
今まで出来なかった分まで、何度も愛おしく抱きしめよう。
だが、
いつまでも、この静かな逃避行に甘んじているわけにはいかない。
まずは弟・シエールの動向を見極める。
もしシエールが王太子として国を背負うに足らないのであれば、王太子の座を奪い返さなければならない。
だから今はまだ。
エルザと共に城へ戻るその日まで。
私は狂った愚かな王子を演じ続けよう。
読んでいただいて、ありがとうございました。




