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年齢を重ねるにつれ、体形を維持するための食事制限はさらに厳しさを増していった。
こんな食生活で、本当に子供が産めるのだろうか。
毎日が緊張の連続。
いつか、自分の体が壊れてしまうのではないかという不安。
それを誰にも言えないまま一人で抱え込んでいた。
そんな私の苦しみを理解してくれていたのは、アービン殿下だけだった。
殿下は「エルザの妃教育が厳しすぎる」と何度も陛下に訴えてくださったが、「王妃となる者の使命だ」と一蹴された。
殿下もまた、苛烈な王太子教育だけでなく武芸の稽古にも励んでおられた。
きっと、私以上に過酷な日々を送っていたはずだ。
だから不安を抱えながらも、我慢できた。
いつかアービン殿下の妃になるのだ。
妃になれば、ほんの少しでも自分の意思で生きられるかもしれない。
誰の目も気にせず、お腹いっぱい食べる。
それが、私のささやかな夢だった。
――けれど、その夢が消えてしまった。
王子妃教育は続く。
私とシエール殿下は将来、アービン殿下夫妻を支えていかなければならない。
この九年間、私とシエール殿下は義理の姉弟のように接してきた。
それを突然「婚約者」として意識するなんて到底無理な話。私達がこの現実を受け入れるには、まだまだ時間が必要だった。
そして、隣国から嫁ぐソフィア王女。
彼女は王太子妃としての教育を一切受けていない。
そのため、一時は私をアービン殿下の側妃として残し、政務を任せるという案まで出た。
それほどまでに、私は王家にとって都合のいい駒に過ぎなかった。
一方で、ソフィア王女は健康で、どこまでも自由だった。
誰に対しても物怖じすることがない。
アービン殿下に触れることすら固く禁じられていた私とは、まるで違う。
彼女は誰の目も気にせず、当たり前のように殿下の腕に抱きつく。
あの厳格な教育係・サラン老侯爵夫人に何を窘められようと、まるで意に介さない。
怒ったサラン老侯爵夫人はソフィア王女の教育係を辞退し、私のもとに戻って来てしまった。
――きっと、あんな風に堂々とした王女こそが、王太子妃に相応しいのだ。
王女である彼女の食事を制限する者など、この城にはいない。
どんな振る舞いをしようと、誰も王女を責め立てることはできない。
アービン殿下の隣に、幸せそうに佇むソフィア王女。
二人を見るたび、私の心はどこまでも深く沈み込んだ。
私など、言われるがままに従わされる存在。
そのためだけに王子妃に選ばれた。
サラン老侯爵夫人の教育と空腹に耐えながら、私は何度も恐ろしいことを考えた。
いっそ、重い病気になってしまいたい。
そうすれば、ここから解放してもらえる。
ただ、逃げ出したかった。
この九年間、私なりに必死で努力してきた。
もう自由にしてほしい、許してほしい――そう心の中で叫んでいた。
◇
鬱々とした日々が続いていたある時、侍女が私の部屋へ駆け込んできた。
「アービン殿下が落馬されました! 意識が戻られないそうです……!」
聞けば、ソフィア王女が付きっきりで殿下の看病にあたっているという。
今の私には、何もできない。
婚約者ではなくなった私には、様子を見に駆けつけることすらできない。
どうか――。
どうか、アービン殿下がご無事でありますように。
ただそれだけを、何度も、何度も祈り続けることしか出来なかった。
◇
やがて、アービン殿下の意識が戻ったという知らせが届いた。
──よかった……本当に、よかった……!
安堵したのも束の間、私はシエール殿下からの伝言を受けた。
『兄上の部屋へ向かうように』と。
急いで部屋の前までたどり着くと、そこではソフィア王女が泣き崩れていた。
その隣には、複雑な表情を浮かべたシエール殿下の姿もある。
私を見るなり、シエール殿下は告げた。
「エルザ。兄上が……君を呼んでいるんだ」
「私を……?」
一体何が起きたのだろう。胸騒ぎと不安を抑えきれないまま、サラン老侯爵夫人と共に部屋の中へと足を踏み入れた。
「まあ……! 」
悲鳴を漏らしたのは、夫人だった。
室内は、凄惨を極めていた。
破かれた枕から飛び出した羽毛が床一面に散乱し、豪華なカーテンは無惨に引きちぎられている。重厚で上質な家具には、無数の荒々しい傷が刻み込まれていた。
そして――荒れ果てた部屋の中央に、上半身裸のアービン殿下が座り込んでいたのだ。
殿下は大皿を抱え込み、肉を手づかみで貪るように食べていた。
私に視線を留めると、殿下はぱっと表情を輝かせた。
「エルザ! エルザ! こっちにおいで!」
肉を握りしめたまま、無邪気に手を振って私を呼ぶ。
「行ってはなりません!」
夫人が金切り声をあげて制止した。
その瞬間、殿下の手から猛烈な勢いで皿が放たれ、夫人の足元で音を立てて砕け散った。
「ひっ……!」
「うるさいババアだ! 出ていけ!」
殿下は立ち上がるやいなや、握っていた肉を夫人の口へ強引に押し付けた。
毒気を抜かれた夫人は、恐怖に顔を歪め、慌てて部屋から逃げ出していく。
あまりの衝撃に、私はその場から一歩も動くことができなかった。
目の前にいるこの人は、本当にあの誇り高く優しかったアービン殿下なのだろうか。
「エルザ」
茫然と立ち尽くす私の元へ歩み寄り、殿下がそっと手を取った。
「お肉なら、まだたくさんあるんだ。一緒に食べよう」
差し向けられたのは、心からの無邪気な笑顔。
心だけが幼い頃へと戻ってしまったかのように。
読んでいただいて、ありがとうございました。




