EP 3
円城寺の『熱狂空間』とマルチ商法セミナー
二つの太陽が傾き始め、ポポロ村の中央広場に面した二十四時間営業のファミレス――『ルナミスキング(通称:ルナキン)』ポポロ支店の大会議室は、異様極まりない熱気と歓声に包まれていた。
「いいかい、皆さん! 今、この瞬間こそが、君たちの人生における最大のターニングポイントなんだよッ!」
特設演台の上で、整髪料で完璧に固めたツーブロックの髪を光らせ、情熱的に両手を広げている男がいた。
純白の高級スーツに、毒々しいネオンピンクのネクタイ。
口元を開くたび、セラミックで不自然なほど真っ白にコーティングされた前歯がキラリと光を放つ。
片手には、琥珀色の高級ワインが揺れるクリスタルグラス――。
元・地球のマルチ商法グループカリスマリーダーにして、自称『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)』最高経営責任者――円城寺明(三十二歳)その人である。
「いつまで泥にまみれて麦を耕す気だい? いつまでタローソンの見切り品弁当を貪り、毎月の家賃に怯えて生きる気だい? 君たちの魂は、そんなちっぽけな限界集落で終わる器じゃないはずだッ!!」
パチンッ!と円城寺が指を鳴らした瞬間――。
ゴオオオオッ……!
円城寺の全身から、目に見えぬ桃色の魔力波動が、花粉のように室内全体へと吹き荒れた。
ユニークスキル【熱狂空間】!
前世で培った詐欺話術に、異世界の精神干渉魔力が融合した悪魔のチート。
その声を聞いた者の脳内では、論理的思考力と批判精神が麻痺し、根拠のない全能感と「今すぐ行動しなければ一生の敗北者になる」という猛烈な焦燥感が無理やりに植え付けられていく。
「う、うおおおっ……!」「す、すげぇ……成功者のオーラがビンビンに伝わってくるぞ……!」
会議室を埋め尽くした数十人の村人や下級冒険者たちが、紅潮した顔で前のめりになる。
そこへ、青い化繊スーツを着た鮫島剛(三十五歳)が、金メッキの腕時計をこれ見よがしに掲げながら演台の脇へと滑り込んできた。
「さあ皆さん、ご覧ください! これが円城寺CEOが考案した、全大陸を救う奇跡のビジネスモデル――『魔王ラスティア討伐クラウドファンディング・ギルド』の全体像でございますッ!」
バァンッ!と黒板に張り出された羊皮紙には、頂点に円城寺が君臨し、その下に無数の会員が枝分かれして連なる、どこからどう見ても完全無欠の「ピラミッド(ネズミ講)構造図」が描かれていた。
「参加費は、たったの金貨十枚(十万円相当)! この初期費用を払って『ブレイブランク』に登録するだけで、君たちは魔王討伐の正規メンバーになれる! そして魔王が討伐された暁には、アバロン魔皇国から支払われる国家懸賞金――金貨一万枚(一億円)が、君たちの口座へ不労所得として自動的に振り込まれるんだよッ!!」
「い、一億円の不労所得ぅぅぅ……!?」
どよめく会場。
だが、円城寺の舌先三寸は止まらない。
「さらに! 君たちが素晴らしい仲間を三人紹介すれば、紹介手数料として参加費は実質無料! 五人紹介すれば『シルバーランク』へ昇格し、下位メンバーの売上の五%が永久に君たちの権利収入になる! 寝ているだけで、毎月チャリンチャリンと金貨が落ちてくる生活……これが、真の自由だッ!!」
「ヒャハハ! 先行者利益だぜ! 今サインしなければ、君の枠は隣の奴に奪われちまうぞ!」
火原元が薄汚れた手で、刷り上がったばかりの怪しげな契約書とペンを、熱狂する聴衆へ次々と配り歩いていく。
――そして。
そのセミナー会場の最前列、ど真ん中の特等席に。
鼻息を荒くし、瞳をギラギラとドルマークに変えた「一匹の獲物」が陣取っていた。
「お、億万長者……! 寝ているだけで、ダイヤモンドも、タローソンの全商品も買い放題……ッ!?」
小豆色の芋ジャージを着て、ゴム底のすり減った便所サンダルを履いた少女――海中国シーランの王女にして極貧地下アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンだった!
普段から極貧生活に喘ぎ、「愛も富も一つの物、どっちもちょーだい!」と叫びながらみかん箱の上で歌っているリーザにとって、円城寺の放つ【熱狂空間】の毒電波は、防壁を突き抜けて脳髄へダイレクトに突き刺さっていた!
「ふ、不労所得ですわぁぁぁーーッ!! もう鳩とパンの耳を奪い合う必要も、タローソン裏で五円玉を鼻から発射する必要もありませんのぉぉーーッッ!!」
リーザは涎を垂らしながら、火原から奪い取った契約書を机の上に広げた。
手にした羽ペンをペロリと舐め、署名欄へインクを落とそうとする!
「あ、アカンアカンアカンッ!! サインしたらアカンでリーザはんッッ!!!!」
会議室の扉を蹴破るようにして飛び込んできたのは、金糸の羽織を乱した猫耳商人――ゴルド商会支店長ニャングル(二十五歳)だった!
口の真鍮キセルから焦げた煙を噴き出し、手にした魔導金算盤『十露盤』をチャチチャチチャチッ!と目にも留まらぬ速さで弾き鳴らす!
「正気に戻らんかいアホタレ共ッ! 魔王ラスティアを烏合の衆で討伐できるわけがなかろうが! 紹介料で下位から巻き上げた金を上位で山分けするだけの、典型的なポンジ・スキーム(ネズミ講)やんけッ! 算盤の桁が狂いすぎて脳味噌が破裂しそうやわ!!」
「ニャングル様、お黙りなさいまし!」
だが、完全にスキルに思考を乗っ取られたリーザは、血走ったエメラルドグリーンの瞳でニャングルを睨み返した。
「貴方はいつもそうやって、わたくしのビッグビジネスを邪魔なさるんですの! これは投資ですわ! 人生を変える自己投資なんですのぉ! わたくし、この契約書にサインして、シーラン国を丸ごと買い戻して見せますわぁぁーーッッ!!」
「目を覚ませこの寄生魚ッ!!」
ドッガァァァンッ!!と、会議室の壁を破らんばかりの勢いで突入してきたのは、ポニーテールを逆立てた村長キャルルだった!
ホームセンター『タローマン』特注の鉄板入り重安全靴で床板を粉砕し、ダブルトンファーを構えて円城寺を睨み据える。
「そこまでだよ詐欺師どもッ! 私の耳は誤魔化せないよ! あんたたちの心音……さっきから『情弱どもから毟り取れるだけ毟り取って逃げてやる』っていう、ドブネズミのような濁った不協和音しか鳴ってないんだよッ!!」
キャルルの鋭利な告発!
だが――演台の上の円城寺は、動じるどころか、優雅にワイングラスを揺らして冷笑を浮かべた。
「おやおや……これは手厳しいね、ウサギの村長さん。君のような旧時代の固定観念に囚われた人間が、若者たちの夢と挑戦を奪うんだ。……さあ皆さん! この閉鎖的な村長に邪魔される前に、自分の未来をその手で掴み取るんだッ!!」
円城寺がスキル『熱狂空間』の出力を最大まで跳ね上げた!
ボオオオオッ!と桃色の魔導オーラが膨れ上がり、聴衆たちの瞳が完全にハイライトを失った狂乱の赤へと染まる!
「契約だ! 契約書にサインさせろ!」「邪魔するな村長! 俺たちを一生貧乏のまま縛り付ける気かぁぁッ!!」
「くっ……しまっ……!? みんな、正気に戻って……っ!」
押し寄せる暴徒と化した村人たちに、キャルルとニャングルが圧迫され、身動きを封じられる。
その混乱の最前線で、リーザが満面の狂気スマイルを浮かべ、羽ペンの先を契約書の署名欄へと突き立てた――!
「わたくしの! 一億円の不労所得ですわぁぁぁぁぁぁーーッッ!!!!」
ペン先が、紙に触れる――まさに、その〇・一秒前。
ガラリ……。
静かに、だが信じがたいほど重厚な手応えと共に、会議室の引き戸が開かれた。
――その瞬間だった。
ふわり……。
狂乱と熱狂に満ちていた密閉空間へ、外界から一本の「風」が流れ込んできた。
それは、桃色の淫靡な詐欺魔力を、一瞬にして消し炭にするほどの――あまりにも清廉で、暴力的なまでに芳醇な「和の香気」だった。
丁寧に灰汁を引き抜いた、至高の昆布の澄み切った滋味。
燻煙された鰹節の、魂の芯を揺さぶる力強いコク。
じっくりと何時間も煮含められ、出汁を芯まで吸い尽くした大根と醤油の香ばしさ。
そして――数十種類のスパイスが複雑に絡み合った、空腹の胃袋を底から鷲掴みにする、黄金の『海軍カレー』の芳香――!
「……っ!? な、なんですかこの……神の食卓のような匂いは……!?」
リーザの羽ペンが、ピタリと宙で静止した。
鼻腔をくすぐられた瞬間、脳内を支配していた「一億円の妄想」が、音を立てて砕け散ったのだ。
静まり返る会議室。
熱狂に浮かされていた村人たちが、一人、また一人と我に返り、鼻をひくつかせて入口を振り返る。
そこに立っていたのは――。
濃紺の将官用作業服の袖を捲り上げ、純白の木綿エプロンをきりりと締めた五十歳の男――坂上真一だった。
手入れの行き届いた無骨なブロンズ製の機械式腕時計を嵌めた太い腕で、青いパッケージの昭和煙草『ブルー・ホープ』を指に挟んでいる。
腰には、一本の【白樫の木刀】。
その背中――作業服の奥で、若気の至りで彫り込まれた「仁王の刺青」が、黄金色の神々しい闘気を静かに陽炎のように立ち昇らせていた。
そして、その真横に並び立っていたのは。
糊のきいた純白の調理服を着こなした百九十センチの偉丈夫――鬼神龍魔呂(二十五歳)。
彫りの深い端正な顔立ちに、絶対零度の漆黒の双眸。
――カチッ……シュポッ。
静寂を裂いて響いた、龍魔呂の愛用する真鍮製ライターの澄んだ金属音。
赤箱のハード煙草『クリムゾン・レッド』の先端に紅蓮の火が灯り、立ち上る紫煙越しに、龍魔呂は手元の角砂糖を――ボリリッ、ガリリッと奥歯で噛み砕いた。
「……おい、安スーツのペテン師」
低く、地を這うような龍魔呂のハスキーボイスが、演台の上の円城寺を凍りつかせるように射抜いた。
「……薄汚ねぇ口先で、飯の味も知らねぇガキ共を惑わすな。……ヘドが出る」
「な……な、何だてめぇらはァ!? 僕のセミナーの邪魔をする気かッ!?」
円城寺がワイングラスを握りしめ、狼狽えて叫ぶ。
鮫島が青ざめ、火原が後ずさりした。
だが、坂上真一は、動じることなく堂々たる歩法で部屋の中央へと歩み出た。
ブルー・ホープの紫煙をふわりと天へ吹き流し、机の上でペンを握りしめていたリーザの頭へ、分厚く温かい掌を――ポンと乗せてやる。
「お、お父様……?」
「アホタレが。……汗水流して稼がん銭に、何の価値があるんなら」
坂上の声は、低く、重く、そしてどこまでも温かかった。
坂上はリーザの手から契約書をひったくると、一瞥もすることなく、怪力で真っ二つに引き裂いて床へ投げ捨てた!
「ひゃうっ!? わ、わたくしの一億円がぁぁっ!?」
「目を覚ませ、リーザ。美味い飯っちゅうんはな、自分の足で土を踏み、真っ当に働いた後に食うからこそ、魂の血肉になるんじゃ。……こんな紙切れ一枚で手に入る幻なんぞ、腹の足しにもなりゃせんわい」
坂上は振り返り、演台の上の円城寺、鮫島、火原の三人を、正面から鋭利な眼光で見据えた。
その瞬間――坂上の全身から立ち上ったのは、数千の将兵の命を預かり、極東の荒波の上で国家の防波堤となり続けてきた【艦隊打撃軍総司令官】としての圧倒的な威風だった!
「オドレら、ええ度胸をしとるのう」
坂上のドスの利いた広島弁が、会議室の空気をビリビリと震わせる。
「『孫子』の兵法にもあるが、虚言を以て人を欺く軍は、最初の一撃で瓦解する運命にあるんじゃ! ……オドレらのその腐りきった商売のウラ、この坂上真一が、一枚残らず全部めくり上げて叩き潰しちゃるけえのォッッ!!!!」
最強の親父と最凶の狂犬弟子による、悪徳転生者トリオへの宣戦布告!
ポポロ村の真実を賭けた、痛快なる「ざまぁ」の反撃戦が、いま幕を開けた――!
読んでいただきありがとうございます。
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