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第4章「妻と柴犬」㉓

坂本が、大隈の妻の葬儀に参列して以来、二人はずっと顔をあわせていなかった。

偶然、町で大隈を見かけたとき、彼は柴犬を連れて散歩していた。そのとき、二人の歩いていた場所は離れており、互いが気づかなくてもおかしくない距離だった。

坂本は、誰かに話しかけられたような気がして、立ち止まった。それから、自分に向かって注がれる視線に引き寄せられるように顔を向けると、柴犬がじっと彼をみつめていた。

その柴犬は、旧知の人間をみつけたような顔つきで、もしも言葉が話せるなら、

「お久しぶり」とでも口にしそうな表情だった。

坂本は、困惑した。初対面なのにそこまでの親愛を示される理由は判らなかった。

旧知の相手に、声をかけるのを躊躇させる動揺を覚え、彼は視線を柴犬からそらし、その場を立ち去った。


それから何日もたたないうちに、その柴犬は、向かいの前原氏の庭を早朝から走り回っていた。昨日まではいなかった犬が隣家に現れ、坂本は無言で塀の前に立ち、庭中を走る犬を見つめた。

前原氏が、一連の犬の失踪に関わっているとは思えなかった。彼の普段の生活に、常軌を逸した傾向は認められない。可能性としては、何かに巻き込まれたのであろうと思った。当の前原氏は、一日だけこの柴犬を預かることになった経緯を説明してくれた。その話を聞いて、大隈が倒れた出来事を知り、そちらのほうに坂本は驚いていた。


ふと、先ほどから走っていた柴犬に視線を戻すと、犬は庭の一角に立ち止まり、興味深げに地面の土の匂いを嗅いでいた。それから、顔を上げ、坂本の顔をじっと見つめた。

「ここに、欲しいものが埋まっています」

声が聞こえ、坂本は耳を疑った。だが、前原氏は何も口にしていない。他に誰もいなかった。

「あなたが埋めたものが」

柴犬が女性の声で話しかけていた。


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