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第4章「妻と柴犬」㉑

「それから、彼のことを気にかけるようにしてきた」

坂本は、数年前から町内会長を務めており、町内の行事や、地域活動の実施に関わるようになっていた。一人暮らしの前原氏は、欠席がちであったが、坂本は、極力彼に配慮し、無理に参加を求めることはなかった。

不幸が続いた隣人に対する当然の対応だと彼は考えたが、罪の意識に似たような感情が、なかったとはいえない。

時折、かつての異常な出来事の記憶がよみがえり、無意識のうちに、前原家の庭の一角を見つめていることがあった。その場所は、椿の木の根元近くで、もうすっかり草に覆われ、何が埋めらているか知る者は、坂本と彼の孫の二人だけだった。


町内会長の最後の任期の年、前原氏も少しづつ生活のリズムを取り戻し、外出も増えてきたようだったが、そのころ、住人からの相談が相次いだ。

「飼い犬の失踪」が数件、近隣の別の町内で発生したという。


前日の夜まで、何事もなく小屋の中にいた飼い犬が、翌朝になるといなくなっている。人になつかないような獰猛な犬が、声を上げることなく、忽然と姿を消す。飼い主たちは一様に悲嘆にくれ、警察にも届け出たが、いっこうに見つからない。


「町内でも知らせたほうがよろしいのでは」と活動に積極的な老人がもちかけてきたため、坂本も町内の広報誌に注意喚起の記事を載せることにした。

刷り上がった紙面を確認しながら、坂本は、昔「U市」で起こった犬の連続失踪を思い出していたが、その時点では、そこまで深刻には受け止めてはいなかった。


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