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廃宮に追放された元王太子殿下と全てを捨てて追いかけた私  作者: ミカン♬


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3

 扉の向こうから、心配そうなシエール殿下の声が聞こえてくる。


「エルザ、大丈夫か!?」


「大丈夫です……私にお任せください」


 そう答えて、私はアービン殿下の手を優しく握り返した。


 殿下は嬉しそうなお顔で、私の手を引っ張って隣に座らせた。


 別の皿には、焼きたての肉が山盛りにされている。

 殿下はその皿を引き寄せると、手で肉を小さくちぎり始めた。


「たくさん食べて」


 そう言って、私の口元へ肉を運ぶ。

 口に含むと、柔らかな肉が舌の上でほどけていった。


「美味しい?」


「はい……とても美味しいです」


「お腹がいっぱいになるまで食べていいんだよ」


 殿下は楽しそうに次の肉をちぎり、また私の口へと運ぶ。

 その優しさが、あまりにも切なくて、哀しくて……涙がこぼれた。


「どうして泣いているの?」


 殿下が不思議そうに私の顔を覗き込む。


「そうだ、お菓子も用意しよう。 誰か!」


「いいえ……殿下、もうお腹がいっぱいです」


「まだ少ししか食べていないじゃないか。ほら、もっと食べて」


 殿下は笑いながら、再び肉をちぎる。


「手が油だらけだ……あははは――」


 無邪気な笑い声が部屋に響きわたる。


 けれど。


 笑っている殿下の瞳には、溢れんばかりの涙が浮かんでいた。


「殿下……」


「全部、食べていいんだよ」


「……はい」


 私はハンカチで殿下の涙を拭い、差し出された肉を一口、また一口と口に含んだ。



 間もなく、私達は無理やり引き離された。


「エルザ! エルザ――!」


 殿下の悲痛な叫び声が、いつまでも耳から離れなかった。


 その後も狂ったように暴れ、強い鎮静剤を飲まされ、ようやく眠りについた殿下。

 そして目を覚ますと、殿下は自らの部屋に火を放ったのだ。


 もはや正常ではない――そう判断されたアービン殿下は、王都から遠く離れた廃宮へ移されることになった。



 廃宮で今もなお、私の名前を呼び続けているという。

 私は意を決して国王陛下のもとへ向かい、生まれて初めて自分の意志で願い出た。


「どうか……アービン殿下のお世話を、私にさせてください」


 必死に頭を下げ続ける私の訴えは、やがて聞き届けられた。


 それに伴い、シエール殿下との婚約は白紙。

 アービン殿下とソフィア王女の婚約も正式に解消され、王女は自国へと帰っていった。


 すべてが、大きく変わった。


 最後にサラン老侯爵夫人に別れを告げた。


『ここまで貴女を立派に育て上げた私の苦労を、台無しにしてしまった!』


 涙を流して、夫人は私を責めた。


『私は王太子妃には相応しくありませんでした。これからは、ただ愛する人の支えになりたいのです』


 私の返事に、夫人は怒ったまま去って行った。

 私を固く縛りつけていた重圧から、ようやく解放された瞬間だった。


 急いで廃宮へ向かう。

 今この瞬間も、殿下が私を呼び続けているのだから。


 自分自身で手繰り寄せた未来。


 もう絶対に離れない。

 一生、私が殿下のそばにいる。


 ◇


 辿り着いた廃宮は、まるで国から見捨てられたような場所だった。


 古びて傷んだ建物。

 手入れの届いていない荒れた庭。

 使用人も数人しかいないと聞いた。


 覚悟はしていたものの、あまりの寂寥(せきりょう)感に言葉を失った。


 馬車から降り、荷物を下ろそうとすると、


「エルザ! エルザ!」


 聞き慣れた愛おしい声が響きわたった。


 振り返ると、アービン殿下がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 その元気そうな姿に心から安堵した。


「アービン殿下、ごきげんよう」

「ああ、待っていたよ。 来てくれると信じていた」


 殿下は後方の若い使用人に命じる。


「エルザの荷物を運んであげて!」

「は、はい!」

 私の荷物を持って先に使用人は宮殿に向かった。



 殿下は私の手を優しく取った。


「ここは楽しいよ! 敷地内の池では魚釣りもできるんだよ」


「そうですか。お花を植えれば、このお庭もきっと賑やかになりますね」


「じゃあ、エルザの好きな花をたくさん植えよう」


 殿下に手を引かれるまま、宮殿の内部へと足を踏み入れた。

 中は薄暗く、長い年月を感じさせる独特の匂いが漂っている。階段を上るたび、足元でギシギシと音が鳴った。


「幽霊屋敷みたいだろう? 」


「幽霊が出るのですか?」


「でないよ、あははは──」


 楽しそうに笑う殿下の姿が切なくて、私は胸を詰まらせた。


「君の部屋は、僕の部屋の隣だよ」


 案内された部屋の扉が開く。

 そこには、陽の光が射し込んで、明るく綺麗に整えられた空間が広がっていた。

 きっと殿下が、私のために心を込めて準備してくれたのだろう。


「どう? 気に入ってくれた?」


「はい。とても素敵なお部屋です」


 私が微笑むと、殿下の無邪気だった表情が、ふっと大人びたものへと戻った。


「……こんな場所へ呼び寄せることになって、本当にすまない」


「殿下……」


 次の瞬間、強い力で抱きしめられた。


「ずっと……こうして君を抱きしめたかった……」


 耳元で囁かれた声は、微かに震えていた。

 私はそっと腕を回し、殿下の背中を包み込む。


「もう……二度と離れません」


 重ねた唇から、温かな熱が伝わってくる。


 私たちは、ようやく二人だけの世界へと辿り着いた。


 


読んでいただいて、ありがとうございました。

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