第4章「妻と柴犬」㉔
「ただの、柴犬だよ」と、大隈は戸惑った顔をして答え、
「死んだ妻に頼まれて、保護犬を引き取っただけだ」と説明した。
坂本はそれを聞くと、あの犬のことは彼と共有できない情報だと判断し、「そうか」と述べて黙り込んだ。
病室は沈黙に支配された。
「そろそろ面会時間も終わるな」と坂本は長居したことを詫び、首の後ろに手を当てる仕草をしながら、「このことは、医者に伝えておく」と改めていった。
坂本が部屋を出ようとしたとき、
「あの屋敷の主には、別れた家族がいたらしい」
と大隈は、思い出したように言った。
「妻は家を出るときに、子供を連れていった」
「調べたのか」
「あぁ」
旧姓に戻った妻は、遠くの町で子供と生活していたが、あの屋敷のこととは一切関係がなく、通り一遍の調査確認がなされて、それ以上のことは行われなかった。
「息子は、いくばくかの財産を相続したようだが、特に問題は見つからなかった」
「そうか」
坂本は、そこまで聞くと、「邪魔したな」と言って部屋を出ていった。
一人病室に残された大隈は、疲れを感じて横になった。
屋敷の主の息子は、土地を幾つか相続し、その土地は、この街にも幾つか存在した。
「あのコンビニが建っている土地も」
大隈は、独り言のように呟いた。
大隈は、コンビニを訪れる時間を何度も変えてみたが、オーナーらしき人物を見かけたことはなかった。
ただ、よくレジで見かける若者がいた。彼が他の店員から呼ばれた苗字は、屋敷の主の、別れた妻の旧姓と同じだった。
それが、手掛かりと言えるものなのかまだ判らないが、何かに近づいている気がした。その結果が、今自分が病室にいる理由なのかもしれない。
考え続けるうちに、眠りの気配に包まれ、大隈は目を閉じて、次の朝を待つことにした。




