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第5章『遠い国の赤い犬』①

「おまえは、雌犬の腹から生まれた」


父親は酒に酔うたびに、男に向かって吐き捨てた。

男の母親とされる女は、身持ちが悪く、色んな男性と関係を持っていたと噂されていた。意図せずして生まれた赤子を、一度だけ寝床を共にした気弱な男に押し付けると、彼と息子の前から姿を消した。


「おまえなんか、捨てちまえばよかった」


過度の飲酒のために白目の部分を充血させ、息子を恨めしそうな顔をして見つめる。それでも捨てなかったのは、あの女とのか細いつながりが、置いて行った赤子の存在しかないと考えていたからだ。こいつを育て続ければ、あの女が、いつかふいと俺の所に戻ってくるかもしれない。不確かな期待を胸に日々を過ごしたが、もう十年近い年月が過ぎた。


「あの女に騙された」


他の男であれば、すぐに捨てるか売り飛ばすか、それとも川に沈めるかしたかもしれない。男の値踏みをしたうえで、赤子をゆだねる相手をこの男にしたのだろう。だが、それは男を信頼していたとは言えない。

預けられた当人は、年々母親と同じ顔になっていて、今も父親の暴言を、冷たい目をしたまま、黙って聞いていた。この顔のために、父親は息子を捨てることができなかった。

しばらくすると、父親は酔いつぶれて寝てしまう。男は彼に布団をかけると、自分も寝床に潜り込んだ。眠りに入る前の習慣として、彼は父親がやがて死ぬことを思い、そのあとの自分の身の振り方を考えることにしていた。ここのところ、国が旗を振って、遠い国への移民を募っていた。何年か働けば、ひと財産を稼ぐことができると。若くて丈夫な人間なら、役場で便宜を図ってくれるという。

男は、家にも、この町にも未練はなかった。

おそらく、父親は数年は持つまい。男はその日に備えて準備をした。


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