EP 8
喋るニンニク「ガーリッ君」収穫大作戦
二つの太陽が中天へと昇り、カラリとした秋風が吹き抜けるポポロ村の昼下がり。
路地裏に佇む小料理・BAR『鬼龍』の厨房では、坂上真一と鬼神龍魔呂が、夜の仕込みと厨房の清掃を終え、束の間の休息に入っていた。
――カチッ……シュポッ。
板場に響いた二つの真鍮ライターの金属音。
坂上が青いパッケージの昭和煙草『ブルー・ホープ』を、龍魔呂が赤箱のハード煙草『クリムゾン・レッド』を燻らせ、二条の紫煙が換気扇へと吸い込まれていく。
無骨なブロンズ製の機械式腕時計に目をやり、坂上がポケットからコーヒーキャンディを龍魔呂へ放ると、龍魔呂も無言で大粒の角砂糖を押し返す。
ガリリ、ボリッと奥歯で噛み砕く快音。いつもと変わらぬ、静かで温かな父子の呼吸だった。
――だが。
その平穏を打ち砕くように、店の格子戸が勢いよく開け放たれた!
ガラガラガラッッッッ!!!!
「た、大変だよ、真一さん! 龍魔呂さんッ!」
飛び込んできたのは、ポニーテールを揺らした村長キャルルだった。
だが、その装いは異様極まりなかった。
作業服の上から、ホームセンター『タローマン』特注の分厚い耐毒化学防護服を身に纏い、頭部には豚の鼻のような吸気キャニスターがついた「重魔導防毒マスク」を完全装着している。足元のミスリル鉄板入り重安全靴には、黄色い危険物識別テープがぐるぐる巻きにされていた。
「キャルル村長? なんじゃその格好は。村で毒ガス兵器でも誤射されたんか?」
坂上が煙草を指に挟み、丸い目で首を傾げる。
キャルルは防毒マスクの排気弁から「フシューッ!」と激しい呼気を漏らし、血相を変えて訴えかけた。
「毒ガス兵器より厄介だよ! 村の東部、第五隔離農区の『アレ』が……! 今年も完全に実りの秋を迎えちゃったんだよッ!」
「……チッ。東の隔離農区だと」
龍魔呂の漆黒の双眸が、微かに険しさを帯びた。
煙草をもみ消し、低くハスキーな声で呟く。
「……あの忌々しい怪奇野菜か。毎年、収穫の時期になると自警団が三人ほど胃潰瘍で倒れるっていう……」
「そうだよ! 通称、喋るニンニク――『ガーリッ君』の一斉収穫期だよッ!!」
キャルルがバインダーを叩きつけるように叫んだ。
ガーリッ君。
マンルシア大陸の特定火山灰土壌にのみ自生する、凶悪な魔導農作物である。
一般的なニンニクの数百倍という爆発的な栄養価とマナを秘めている反面、土の中にいる間、銀河系最悪と恐れられる「超高濃度硫黄スメル」を放ち続ける。
さらに最悪なのは、その生態だった。
このニンニクは、なぜか近隣住民の恥ずかしいプライベートやスキャンダル、ゴシップの魔導電波を傍受・学習する能力を持っており、収穫しようとする人間に対して、耳を覆いたくなるような『ドギツい悪口』と『暴露話』をマシンガンのように浴びせかけて精神をへし折ってくるのだ!
「例年は前村長が逃げ回って放置してたんだけど、今年は放置したらガスが村中に充満して大惨事になる! 自警団のイグニスとマンミアは『あの悪口を聞いたら心が死ぬ』って言ってシェルターに立てこもっちゃったし……! お願い、真一さん、龍魔呂さん、収穫を手伝って!」
「……あのトカゲ共、給料泥棒が」
龍魔呂が呆れたようにため息をついた、その時だった。
ズザザザザザザァァッッ!!
「お任せくださいましぃぃーーッッ!!」
摩擦係数ゼロ、安定の〇・二秒スライディング!
小豆色の芋ジャージを着たリーザが、便所サンダルを滑らせてキャルルの足元へ滑り込んできた!
その顔には、タローマンのワゴンセールで拾ってきたらしい水中メガネと、濡れタオルが二重に巻き付けられている。
「キャルル様! わたくし、先ほど厨房の隅で聞き耳を立てておりましたの! そのガーリッ君とやら、収穫すればタダで大量の食材が手に入るということですわね!? 雑草とオオバコで鍛え上げられたわたくしの胃袋とメンタルなら、ニンニクの悪口ごときに屈するはずがありませんのぉぉ!」
「お前はただ美味い飯の具材を増やしたいだけだろ、寄生魚」
龍魔呂の冷たいツッコミが炸裂するが、坂上真一は腕組みをし、豪快に笑い声を響かせた。
「ガハハハハ! 面白そうじゃないか! 悪口を叩く野菜たぁ、現世の珍百景でもお目にかかれんわい! 『孫子』にもあるが、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』じゃ! たつまろ、リーザ、総員出動じゃいッ!!」
ポポロ村東部、第五隔離農区。
黄色い立ち入り禁止テープで厳重に囲まれたその畑に足を踏み入れた瞬間、四人を迎えたのは、目を開けていられないほどの黄色い靄だった。
モワァァァァァン……ッ!
「ぐ……っ!? な、なんじゃこりゃあ……! 硫黄と古タイヤをドラム缶で煮詰めたような、凄まじい刺激臭じゃのう……!」
タローマンの防毒マスク越しでも、鼻腔をチリチリと焼くような悪臭に、百戦錬磨の坂上が思わず眉をひそめた。
龍魔呂は無言のまま、調理服の上から装着したタクティカルグローブをキュッとはめ直し、本焼き包丁を腰のホルダーに差している。
そして――畑の黒土に目を落とした瞬間、信じがたい光景が広がっていた。
畝のあちこちから、ぽこぽこと白い球根が頭を突き出している。
そのニンニクの表面には、醜悪な人間の顔のようなシワが刻まれており、収穫部隊の足音を聞きつけるや否や、ギョロリと血走った目玉を見開いてケラケラと嘲笑い始めたのだ!
『ケケケケッ! おい見ろよ野郎ども! 今年の収穫係は、妙に厳ついジジイと陰気な美男子がいるぜ!』
『おいおいそこのウサギ村長! 毎月満月の夜にマッハ1で暴走して男を殴り倒してるから、二十歳になっても彼氏の一人もできねぇんだよ! 先週もルナキンのドリンクバーで一人寂しく人参ジュース十杯飲んでただろバーカ!』
「――ッッ!?」
ピキィィィィンッ!とキャルルの兎耳が怒りで直立した!
防毒マスクの奥のルビーの瞳が、血走ってカッと見開かれる。
「な……っ!? な、なんでそれを知ってるのさ、このクソニンニクゥゥッ!!」
『ギャハハハ! 村の魔導電波は筒抜けなんだよ! そっちの小豆色ジャージの女もそうだぜ! 海中国の王女様気取ってるくせに、昨日の夜、タローソンのゴミ箱の裏で鳩とパンの耳を取り合ってただろ! 投げ銭箱に五円玉しか入ってねぇ底辺アイドル! 一生みかん箱の上でカビてろッ!!』
「な、なんですってぇぇぇーーッッ!?」
リーザが水中メガネをずり上げ、泡を吹いて卒倒しかけた!
「人の傷口に塩と粗挽き胡椒をすり込むような真似をぉぉ! アイドル界のトップシークレットを暴くんじゃありませんのぉぉーーッ!!」
畑中から吹き出す悪臭ガスと、四方八方から連射されるメンタルブレイクの嵐!
さらに、中央の巨大な親玉ニンニク――『キング・ガーリッ君』が、地面からズズズッと太い根を蠢かせ、龍魔呂を指差して下卑た笑い声を上げた。
『ヒャッハハハ! おいそこの赤箱煙草の兄ちゃん! 気取って角砂糖なんか噛み砕いてっけどよぉ! 子供の泣き声聞いただけでトラウマ発症して暴走するポンコツ処刑人なんだろ!? 弟一人守れなかったヘタレ野郎が、いっちょまえに板前気取って出汁なんか引いてんじゃ――』
ピキ……ッ。
大気が、一瞬にして絶対零度まで凍結した。
龍魔呂の漆黒の双眸から、光が完全に消え失せる。
ポケットの中で、真鍮ライターが「カチッ」と鳴りかけ――赤黒い殺戮の闘気が、その百九十センチの巨躯から噴き上がろうとした。
――その、刹那。
「――オドレら、ええ加減にしとかんかいッッ!!!!」
ドォォォォォォォンッッッッ!!!!
大気を引き裂くような、凄まじい雷鳴の如き怒号が畑全体を震撼させた!
踏み込み一歩で、畑の黒土が津波のように跳ね上がる。
濃紺の将官用作業服の袖を捲り上げ、白樫の木刀を片手に仁王立ちしたのは――坂上真一だった!
その背中――防護服の布地を突き抜けんばかりに、黄金色に輝く「仁王の刺青」が神々しい覇気を噴き上げている!
《ユニークスキル【金曜日の総司令官】――権能②発動》
《『仁王の艦隊陣形』展開!》
黄金の光輪が、キャルル、リーザ、そして龍魔呂の足元へと瞬時に張り巡らされた。
畑を満たしていた硫黄の悪臭ガスと、ニンニクどもの放つ精神汚染電波が、坂上の絶対防空結界に触れた瞬間、パチパチと火花を散らして完全に無力化される!
「……親父!?」
龍魔呂の殺気がふわりと解かれ、ハッと我に返った。
「たつまろ! 野菜モドキの安い挑発に、いちいち付き合っとるんじゃないわい! 『孫子』に曰く――『怒りを以て師を興すべからず』じゃ! 相手が土の中に埋まっとるなら、力ずくで引っこ抜いて、鍋で煮殺して胃袋に叩き込むのが料理人の仁義じゃろうがッ!!」
坂上は豪快に木刀を背中に背負うと、タローマン特注のミスリルスコップを両手で力強く握り直した!
「キャルル村長! リーザ! たつまろ! 収穫網を展開せい! ――全軍、ガーリッ君殲滅・一斉収穫作戦、抜錨じゃいッッ!!!!」
「「「おおおおおおおッッッッ!!!!」」」
坂上の号令一下、戦況は一変した!
ズバァァァァンッッ!!
「逃がさないよ、口の減らないニンニクどもッ!」
キャルルが安全靴の驚異的な脚力で畑を跳躍し、ダブルトンファーで地面を掘り起こす!
土の中から飛び出したガーリッ君たちを、空中で正確無比に麻袋へと叩き込んでいく!
「わたくしのアイドル人生を笑った罪、お鍋の中で償わせますのぉぉーーッ!」
リーザが便所サンダルを脱ぎ捨て、泥まみれになりながら両手で抱えるようにしてニンニクを引っこ抜きまくる!
『ぎゃあああっ!? やめろ! 根っこを引っ張るなぁっ!』
『皮を剥くな! 日光に当てられたら俺たちの皮肉が言えなくなるぅぅっ!』
悲鳴を上げて逃げ惑うニンニクの群れ!
その中央に立ちはだかったのは、完全本焼き包丁を抜刀した龍魔呂だった。
――ヒタ……。
足音のない、北辰一刀流の脱力を取り入れた神速の歩法。
逃げようとした巨大な『キング・ガーリッ君』の背後へ、音もなく回り込む。
『ヒッ……!? ひ、許して……! 俺たち、ただの香味野菜なんですぅぅっ!』
「……食材に、罪はねぇよ」
龍魔呂が低く呟いた瞬間、尺一寸の柳刃包丁が白銀の弧を描いた!
シュパパパパパパッッッッ!!!!
神業の太刀筋が、キング・ガーリッ君のひげ根と硬い茎を、わずか一瞬で寸分の狂いもなく切り落とした!
根を断たれた瞬間、ニンニクの顔面から下品なシワがスッと消え去り、白く輝く神聖な球根へと完全沈黙(賢者モード)した。
「……よし。収穫完了だ、親父」
「ガハハハハ! 見事な太刀筋じゃ、たつまろ! さあ、山盛りのニンニクを担いで『鬼龍』へ帰るぞ! 最高の賄いを作っちゃるけえの!」
夕暮れ時、小料理屋『鬼龍』の厨房。
泥を洗い落とし、清潔なエプロンをきりりと締めた坂上真一と、白い調理服を着こなした龍魔呂が、まな板を挟んで並び立っていた。
「たつまろ、まずはこのガーリッ君の毒気抜きからじゃ。硫黄のトゲトゲしい臭いはな、油と熱でじっくり包み込んでやりゃあ、極上の甘みと旨味に化けるんよ」
「……ああ。任せろ」
トントントンッ!と、龍魔呂の手元から小気味よい音が響く。
大粒のガーリッ君が次々と薄皮を剥かれ、純白の美しい一片へと解体されていく。
半分は、極薄の輪切りにして芯の芽を取り除き、冷たい油を入れたフライパンで弱火からじっくり揚げる――黄金色のカリカリ「ガーリックチップ」だ。
そして残りの半分は、丸ごとのまま太白胡麻油を引いた小鍋に放り込み、低温でじっくりとコンフィのように煮揚げていく。
ジュワァァァァ……。
パチパチと小さな泡を立てながら火が入るにつれ、先ほどまでの攻撃的な悪臭は完全に消滅した。
代わりに厨房いっぱいに満ちたのは、鼻腔を狂おしいほどに刺激する、香ばしく、甘く、暴力的なまでに食欲をそそる「極上のローストガーリック」の芳香だった!
「う、うわぁぁぁぁぁ……っ!! さっきの悪口ニンニクが、気絶するほど良い匂いになってるよ……!」
カウンター席でキャルルが目を丸くし、隣のリーザは涎を垂らして机に突っ伏している。
そこへ、坂上が大鍋の木蓋を外した。
じっくりと何時間も炒め抜かれたあめ色タマネギの海。
龍魔呂が朝から丁寧に灰汁を引いた至高の昆布・鰹出汁と、数十種類のスパイスが溶け込んだ黄金の海軍カレールー。
そこへ、先ほどじっくりとホクホクに揚げ煮にした丸ごとガーリッ君と、香ばしいガーリックオイルを一気に投入する!
ドォォォォォォンッッ!!
湯気と共に、黄金の闘気が立ち上る!
《ユニークスキル【金曜日の総司令官】――権能①『母港の記憶』発動》
《概念定着:【超絶スタミナ】【肉体強壮】【疲労の完全消滅】》
「出来上がりじゃ! 新生『鬼龍』特製――『丸ごとローストガーリッ君の極上スタミナ海軍カレー』じゃいッ!!」
ドンッ!と、カウンターへ並べられたのは、淡い枇杷色の肌に土の温もりを宿した、坂上の自作【萩焼の深皿】だった。
山盛りのつややかな米麦草ライスに、並々と注がれた褐色の艶やかな濃厚ルー。
その上には、栗のようにホクホクに煮崩れた丸ごとニンニクがゴロゴロと転がり、黄金色のカリカリガーリックチップが贅沢に散らされている。
「いただきまぁぁぁぁぁすのぉぉーーッッ!!!!」
リーザが叫ぶが早いか、スプーンを山盛りにすくい上げ、口の中へ豪快に放り込んだ!
「――ッ!?!?!?!?!?」
噛み締めた瞬間、リーザの全身がビクンと跳ね上がった!
丸ごとニンニクが、まるで熟した芋のように舌の上でネットリととろけたのだ。
辛味やエグみは微塵もない。あるのは、爆発的な大地の甘みと、濃厚極まりないコク。
そこへ、サクサクとしたガーリックチップの香ばしい苦味と、幾重にも重なるスパイスの刺激、そして龍魔呂の引いた和風出汁の深遠な旨味が雪崩れ込んでくる。
「んんんんんんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッッッ!!!!」
リーザは頭を抱えて椅子の上で足をバタつかせ、歓喜のあまり絶叫した!
「なんですかこれぇぇぇ!? 甘い! 香ばしい! そして食べた瞬間から、手足の先までカァーッと熱いマグマが流れてくるみたいですのぉぉ!!」
「熱っ、ハフッ……! う、うわぁ……すごい……! 収穫の疲れが、一瞬で吹き飛んでいくよ……!」
キャルルも夢中でスプーンを動かした。
一口食べるごとに、全身の魔力回路が満たされ、兎耳が幸せそうにピコピコと激しく痙攣する。
そして、龍魔呂もまた、萩焼の皿を手に取り、静かに一口を運んでいた。
咀嚼する。
広がる圧倒的な旨味と、胃袋の底から湧き上がる力強い活力。
胸の奥にあった微かな陰鬱が、坂上のカレーの温もりによって、綺麗さっぱりと洗い流されていく。
「……美味いな、親父」
龍魔呂がぽつりと零した一言に、坂上は満面の笑みを浮かべた。
「ガハハハハ! そうじゃろう、そうじゃろう! どんな厄介なモンでも、手間暇かけて真心を込めりゃあ、人を笑顔にする最高の宝物に化けるんじゃい!」
皿を空っぽにして満腹でカウンターに突っ伏すリーザとキャルル。
坂上は満足そうに頷くと、青いパッケージのブルー・ホープを唇に咥え、真鍮ライターを弾いた。
カチッ……シュポッ。
ふわりと立ち上る紫煙越しに、龍魔呂と視線を交わす。
ポポロ村の厄介な怪奇野菜すらも、美味い飯と笑顔に変えてしまう最強の親父と弟子。
小料理屋『鬼龍』の厨房には、今日もまた、香ばしいカレーの匂いと温かな家族の笑い声が満ちていた――!
読んでいただきありがとうございます。
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