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☆第3話

『光波研究所で謎の事故』

『死者行方不明者合わせて三百人以上』

『怪現象? 光波研究所に光の柱』

『周辺被害は奇跡的に軽微。光の柱と関係が?』

『国産航宙護衛艦あきつしま処女航海に、防衛大学航宙科生徒の参加が決定』

純国産TGJトライジージェネレーター搭載型航空歩兵【烈風】公開。名機【零】の後継となるか?』

『次期量産型特殊重戦闘歩行機は国産? それとも米製? 専門家が語る』


 普段のようにニュースサイトをスマホで見ていたひょろりと背の高い少年のような少女は、軽く息を吐いてスマホを閉じた。

 いつもなら聞き上手な親友に、自身の考察を交えて解説するところだが、彼女の姿は無い。

 そんな機会がもう二度と無いのことを確認してしまった気がして、唯子はうなだれた。

「……グスッ」

 鼻をすする声が聞こえた。顔を上げれば、制服姿のクラスメイトたちの姿。

 その顔は一様に暗い。

 白と黒で染め挙げられた場所であげられる式。

 『楠家』の葬式である。

 親類縁者がいなかった父娘でありながら、そこに詰めかけた人々の多さが、ふたりの人徳を表しているといえよう。

 たが、それにどんな意味があるのだろうか?

 あの日、事故の報をニュースサイトで知った唯子は、自身ですら信じられないほど取り乱し、なんどもなんども電話を掛け、しまいには夜中だというのに楠邸までタクシーを走らせた。

 そこではち合わせた高杉健太とともに、あずさがよく使う隠し場所のスペアキーを使って邸内に入ったふたりだったが、そこには誰もいなかった。

 ただ、キッチンにぽつんと置かれているラッピングされたクッキーと、それに添えられた『健太へ♪』と書かれたメッセージカードだけが、家人の未帰宅を物語っているようだった。

 それでもあきらめきれず、方々手を尽くしてあずさの情報を探した。そしてついに唯一と言って良い生存者である高天原教授の口から、あずさが爆発に巻き込まれた事が明かされ、健太と唯子のふたりは崖から突き落とされたかのような絶望を味わった。

 それからあわただしく葬式の段取りが進められ、今日を迎えたのだが、唯子は空しさを感じずにいられなかった。

 なにせ、花に囲まれた二つの棺には、父娘の遺体は入っていない。

 事故の犠牲者たちはまず間違いなく遺体も残らなかったからだ。

 奇跡的に助かった高天原教授も、左腕と左足、左目の視力を失っていた。車ごと吹き飛ばされた彼は、なんとか光波の余波を受けただけで済んだのだ。まさに奇跡である。

 だが、あずさにはそんな奇跡は起きなかった。

 そこまで考えて、唯子は己の視界が歪んでいることに気づいた。

「……あずさ、あずさ、あずさぁ……」

 親友の名をつぶやき泣き崩れる唯子。そんな姿が、そこかしこで見られた。




 そんな人々を、見下ろす者がいた。宙空にたたずむ裸身。

 ふんわりとした髪をたなびかせ、色持たぬ少女がそこにあった。

 その輪郭は光の残滓のようで、誰の視界にもありながら、誰も感知することが出来なかった。

 彼女はあずさ。楠あずさ。

 その存在を失った少女。

 泣き崩れる唯子の前に降り立ち彼女へ手を伸ばす。が、それはすり抜けるのみだ。

 口を開いても音は出ない。

 実像を失ってしまった少女は、自身の事を確認した気がして顔をゆがめた。

 その時、その身をすり抜けるようにして腕が伸び、唯子の肩へと向かった。

 健太だ。

 彼の名を呼ぶあずさだが、それは空気を震わせることも無く、音にはならなかった。

 己の体をすり抜けていく少年の姿にショックを受けるあずさ。その瞳が、諦観に彩られた。

 その目の前で、唯子が健太にすがりつき泣きじゃくる。それを受け止めた健太自身も深い悲しみに彩られていた。

 やがて、それが周囲に伝搬し、式場全体に悲哀が満ちあふれていった。それを、ただただ見ることしか出来ない光の少女は、その表情を悲しみに沈ませながら浮き上がった。

「……」

 そして、もっとも愛しい少年に唇を重ねるようにしてすり抜けながらその場から離れていった。




 その刹那。健太は、あずさの声を聞いた気がして周りを見回した。しかし、そこに愛しい少女の姿は無い。ただ一瞬、彼の目に光の残滓が映ったような気がした。

「……あずさ」

 我知らずに少年の口から、もう居ない少女の名が紡がれ、それが膨大な寂寥感を彼にもたらした。

 そして健太は、己の胸の中で泣く唯子を抱きしめながら、ただ涙した。




 郊外にある自衛軍の病院。そこに一人の女性がやってきていた。手入れのされていないぼさぼさの長い黒髪にうろんげな三白眼。出るところが出たナイスバディを覆うのは、よれよれのTシャツに、履き古したジーンズ。その上にこれまた薄汚れた白衣をまとい、かかとを潰したスニーカーをつっかけ、白衣に両手を突っ込んで軽く背を丸めながらくわえタバコのまま歩く。

 その歩みに合わせて上下に揺れる女の象徴たる二つの膨らみから、彼女がノーブラであることが手に取るように分かるのだが、そこに色気のたぐいは無く、ただただだらしなさだけが見て取れた。

 ゲートで歩哨に立つ兵士にパスを掲げながら通過しようとしたところで、くわえタバコを指摘され、取り出した携帯灰皿にねじ込んだ。

「いよっす陽二。元気かい?」

 たどり着いた病室の戸を開け、フランクに声をかけた。その声に、ベッドに横になっていた包帯まみれの男性が、笑顔になった。

「やあ薫。ベッドにくくりつけられて元気も何も無いけどね」

 そう言って苦笑いする男性に、女性は違いないと笑った。


「……で? 体の調子はどうなのよ」

「良くも無く、悪くも無く、といったところかな? どの道、この体の半分以上はサイバネティクスになりそうだ」

 穏やかに笑いながら言う男性を見て、女性も笑みを見せた。

「さしずめ六百万ドルの男ってところかしら?」

「せいぜいが六百万円てところだよ。サイバネティクスの医療分野への浸透はめざましいものがあるからね」

 軽口をたたいて笑おうとして、引きつりを感じて表情をゆがませる陽二。その姿に、薫は痛ましいものを感じて眉根を寄せた。

「……ほんとに大丈夫なの?」

「……本来ならショック死していてもおかしくなかったらしいよ」

 自嘲気味に笑う男性に、薫は口をつぐんだ。

「……包帯、まだ取れないの?」

「……見られたくないんだ、君に。皮膚もかなりやられてるし、再生治療を受けるまでは……」

 薫の問いに、顔を逸らして答えた。その姿に、彼女は小さく息を吐いた。

「……ばーか」

「え?」驚いて、そちらを見る陽二。薫は笑っていた。

「あのねえ。わたしは事故直後のもっとひどい時に見てるのよ? いまさら、どってことないわよ」

「薫……」

「それとも、婚約者の言うことが信じられない?」

 おどけたように笑う薫に、陽二の無事な右目にあふれるものがあった。

「それにね? あなたに貰ってもらえなかったら、あたしはこのまま消費期限切れになっちゃうわよ? 責任もって結婚してよね?」

「……やれやれ、体の半分が人工物になっても、僕は馬車馬のように働かなきゃならないらしいね?」

 笑いながら言う薫に、陽二も笑いながら答えた。

 それで、ふたりにとっては当たり前の光景だった。

「……それで、どうなの? 本当のところ」

「というと?」

 不意に薫に訊ねられ、陽二はとぼけたように聞き返した。

 その頭がわずかに動いて薫を制した。

 それを見て、薫はうなずきながら白衣のポケットに手を突っ込んだ。

「……退院の日よ。あんたには『アヴァロン』の実験に付き合って貰いたいしね」

 言いながら白衣から手に乗るほどの機械を取り出したかと思うと、そのスイッチを押した。

「これで盗聴の心配はないわよ?」

「……相変わらず無茶をするなあ」

 得意げな顔の薫に、陽二は苦笑いした。

「まあ、どれだけ時間を稼げるかはわからないから手短に言うよ。楠先生の予言は大当たりだ。あの日、研究所の上空に居たのを一瞬だけど見れたよ」

「宇宙からの侵略者」

 陽二の話につぶやく薫。それを聞いて彼はうなずいた。

「……ああ、それに先んじて外宇宙航行船を制作し、彼らに友好大使を送るか、新たな母星を見つけるか」

「もしくは戦うか。でしょ?」

「……そうだ。いずれにしても、超長距離航行可能な宇宙船は必須だ。楠先生は新型の光波動エンジン搭載の外宇宙探査船を設計していたらしい」

 そう語って陽二は息を吐いた。

「亡くなられてしまった今、それがどこにあるのかは分からなくなってしまったからね」

「……」

 残念そうに言う陽二に、薫はなにも答えられなかった。

 と、陽二が薫を見た。

「それから、君も気をつけてくれ」

「え?」

 不意の警告に、薫はきょとんとなった。陽二はかまわず続ける。

「どうやら世界中で技術者や科学者が襲われているらしい。それも奴らにだ」

「……自分たちに対抗しそうな技術を作り出されないようにってこと?」

「狙いまでは分からないが、君の『アヴァロン』は十分狙われる価値があると思うね」

「……学会では物笑いの種よ? 大丈夫、心配しないで?」

 心配げに言う陽二に、薫は笑いながら答えた。

 そして、彼の包帯だらけの顔に、顔を近づけた。

「……」

「……」

 くちびるをついばむような、バードキッス。

「そろそろ帰るわ。実験もしなくちゃならないしね」

「……ああ」

 笑いながら言う薫だが、陽二はいまだに不安げである。そんな彼に、薫は苦笑した。

「もう、心配しすぎよ? 陽二。大丈夫だって。あたしみたいな技術界でもつまはじきなのを狙うわけ無いわよ」

 陽二の頭を撫でてやりながら安心させるように言う薫。

 それを聞いて陽二は苦笑いをした。

「……だと良いんだが」

「ハゲるわよ? また来るから心配しないで。じゃね♪」

 薫は陽二に笑い掛けて病室を出ていった。

 たが、陽二は言いようのない不安感を拭うことが出来ずに、薫が出ていった扉を見つめていた。

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