EP 4
キュララの『鬼龍』突撃グルメ生配信!
ピピッ、ピピピピピッ! ブゥゥゥゥン……!
二つの太陽が中天からわずかに西へと傾きかけた昼下がり、小料理屋『鬼龍』の引き戸が、けたたましい電子ファンファーレと共に勢いよく跳ね除けられた。
「はーい皆様こんキュラ〜〜〜☆ 本日もやってまいりました! 動画配信網『ゴッドチューブ』公認、登録者数千五百万人、月収二億円のメガゴッドチューバー・キュララちゃんだよ〜〜んッッ!!」
鮮やかなピンク色のツインテールを激しく揺らし、背中の小さな純白の翼をパタパタと羽ばたかせながら飛び込んできたのは、サイバー天使・キュララ(二十歳)だった。
その頭上にはネオンのようにピカピカと発光する小型の光輪が回り、周囲には三機の球体型魔導ドローンカメラが、超高速で浮遊旋回している。
片手に握られた最新型の魔導スマート端末の画面は、配信開始からわずか十秒足らずで、視読不可能な速度で流れる視聴者コメントと虹色のスーパーチャット(投げ銭)で埋め尽くされていた。
『きたあああああ!』
『今日もお人形さんみたいで可愛いよキュララちゃん!』
『ここ、例の「DEATH4」をワンパンでシバいたイケオジがいる店じゃね!?』
『伝説のカレー屋だ! 特定班GJ!』
コメントの滝が流れる中、キュララは慣れた手つきでウインクを決め、マイクを握り直す。
「リスナーのみんな、お待たせ! 前回のゲリラ中継で大陸中の回線を焼き切った、三大国の緩衝地帯ポポロ村の超話題店――小料理・BAR『鬼龍』から、本日は独占グルメ生配信をお届けしちゃいま〜〜すっ♡」
ドローンカメラが一斉にズームし、厨房の中央を捉えた。
――そこには、対照的すぎる二つの巨躯が並び立っていた。
ひとりは、濃紺の将官用作業服の袖を捲り上げ、純白の木綿エプロンをきりりと締めた五十歳の男――坂上真一。
手入れの行き届いた無骨なブロンズ製の機械式腕時計を光らせ、厳つい顔に豪快な笑みを浮かべながら、大鍋の木べらを力強く回している。
そしてもうひとりは、糊のきいた白い調理服に身を包んだ百九十センチの偉丈夫――鬼神龍魔呂(二十五歳)。
彫りの深い端正な顔立ちに、漆黒の鋭利な双眸。かつて地下奴隷闘技場で「死を呼ぶ四番(DEATH4)」として恐れられた男は、いま、名匠が鍛え上げた完全本焼きの柳刃包丁を布巾で拭い清めていた。
――カチッ……シュポッ。
澄んだ真鍮ライターの金属音が、店内に冷たく響き渡る。
龍魔呂は赤箱のハード煙草『クリムゾン・レッド』に火を灯すと、眉間を寄せ、絶対零度の眼光をドローンカメラのレンズへと突き刺した。
「……おい、手羽先配信者。……三秒以内にその宙に浮いてるガラクタの電源を落とさねぇなら、そのカメラごと、貴様の頭蓋を板場に叩きつけるぞ」
ヒュッ、と龍魔呂の指先から漏れ出た赤黒い闘気の圧迫感に、ドローンのレンズがパチパチとショート寸前の火花を散らす。
さらにポケットから取り出した大粒の【角砂糖】を、奥歯で――ボリリッ、ガリリッと威嚇するように噛み砕いた。
「ヒエッ……!? り、龍魔呂っち、今日も今日とて殺気が致死量カンストしてるぅぅーッ! だがそれがいい! リスナーのみんな見て、これが本物の『狂犬の美男子』だよ〜〜ッ!」
『ヒエッ……画面越しなのに縮み上がったわ』
『でも顔が良い! タートルネックと白調理服のギャップたまらん』
『角砂糖ボリボリ噛む音たすかる』
「まあ待てや、たつまろ。せっかく若い娘さんが宣伝に来てくれとるんじゃ。目くじら立てるもんじゃないわい」
坂上が人懐っこい笑みを浮かべ、ポンと龍魔呂の肩を叩いた。
口元に咥えた青いパッケージの昭和煙草『ブルー・ホープ』から、ふわりと紫煙を天へ吹き流す。
「キュララのお嬢ちゃん、昼の仕込みの真っ最中じゃが、腹が減っとるんなら何か食わしてやるぞ。――たつまろ、オドレの自慢の『出汁巻き卵』、この娘に焼いちゃりぃや。若いもんは、出汁の効いた卵焼きを食うたら大抵笑顔になるもんじゃ」
「……チッ。親父がそう言うなら、仕方ねぇ」
龍魔呂は舌打ちしながらも、クリムゾン・レッドを灰皿にもみ消すと、銅製の四角い玉子焼き器を火にかけた。
「わぁぁっ、真一パパ、話がわかるぅ〜〜♡ リスナーのみんな、神展開だよ! あのDEATH4の手料理実演、世界初公開ですっ!」
キュララが歓声を上げる中、龍魔呂の手元が動き始めた。
その所作には、一切の無駄がなかった。
早朝から丁寧に灰汁を引いた、琥珀色に透き通る極上の昆布・鰹出汁。そこへ、平飼いの新鮮な野鳥卵を割り入れ、菜箸で白身のコシを切りながら素早く混ぜ合わせる。出汁の比率は、通常の倍以上――素人なら絶対に固まらず崩れてしまう限界の水分量だ。
熱した銅鍋に油を馴染ませ、卵液をジュッと流し込む。
立ち上る香ばしい湯気。
龍魔呂は手首のスナップ一つで、奥から手前へと波打つように卵を巻き込み、何度も出汁を足しながら、ふっくらとした黄金色の塊へと育て上げていく。
仕上げに巻き簀でキュッと形を整え、本焼きの柳刃包丁で等分に切り分けた。
「……お待ち遠さま。『鬼龍特製・極上出汁巻き卵』だ」
藍色の陶器に盛られたそれは、まるで磨き抜かれた黄金のクッションのようだった。
一切の焦げ目なく、包丁を入れた断面からは、閉じ込められていた熱々の極上出汁が、ジュワジュワと泉のように溢れ出している。
さらにそこへ――。
「ほれ、キュララのお嬢ちゃん。うちの看板メニュー『金曜日の海軍カレー』じゃ! 一緒に食うてみぃや!」
ドンッ、と坂上がカウンターへ滑らせたのは、素朴で力強い温もりを放つ、淡い枇杷色の自作『萩焼の深皿』だった。
山盛りのつややかな米麦草ライスに、並々と注がれた艶やかな褐色のルー。
何時間も炒め抜かれたタマネギの甘み、ゴロリと転がるトロトロの肉塊、そして数十種類のスパイスが複雑に絡み合った暴力的なまでの香気が、店内の空気を一瞬にして支配する。
「う、うわぁぁぁぁぁ……っ!!」
キュララのアメジストの瞳が、限界まで見開かれた。
ドローンカメラがゼロ距離まで接近し、黄金の出汁巻き卵と、湯気を吹き上げる海軍カレーを舐め回すように超高画質で映し出す。
『うわああああああ! 飯テロ警報発令!!』
『画面から匂いがしてきそうなんだが!?』
『出汁が……卵から出汁がナイアガラの滝みたいに溢れてる……!』
『カレーの照りがヤバい! 今すぐポポロ村行きのチケット買うわ!』
同接数が跳ね上がる。
百万人、三千万人、五千万人――!
「い、いただきま〜〜すっ♡」
キュララは震える手で箸を取り、まずは出汁巻き卵を一切れ、口の中へ運んだ。
「――ッ!?」
噛み締めた瞬間、キュララの華奢な全身がビクンと跳ね上がった。
歯を当てるまでもないほどの柔らかさ。
舌の上でフルフルとほどけた刹那、閉じ込められていた出汁の奔流が、爆発的な旨味となって口腔を満たしたのだ。
昆布の上品な甘みと、節の力強いコク、そして卵本来のまろやかな濃厚さ。塩角は微塵もなく、優しく、どこまでも深い滋味――。
「んんんんんん〜〜〜〜〜ッッ!? な、なんですかこれぇぇぇ!? 飲める! 卵焼きなのに、極上のスープを飲んでるみたいにジュワジュワですっ!!」
キュララは目を潤ませながら、続け様にスプーンを握り直した。
萩焼の皿から、熱々の海軍カレーと白米をたっぷりとすくい上げ、パクリと頬張る!
「――ッッッッ!!!!」
言葉が、消えた。
最初に駆け抜けたのは、鮮烈なスパイスの刺激。
だが、その刺激をすぐさま包み込んだのは、あめ色タマネギの奥深い甘みと、龍魔呂の引いた和の出汁、そして隠し味の深煎り珈琲が織りなす、深淵の底のように重厚なコクだった。
そして――坂上真一のユニークスキル【金曜日の総司令官】が誇る最大権能『母港の記憶』が、発動する。
ポシュゥゥゥゥッッ!!
キュララの全身から、目に見えるほどの純白の聖なる燐光が立ち昇った。
日頃の過密な配信スケジュール、数字に追われるプレッシャー、アンチコメントへのストレス――それらすべてが、まるで母の温かい掌で撫でられたかのように、一瞬にして雲散霧消していく。
さらに、全ステータスが限界突破・超回復したことで、キュララの陶器のような白肌が、ぷるぷると瑞々しい輝きを放ち始めた。
背中の小さな天使の翼はピンと張りを取り戻し、頭上の光輪が虹色に美しく発光する。
「おいしい……! おいしいよぉぉぉ……っ!!」
キュララはカメラの前であることも忘れ、なりふり構わずスプーンを動かした。
カツカツと萩焼の皿を鳴らし、大盛りのカレーと出汁巻き卵を、夢中で胃袋へと流し込んでいく。
「あったかい……。なんだか、すごく安心する……。私、天界から逃げ出してきて、ずっと一人で数字ばっかり追いかけてたけど……こんなに温かいご飯、生まれて初めて食べたよぉ……っ!」
ぽろぽろと、大粒の涙がキュララの頬を伝い落ちた。
ツヤツヤに発光する素肌と、作られた営業用ではない、心からの満面の笑顔と涙。
その映像がゴッドチューブを通じて全大陸――ルナミス帝国、レオンハート王国、アバロン魔皇国、果ては天界の神々の端末へと同時配信された瞬間。
ドォォォォォォンッッッッ!!!!
画面が、完全に焼き切れた。
『同接1億2千万人突破ァァァァァッッ!!』
『キュララちゃんの肌が発光してる!? どんな高級ポーションより効いてるぞ!』
『【神回】天使がガチ泣きした伝説の飯テロ』
『スパチャが止まらねぇぇぇぇぇッ!!』
ピピピピピピピピピピッ!
チリリリリリリンッ! チャリンチャリンチャリーンッ!!
画面を埋め尽くす赤色、虹色、黄金色のスーパーチャットの弾幕!
一瞬で数千万、数億円相当の神素ポイントとルナPayの残高が、天文学的な速度でキュララの口座へ雪崩れ込んでいく!
――その時だった。
ガラガラガラッッッッ!!!!
「ど、どきぃぃぃぃぃぃーーッッ!! 道をあけぇぇぇぇーーッッッ!!」
店の格子戸が、蝶番が軋むほどの勢いで蹴破られた!
砂埃を巻き上げて飛び込んできたのは、金糸の羽織を肩に引っかけ、真鍮のキセルを口に咥えた猫耳商人――ゴルド商会ポポロ村支店長、ニャングル(二十五歳)だった!
その手には、特注の魔導金算盤『十露盤』が握られている。
チャチチャチチャチチャチチャチチャチッッッッ!!!!
目にも留まらぬ超音速で算盤の純金珠が弾かれ、摩擦熱で火花がパチパチと飛び散る!
ニャングルの琥珀色の瞳は、完全に『¥』のマークへと変色し、血走っていた。
「ひ、ひぃぃぃぃ……ッ! な、なんやこの天文学的なキャッシュフローはぁぁぁーーッッ!? キュララはんのゴッドチューブ配信から、ルナPayの決済サーバーへ秒間八千万件の送金リクエストが殺到しとるでぇぇぇッ!!」
「なんじゃニャングルの旦那、息せき切ってどうしたんなら」
坂上が苦笑しながら声をかけると、ニャングルはカウンターへと滑り込み、算盤をバンッと叩きつけた。
「どうしたもこうしたもあるかい坂上はん! キュララはんの今の配信一本で、ポポロ村に落ちる『住民税』と『消費税』の試算……締めて金貨三万枚(約三億円)やぁぁぁッ!!」
「「「さ、さんおくえん!??!?」」」
洗い場から顔を出したリーザが泡だらけの手で叫び、居合わせたキャルルが耳を垂直に直立させ、ルナがおっとりとメスを落とした。
「前村長が持ち逃げした赤字なんぞ一瞬で完済や! それどころか、村の東部防空ドームの拡張費、全農道の舗装費、タローマンの資材一括購入枠まで全部お釣りが来るわ! 坂上はん! 龍魔呂はん! アンタら二人は、このポポロ村の生ける『打ち出の小槌』やぁぁぁーーッ!!」
ニャングルは歓喜のあまり涙を流し、算盤を抱きしめてカウンターの上でジタバタと跳ね回った。
「……おい、猫耳」
そこへ、冷たい、研ぎ澄まされた声が降る。
龍魔呂が赤箱の煙草をもみ消し、氷のような眼光でニャングルを射抜いていた。
その手には、空になった出汁巻き卵の皿。
「……カウンターの上で騒ぐな。算盤の粉塵が料理に入るだろ。……それと、金の話は表でやれ。ここは飯を食う場所だ」
「ヒッ……!? す、すんまへん龍魔呂はん……! せやかて、この数字見たら商人の血が沸騰してまいますのや……!」
ニャングルは直立不動になり、慌てて算盤を懐へと仕舞い込んだ。
「ガハハハハ! ええじゃないか、賑やかで! 村が潤って、みんなが腹いっぱい美味いもんを食えるんなら、これ以上の果報はありゃせんわい!」
坂上真一は豪快に笑い飛ばすと、空になった萩焼の皿を綺麗に平らげて満足そうにお腹をさするキュララの頭へ、大きな掌をぽんと乗せてやった。
「よう食うたのう、キュララ。……美味かったか?」
「……うん! すっごく、すっごく美味しかったよ、真一パパ……!」
キュララは涙を拭い、照れくさそうに笑った。
その光景を、カメラ越しに見つめる何億人もの視聴者たち。
コメント欄には、嘲笑や罵倒は一片たりともなく、ただただ温かい祝福と、ポポロ村への憧憬の言葉が溢れかえっていた。
「たつまろ。今日もええ仕込みじゃったのう。……夜のBARの前に、もう一本いくかの」
「……ああ」
坂上がブルー・ホープを、龍魔呂がクリムゾン・レッドを取り出す。
二つの真鍮ライターが、同時にカチッ、シュポッと澄んだ音を鳴らした。
立ち上る二条の紫煙が、西傾き始めた二つの太陽の光を浴びて、柔らかに溶け合っていく。
最強の親父と、最凶の狂犬弟子。
小料理屋『鬼龍』の食卓が放つ温かな光は、配信の電波に乗って、いまや大陸全土を揺るがす大きなうねりとなり始めていた――!
読んでいただきありがとうございます。
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