?? : ?? 群狼
いつからか、男は一人で戦うことを好むようになった。
他の兵と足並みを揃えるよりも楽だったし、なにより戦果も稼ぎやすかった。
気高く、孤高こそが最良。
王より、六騎士の“ブレイカー”を賜った初の戦でも、男は自分の思うままに進撃していた。
誰にも遅れは取らない。
武力において六騎士最強は己だ。
抱いた自負を示すため、ブレイカーは単独で敵兵を圧倒し続ける。
「怯むな! どれだけ屈強だろうと敵は一人だ! 押し返――ぶごッ!?」
投石で敵指揮官の顔面を砕いた。
うろたえる敵集団の只中に飛び込み、豪腕を振るう。
ブレイカーの拳は一撃で敵を昏倒させ、二撃を放てば確実に命を奪った。
倒れた敵兵の槍を拾い、大薙ぎで五人の胴を断ち斬る。
すぐさま突きに転じて、三人をまとめて串刺しにする。
血塗れの槍を振りかぶり、投げる。
遠方で弓を構える敵兵の頭を、槍は見事に撃ち抜いた。
六十からなる敵の包囲を一人でくぐり抜け、ブレイカーは大河に面した敵城にたどり着く。
闇夜に松明のオレンジで浮かび上がる城は、敵味方の怒号が入り乱れている。
サジョウ国が誇る堅牢な城門での攻防戦は、双方の兵を疲弊させるのに十分な時間が経っていた。
「城門、未だ破れません! 現在シューター様率いる強弓隊が櫓の弓兵を狙い撃っています! ブレイカー様もしばし待たれるよう――」
悠長に過ぎる。
胸中で吐き捨てたブレイカーは、味方の忠告を歯牙にもかけず敵城へ歩みを進める。
「お、お待ちください!」
大柄な兵士の死体から戦鎚を剥ぎ取った。
死んでいた兵士が敵か味方か、そんなことには興味すらなかった。
脆弱な群れと群れが、互いに戯れているとしか思えない攻城戦を尻目に、ブレイカーは分厚く塗り固められた城壁を見据える。
入り口など、こじ開けてしまえばいい。
ブレイカーの太腕がはち切れんばかりにミチミチと膨れ上がる。
大きく引き絞って放たれた戦鎚の初撃は、爆発と見紛う強烈な轟音を伴って石の城壁を砕いた。
城門の喧騒までもかき消すほどの威力に、戦場は一瞬だけ静寂に包まれる。
「う――射て! 奴を射殺せッ!!」
「ブレイカー様!!」
ブレイカーに降り注ぐ矢の雨を、味方の兵士達が身を挺して受け止め、血の海へ沈んでいく。
なんの気も止めずブレイカーは再び戦鎚を振り抜き、城壁の一部を完全に破壊した。
戦鎚を振り抜く際、味方を巻き込んだことにさえ感情は動かなかった。
むしろ纏わりつく自軍の兵士を邪魔とも感じて、敵兵もろとも戦鎚で吹き飛ばす。
強者の下に軽々しく立つな。
弱者は群れを形成し、その中でひっそりと生きてゆけ。
良識や道徳、何者にも縛られないブレイカーの奮戦により、サジョウ国は予想よりも数日早く降伏を受け入れた。
占拠した敵城にて、簡易的な勲章授与式が行われた。
仰々しく膝をつき、六騎士の中でも最多となる褒章を受け取る。
当然、ブレイカーは褒章にも興味はない。
ただ一つ、ブレイカーを縛るものは。
「よく働いてくれた。大陸平定のため、これからも王国に尽力せよ」
王こそが、己の理解者だと。
周りの雑兵に味方殺しと陰口を叩かれ、侮蔑の視線を向けられようと構わなかった。
王のため、王の願いを叶えることこそが、ブレイカーの存在理由。
琥珀の瞳に魅入られたように、ブレイカーは深く頭を垂れた。
◇◇◇
ふと、夢でも見ていたのかとブレイカーは頭を振る。
夢ではなく、あれは記憶だとすぐに思い出した。
足下には、あの頃と同じく脆弱な敵の群れ。
虫でも潰すかのように拳を振り下ろすが、群れは散り散りに圧潰を逃れた。
煩わしい。
ギリギリと奥歯を噛みしめ、ブレイカーは記憶にある己の不甲斐なさも自覚する。
サジョウ国に続いてクウロ国も打ち破ったブレイカー達は、やがて大陸の端まで進軍した。
あと一つ。
あと一歩というところで、王を覇道に導くことができなかった。
その敵城、湖畔に建つ古城には、想像を絶する化物どもが潜んでいたのだ。
初めて力で圧倒された。
およそ太刀打ちできない人外の力に、ブレイカーは王を守ること叶わず憤死した。
よもや今、己が人外の側に立つとは思いもしなかったブレイカーだが。
しかし因果か運命か。
あのとき志を同じくした王が、再び己の王として君臨したことは、ブレイカーにとってまたとない僥倖だった。
今度こそ、絶対に、必ずや己の力で王に勝利をと息巻く。
敵城はもはや陥落寸前、風前の灯火。
最後の火をかき消すため、ブレイカーは肥大した拳を振るう。
「ウルフ様!!」
「ぬううッ! ――的を絞らせるな! 血反吐を吐いた日々を思い出せ! 貴様らは王国最強の兵士だ!」
王国最強という言葉に、ブレイカーが僅かに反応を示す。
ブレイカーの見立てでは、敵はおそらく“イーター”だ。
かつての記憶では、己が打ち漏らした敵をこそこそと喰らう矮小な存在。
笑わせるな。
最強を謳うならば、せめてそちらの“ブレイカー”でも連れてこい。
それなら少しは楽しめたかもしれない。
ブレイカーは矮小な群れを立て続けに踏みつけるが、不規則な機動力に翻弄され一つも捉えることができなかった。
「ミハエル! ロバート! 右へ回れ! ロッドとジニスは納剣して掻き回せ! 他は抜剣、集中!」
不規則――ではなく、統制された動き。
足下で目まぐるしく隊列を変える兵に気を取られた刹那、ブレイカーの眼前に男が跳び上がる。
体中を鎖で繋がれた男は、右腕の鎖を解き放つと、握り拳を振り絞る。
己に力で挑むつもりか、と。
所詮は愚かな群れに過ぎないと、ブレイカーは文字通りの巨拳を、男が突き出す拳へ合わせるように叩きつけた。
拳ごと男を粉砕するつもりだった。
だが鉄同士がぶつかり合うような甲高い音が響いた後、二つの拳は拮抗して止まっていた。
呆然と思考を停止するブレイカーは、足首の痛みに顔を歪めて見下ろす。
地を駆け回る兵士達が、少しずつブレイカーの足を斬り刻んでいる。
ブレイカーが咆哮しながら足裏を何度も叩きつける。
踏みつける。
“群れ”は素早く移動を繰り返し、駆け抜け際に確実にブレイカーの足を削いだ。
食い千切られるような痛みは神経に達し、ブレイカーの片膝が落ちた。
『ウルフ様、フェンサー様より言伝てです。“前言を撤回する”と。そして“必ず勝利しろ。生還を絶対に達成しろ”とのことです。最後に“頼む”と……』
青い蝶を振り切り、鎖の男が再度ブレイカーの正面に跳び上がる。
「“必ず”“絶対”と、己に自信の無い証よ。それに“頼む”だと……なんとも弱々しい!」
言葉とは裏腹に、男の顔は笑みで歪んでいた。
「ふん。だが――聞き遂げた」
男の体に巻きついていた鎖が、バラバラと千切れ落ちていく。
背負っていた数々の武具も解かれ、男は大剣を手にすると力任せに振るった。
大剣はブレイカーの指を斬り落とし、太い首筋に深く食い込む。
生温い血が眼球にかかり、ブレイカーの視界が赤く染まる。
赤い世界で、男の大鎌がブレイカーの左目を縦に裂いた。
斬馬刀が額を斬り開き、大鎚が咄嗟に打った右拳の甲を砕く。
フランベルジェが口端をグズグズに引き裂く。
何十もの武具を次々と頭に、喉に、眼球に、心臓に撃ち込まれ、ブレイカーはぐらりと仰向けに倒れ転げた。
戦場で背を地面につけるなど、初めてのことだった。
“狼は孤高に在らず”
薄れていく意識の奥で、ブレイカーは男のそんな呟きを聞いた。
「ウルフ様!? 空から光が、まずい雰囲気です! 早く避難を!」
「ち。勝利の余韻に浸らせもせぬとは……総員退避ッ! 応接間でエア達を拾い本城へ向かう!」
閉じたまぶたの裏。
明々とした光に、ブレイカーは王の姿を見た。
琥珀の瞳と、深く青い髪。
敬愛する王へと、震わせた手を伸ばす。
瞬時に炎に包まれたブレイカーの腕は、竜が飛び交う空へといつまでも向けられていた。




