6 二人並んで
「良かったですわね、モーリスさん」
ノウムスの母親が、微笑んでそう言った。
モーリスも板に付いてきたらしい愛想笑いを浮かべ、
「いえ、これも全てノウムス君とあなた様のお陰です。なんとお礼を言ったらよいか……」
モーリスの喋り方に違和感しかないマグナーだったが、自分が喋ると色々ややこしくなるだろうと考え、挨拶とお礼を言ったあとは、二人の社交辞令のような会話を眺めていた。
話の内容としては、どうもマグナーは一日半ほど意識を失っていたようで、母親は酷く心配していたと言う。だからこそ、目が覚めて良かったとか、平和になったけど魔物がまだ残っているのは安心できないとか、そんな話だった。
――不意に視線を感じたマグナーが、近くにいるノウムスへ、顔の向きはそのままに視線だけを向ける。
彼は基本的に母親とモーリスの方を見ていたが、時折、マグナーが気になるのかチラチラと見てはきていた。
マグナーは気付かない振りをしながら、気を見て必ず尋ねてやろうと企む。そして幸運なことに、その企みはすぐさま実現できることになった。
モーリスがせっかくだからと、町の案内をノウムスにしてほしいと依頼すると、母親も、買い物のついでに案内してあげなさいと言う。
ノウムスは特に嫌がることも無く、案内するよと言った。だから、マグナーはモーリスとノウムスの二人に連れられて、家の外へと出る。
町は非常に緩やかな丘陵の地形で、なだらかな稜線に沿って石畳や柵、風車があり、放牧している動物も見えた。それから、遠方に海が見える。
住宅は、海側に向かってどんどん屋根の数が増えいて、遠目に帆船の帆柱が立っているのも見える。
風が吹いて草花が騒ぐと、潮の香りも微かに漂ってきた。
そして、こんな風景が一望できていると言うことは、ノウムスの家は町の外れとまではいかないものの、割と端の方であることが分かる。
「マグナー様」
モーリスが、少し乱れた長い髪を、背中側へ払いながら言った。
「そろそろ向かいましょう」
「ああ……」
こう言ったマグナーが、坂道をササッとおりて、ノウムスの隣に立つ。
「な、何……?」
マグナーが、驚くノウムスをジッと見つめている。
彼はたまらず横目となっていた。
「お前…… 事あるごとに我の様子を窺っていたな?」
「そ、そんなこと無い……!」
「――お待ちください」
いつの間にか近くに来ていたモーリスが、マグナーへ呼びかけた。
「少々、お話が…… ノウムス様、少しお時間を頂きたいのですが宜しいですか?」
「え? う、うん…… 分かりました……」
こうして、二人はノウムスから距離を取った。
「なんだ? 急に……」
憮然とするマグナーに、モーリスが耳打ちするように顔を近付けて言った。
「ノウムス少年ですが…… 私奴も気になって観察しておりました。実は彼、マグナー様の服の着せ替えを任せたとき、驚いて叫んでいたのです」
「叫ぶ……?」
モーリスが頷く。
「何があった?」
「恐らく、勘違いをしていたことに気付いたのでしょう」
マグナーが首を傾げる。
「マグナー様が、彼にとっての異性…… つまり、女だったと言うことをです」
首をひねったマグナーが、ノウムスを見やる。彼はどうにもこちらが気になっているようで、ソワソワと落ちつかない様子で待っていた。
「それはつまり…… どういうことだ? 何がおかしいのかサッパリ分からぬ」
「これは、私奴も昨日知ったばかりですが…… どうやら我々は、人間の女になっているようです」
「そう、なのか……?」
「勇者めが、どうして女にしたのかは不明ですが、今の我々は人間から見れば女と認識されるようです」
「なるほど……? しかし、それと彼奴が様子を窺ってくる理由に、なんの関係がある?」
「良いですか? マグナー様。人間は繁殖のために番を探します。そして彼は男であり、しかもマグナー様に好意を持っていると思われます」
「ほう?」
「私奴も詳しいわけではありませんが、今は一人でも協力者を増やすことが先決だと思うのです。
そこで、彼の好意を利用し、少しでも人間に関する情報を引きだすべきかと……」
「確かに」と横目で顎をさする。「彼奴を利用しない手は無いな……」
「以前、人間が持っていた書物を偶然にも入手し、読んだことがあります。いきなり番になれと言うのではなく、つかず離れずで行くのが常套手段のようです」
「――分かった。ひとまず普通に話してみよう」
「ええ、そうしましょう。警戒されず、かと言って何も無いと思わせず、友好的な振りをするのです」
「あのぉ~! すみませぇ~ん!」
ノウムスが大きな声で呼びかけていた。
「もう行ってもいいですかぁ~?」
マグナーが駆け足でノウムスの近くへ行く。当然、ノウムスは驚いて身構えた。
「待たせたな。――買い物と言うのは、どこへ行けばいい?」
「え? えっと…… 市街地の方だけど……」
「なら、ゆっくり行こう。せっかくだし、少し話をしてみたい」
「話……? なんの?」
「我はずっと旅をしていた。だから、世情には疎い。お前は詳しそうだから、色々と教えてほしいのだ」
「…………」
「――嫌か?」
「べ、別に嫌とは言ってないけど…… なんか、急に態度変わったなって……」
「――先程、モーリスから注意を受けてな。あまり警戒し過ぎるのは良くないと言われたんだ」
「警戒……? どうして?」
「下々と話をする機会があまり無かったんだ。父上からも良く、無礼られるから距離を取れと言われていた」
「そう、なんだ…… へぇ…… お父さん、厳しい人なんだね」
「父親と言うのは、そんなものだ。それに、我はそこまで両親に思い入れは無い」
「…………」
「どうした?」
「いや、なんでも……」
「なら、そろそろ向かおう。そのついでに色々と質問しても良いか?」
「う、うん。いいよ別に。答えられるか分からないけど……」
二人が並んで歩いていく。
その姿は、十代前半の子供が仲良くお使いに行く光景にしか見えない。
遅れて歩き始めたモーリスが、ニヤリとほくそ笑み、
「異国の貴族と説明したことが効いているんだ…… さすが私……!」
と、拳を握りこんで喜んでいた。
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