EP 2
偽装SSR武器と、イグニスの大惨事
二つの太陽が中天へと昇りきり、ポポロ村の広場には心地よい風が吹き抜けていた。
自警団詰所の裏手、土砂置き場の片隅で、竜人イグニス・ドラグーン(二十五歳)は、汗まみれの作業着の袖で額を拭いながら、愛用の大斧をじっと見つめていた。
「……はぁ。また刃こぼれしちまったな……」
日課である東部の岩山破砕作業を終えたばかりのイグニス。
身の丈を超える無骨な鉄の大斧は、刃先がギザギザに欠け、柄にもヒビが入っていた。
生まれ持った百馬力以上の怪力に対し、ホームセンター『タローマン』のワゴンセールで買った安物の工具では、強度が到底追いつかないのだ。
「もっと頑丈で、すげぇ武器が欲しいなぁ……。そうすりゃ、大親父や若頭の役にだってもっと立てるし、故郷の親父やお袋にも胸を張って『俺様は英雄になったぜ!』って言えるのによ……」
手取り十四万円の耐火テント暮らし。
実家に送っている「帝都の超高級ホテルでワインを傾ける俺様」の合成写真の嘘が、チクチクと良心を痛めつけていた。
もっと強くなりたい。本物の実績を上げて、大親父――坂上真一に「ようやったのう、イグニス」と頭を撫でてもらいたい。
そんな純朴すぎる青年の隙を、ハイエナどもが見逃すはずもなかった。
「……おいおい、旦那。随分とお困りのようじゃねぇか」
ねっとりと油の浮いた声が、背後からかかった。
振り返ったイグニスの視界に入ったのは、無駄にテカテカと光る安物の青い化繊スーツを着た男――鮫島剛(三十五歳)と、薄汚れたドカタ作業着を着て唾を吐き捨てる火原元(四十歳)だった。
遠くの街路樹の陰には、白いスーツにピンクのネクタイを締めた円城寺が、高級ワイングラスを片手に冷笑を浮かべて控えている。
「あ? なんだてめぇらは? 見ねぇツラだな」
イグニスが真紅の角を尖らせて警戒すると、鮫島は手首の金メッキ腕時計をわざとらしく光らせながら、揉み手を狂わんばかりに擦り合わせた。
「へへっ、通りすがりの冒険者支援コンサルタントでさぁ! いやぁ、素晴らしい筋肉、惚れ惚れするような竜の威容だ! だが……お持ちの得物がまるで釣り合っていねぇ! そんなナマクラじゃ、旦那の秘めたる神話級のパワーが泣いてまさぁ!」
「……な、なんだと!? 俺様のパワーがわかるのか!?」
おだてに極端に弱い筋肉バカの尻尾が、ピクンと跳ね上がった。
そこへ、背後の火原がボロ布に包まれた長大な刀身を取り出し、ズシリと地面へ突き立てた。
「へっ、これを見な。アバロン魔皇国の禁断の古代遺跡から掘り出された、一点モノの神話級武装……『真・竜王破山剣』だぜ」
布が払われた瞬間、イグニスの爬虫類のような瞳がカッと見開かれた。
刀身は禍々しい深紅の光を放ち、刀身には金色の古代ルーン文字がびっしりと刻まれている。
――だが、その実態は、火原が路地裏の武器屋の外壁からかすめ取った展示用の型を、自身の劣化『コピー』で泥と鉄クズを固めて捏造しただけの、脆い張り子のナマクラだった。
「す、すげぇ……! なんだこの禍々しいまでのオーラは……!?」
「驚くのはまだ早いぜ、旦那! ほら、ギルドの魔導通信石で、この剣のステータス鑑定画面を見てみな!」
鮫島がニヤリと下品な唇を吊り上げ、自身のユニークスキル『ステータス偽装』を無音で発動させた。
イグニスの端末に表示された鑑定ウィンドウの文字が、チカチカと紫色の光を放ちながら書き換わる。
――――――――――――――――
【名称】:真・竜王破山剣(古代神話級・SSR)
【攻撃力】:+5,000
【耐久度】:無限(完全破壊不能)
【特殊効果】:装備時、腕力10倍。竜人族が装備した場合、炎熱ブレスの威力が100倍に増幅。
――――――――――――――――
「こ、攻撃力プラス五千……!? 耐久度が無限で、ブレスが百倍……ッ!?!?」
イグニスの脳内で、すべての理性が吹き飛んだ!
前世の情報商材屋・鮫島の手口は、まさにこれだった。
文字の数値を改竄するだけで、中身の物理強度は一ミリも上がらないペラペラのハッタリ。
だが、都会の手続き社会にすら馴染めず、契約書も読めないド田舎の純朴な竜人にとって、光り輝く『攻撃力+5000』の文字列は、神の託宣そのものに見えてしまったのだ。
「これさえあれば……! これさえあれば、俺様はアパートを燃やすだけの厄介者じゃなくなる! 大親父や若頭の背中を守れる、本物の英雄になれるっす……!」
「でしょ〜!? 本来なら帝都の大貴族に金貨三百枚(約三千万円)で納品する予定だったんですがね! 未来の英雄である旦那の漢気に惚れた! 今なら特別に……頭金として金貨十四枚(手取り全額の十四万円)、残りは来月からの給料天引きローンでいいですよ!」
「買う! 買うっす! 全財産叩いて今すぐ買うっすぅぅーーッ!!」
イグニスは震える手で、今月支給されたばかりの給料袋を丸ごと鮫島の手へ押し付け、差し出された怪しげな契約羊皮紙に、親指を噛み切った血判を力任せに叩きつけた!
「毎度ありィ! 旦那、その神話級の剣で、村の英雄になっちまいな!」
鮫島と火原は札束を懐にねじ込むと、ニヤニヤと下品な笑いを噛み殺しながら、脱兎のごとく広場から立ち去っていった。
その直後――。
ポポロ村の東部、第三開墾地の外縁防壁に、けたたましい魔導サイレンが鳴り響いた!
ウゥゥゥゥーーッ! ウゥゥゥゥーーッ!
「警報! 東部演習場北側の森林より、凶暴な甲殻魔獣『アーマード・ボア』の群れが出現! 防壁の補修区画へ向けて突進中!」
見張り塔の自警団員がメガホンで叫ぶ。
地響きを立てて現れたのは、全身を分厚い岩石の甲殻で覆った、体長四メートルを超える暴走猪の魔獣三頭だった。
普段ならば、自警団の九九式魔導ライフルと重戦車の砲撃で遠距離から蜂の巣にする案件である。
だが――。
「ガハハハハ! どきやがれ野郎ども! この村の防衛最高幹部、イグニス・ドラグーン様のお出ましだぜぇぇぇーーッッ!!」
防壁の通用門を蹴破るようにして飛び出してきたのは、手に入れたばかりの真っ赤な大剣を肩に担ぎ、鼻息を荒くしたイグニスだった!
「イグニス、待てバカ者! 前線に出るな!」
後方からパトロール中だった自警団長マンミアが、純白の馬身を躍動させて駆け寄ってくる。
だが、万能感で脳が沸騰しているイグニスの耳には、上司の静止など一ミリも届いていなかった。
「見ててくださいマンミア隊長! 俺様の新しい必殺武器の威力をよぉぉ! 攻撃力五千の神話の一撃、喰らいやがれぇぇぇーーッッ!!」
ドォォォォンッ!と大地を蹴り、イグニスは真正面から突進してくる先頭のアーマード・ボアの眉間目掛けて跳躍した!
百馬力の怪力を全開にし、両手で振り抜く『真・竜王破山剣』!
大気中の摩擦熱で火花が散り、真っ向から魔獣の超硬度甲殻へと叩きつけられる――!
ズッガァァァァァンッッ……
――パキィィィィィィィンッッッッ!!!!
乾いた、あまりにも軽薄な破壊音が、戦場に響き渡った。
「……え?」
空中で、イグニスの動きが止まった。
手応えが、ゼロだった。
魔獣の頭部に触れた瞬間、真っ赤に輝いていたはずの大剣の刀身が――まるで飴細工か、乾いた泥団子のように、一瞬にして粉々に砕け散ったのだ!
パラパラパラ……と、虚しく足元へ降り注ぐ黒い土クズと錆びた鉄片。
イグニスの両手に残っていたのは、ペラペラのアルミ箔が巻かれた、ただの折れた木切れの柄だけだった。
さらに、砕けた瞬間に『ステータス偽装』の魔力が弾け飛び、魔導通信石の表示が真実の数値を吐き出した。
――――――――――――――――
【名称】:粗悪な泥と鉄クズの棒(劣化コピー品)
【攻撃力】:+1
【耐久度】:0/1(完全破損)
――――――――――――――――
「こ……こうげきりょく……プラス……いち……?」
間の抜けた声が、イグニスの口から漏れた。
そして――目の前には、突進速度を一切落としていない、数トンの質量を持つアーマード・ボアの巨大な岩石の牙が、ゼロ距離まで迫っていた!
ブゴォォォォォッッ!!!!
「あ……死んだ……」
死を覚悟し、イグニスが目を閉じた――その刹那!
「――ぬかせぇぇぇいッッ!!!!」
ズッドォォォォォォンッッッッ!!!!
閃光のごとく横合いから割り込んできたのは、純白の戦乙女――自警団長マンミアだった!
パイルバンカー内蔵盾『アグニ』の重装甲を斜めに滑り込ませ、アーマード・ボアの突進エネルギーを上空へと強引に弾き上げる!
マンミアの四肢の蹄が地面を深く抉り、摩擦熱で白煙が立ち上った。
「フェイトッ!!」
「へいへい! まったく、手のかかるデカブツだぜ!」
上空から音もなく舞い降りてきたフェイトが、大振りのミスリルソードを電光石火の三連撃で一閃させた。
弾き上げられて無防備になった魔獣の関節部を寸分の狂いもなく斬り裂き、魔獣の巨体を大地へと叩き伏せる!
残る二頭の魔獣も、マンミアの放った鎖『メビウス』によって瞬時に雁字搦めに拘束され、パイルバンカーの鉄杭の空砲音によって恐れをなして森へと逃げ去っていった。
静まり返る戦場。
「…………っ、う……あ……」
泥の上にへたり込んだイグニスは、砕け散った鉄クズの破片を震える手で拾い集めていた。
給料全額の十四万円。
来月からの天引きローン。
強くなって、大親父に認めてもらいたかった淡い夢。
そのすべてが、ただのペテンのゴミクズだったという残酷な現実。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ!! 騙されたぁぁぁぁッ! 俺様の給料袋がぁぁぁぁーーッッ!!」
二メートルの巨躯を丸め、泥水の中で子供のように号泣するイグニス。
マンミアは『アグニ』を下ろし、地面に散らばる偽装の残骸を一瞥すると、ギリリと奥歯を噛み締めた。
「……フェイト。この破片を拾え。イグニスを連れて、行くぞ」
「……どこへ行くんだ、マンミアさん?」
「決まっているだろう。――この村で最も筋を通し、悪党の不条理を許さない『あの場所』へだ」
正午過ぎ、小料理屋『鬼龍』。
昼の仕込みを終え、静謐なチェロの調べが流れる店内のカウンターに、ドサリと黒い鉄クズの破片がぶちまけられた。
「……何だ、これは」
板場で尺一寸の柳刃包丁を拭いていた龍魔呂が、低くハスキーな声で問うた。
その横で、白木のカウンターに突っ伏したイグニスが、涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしながら痙攣している。
事の顛末を説明し終えたマンミアとフェイトは、苦々しい表情で立っていた。
「ステータス偽装の粗悪コピー品、か」
濃紺の将官用作業服の腕を捲り上げた坂上真一(五十歳)が、カウンター越しに鉄クズを一つ、分厚い指先でつまみ上げた。
指先に少し力を込めただけで、破片はポロポロと脆い砂埃となって崩れ落ちる。
「……中身は、焼きも入っとらんただの生鉄と泥じゃな。表面にチャラチャラした魔導メッキを塗って、文字の数値だけを弄くり回した粗悪品よ」
坂上の声は、静かだった。
だが、その声の底には――かつて荒れ狂う暴走族の抗争を力でねじ伏せ、自衛隊の艦隊司令官として数千の部下を率いてきた男だけが放つ、絶対零度の「怒気」が澱のように沈んでいた。
「大親父ぃ……っ! 俺様……俺、強くなりたくて……っ! 大親父や若頭の役に立ちたくて……っ! 情けねぇっす……! 手取り十四万の全財産、ペテン師に全部騙し取られちまったっすぅぅ……っ!!」
イグニスがカウンターの木目に額を擦り付けて啜り泣く。
坂上は何も言わず、作業服の胸ポケットから青いパッケージの昭和煙草『ブルー・ホープ』を取り出すと、真鍮ライターで火を灯した。
――カチッ……シュポッ。
紫煙がふわりと立ち上り、坂上の厳つい横顔を覆う。
そして坂上は、厨房の羽釜から、炊きたてのつややかな白米を茶碗に山盛りに装うと、龍魔呂が丁寧に灰汁を引いた熱々の極上出汁を、並々と注ぎ入れた。
上には、香ばしく焼き上げたピラダイのほぐし身と、刻んだ漬物を添える。
トン、とイグニスの目の前へ茶碗が置かれた。
「……食え、イグニス」
「えっ……? で、でも、俺にはもうお金が……」
「銭の話なんぞしとらん。男が泣きながら胃袋を空にしとる姿ほど、腹の立つもんはありゃせんのじゃ。……食うて、血ぃ巡らせぇや」
坂上の大きな手が、イグニスの真紅の角の生えた頭を、乱暴に、けれど温かくガシガシと撫でた。
イグニスは震える手で箸を取り、熱い出汁茶漬けをかき込んだ。
喉を通る極上の出汁の旨味と米の甘み。
坂上のスキル『母港の記憶』が、騙されてズタズタに引き裂かれていたイグニスの心を、じんわりと温かく包み込んでいく。
「……うめぇ……っ! 大親父、うめぇよぉぉ……っ!!」
「美味いならええ。……よう生きて帰ってきたのう。オドレの身体が無事なら、銭なんぞいくらでも取り返せるわい」
坂上は穏やかに微笑むと、すっと視線を上げ、カウンターの奥に立つ龍魔呂を見据えた。
――カチッ……シュポッ。
厨房の奥で、龍魔呂の真鍮ライターが冷たく鳴った。
赤箱の煙草『クリムゾン・レッド』の紫煙の向こうで、龍魔呂の漆黒の双眸が、かつての処刑人「DEATH4」を彷彿とさせる、氷点下の光を宿している。
手元のガラス瓶から取り出した大粒の【角砂糖】を、奥歯で――ボリリッ、ガリリッと粉々に噛み砕いた。
「……親父。……シノギの標的は決まったな」
「ああ。……泥にまみれて汗水流す若者の純情を踏みにじり、文字の誤魔化しで銭をかすめ取る蛆虫共じゃ」
坂上真一の背中に彫り込まれた「仁王の刺青」が、作業服を透かして、黄金色の猛烈な闘気の熱を帯び始めた。
ブロンズ製の機械式腕時計が、カチリと進む。
「『孫子』に曰く――『善く敵を動かす者は、これに形すれば敵これに従ふ』じゃ。……ニャングルの旦那とリバロンさんを呼べ。ペテン師どもが一番調子に乗る舞台を用意して、骨の髄まで叩き潰してやるけえのォッ!!」
小料理屋『鬼龍』に満ちる、静かなる怒りと出汁の香り。
悪徳転生者トリオへの、容赦なき完全粉砕の包囲網が、いま静かに動き始めた。
読んでいただきありがとうございます。
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