第5章「遠い国の赤い犬」⑨
その日は朝からひどく雨が降り続き、坑道近くの山が崩れたため、鉱山の仕事は休みになった。外出できるような天候でなく、町に人影はなかった。
夜になり、雨の勢いが衰えてきたころ、リュウは出かけることにした。その日は、暦に書かれた赤い印の最後の日だった。
「行くのか」と、寝床の中から髭面が声をかけてくる。リュウは無視して外に出た。閉じる扉の隙間から、髭面のにやけた顔が目に残った。
「このあと、おそらく、あいつは俺の金を盗むだろう」
リュウが部屋の中に隠した全財産は、死んだ父親が残した神職の家の術で、何重にも呪符がかけられた布に覆われて、自分以外の誰にも存在を認識されることはなかった。
今日は出かける前に、その術を解き、半ばを残して部屋を出た。もっとも、たびたびの娼館通いでかなりの額を減らしてはいたが。
「あいつは、それを見つけると、この鉱山を抜け出すに違いない」
雨の勢いは少し収まりつつあったが、肌理の細かい雨が、切れ目なく降り注ぎ、道を歩く彼を薄布のように浸していた。頬をぬぐうと、雨が指先にまとわりついた。
その前に、大事な用事が残されていた。
用を済ませれば、すぐに髭面を追いかけねばならなかった。鉱山から抜けて隣町に向かう道筋の途中で追いつけるであろう。あいつは、道に迷う。
娼館に到着するまで、リュウは一人の人間にも出会わなかった。
それでも、町のいたるところから人の気配が感じられた。
自分に関わることを避けているような気がした。
いつものように階段を上り、あの女の部屋に入る。
「ちゃんと、来たのね」とルビアが声をかけてきた。
椅子に腰かけた彼女は、臍下に手のひらをあて、満足そうに微笑んだ。
「ああ」とリュウは答えた。
「今日で最後だからな」




