五十挺の先
検査台を使い始めてから、五十挺を作る流れは目に見えて落ち着いた。
地板は検査台へ載せ、決めた位置へ収まることを確かめる。穴を見る。カラクリを組んで動かし、火縄の先が決めた範囲へ落ちることを確かめる。台木側も同じ元から決めた基準で見て、最後には鉄砲として組み上げ、動かしてから撃つ。
交換検査もなくしたわけではない。
「二十四と四十一」
「はいよ」
宗次郎が選んだ二挺から地板を外して入れ替える。
入った。
火蓋を動かす。
問題ない。
火ばさみを起こして落とすと、火縄の先は火皿へ来た。
「良し」
元へ戻し、次の二挺を見る。そちらも問題なく、宗次郎が帳面へ印を付けた。
「次は?」
「終わりです」
俺は宗次郎を見た。
「……終わり?」
「終わりです」
「ほんまに?」
「もっとやります?」
「やらん」
即答した。
前なら、ここからが長かった。何挺も地板を外しては別の鉄砲へ付け、入る、動く、火縄が落ちる、元へ戻すを繰り返していた。
今は違う。
部品の状態で検査台を通し、組み上げて機能を確認する。交換検査は、宗次郎が無作為に選んだ何挺かだけでいい。
しかも今月だけではなかった。
先月も五十挺。
その前も五十挺。
納期遅れはない。交換検査で弾いた鉄砲もない。途中で手直しへ回る部品も、検査台を使い始めた頃より減っている。
五十挺作れた、ではない。
五十挺を、同じやり方で繰り返し作れるようになってきた。
「……やっと五十が普通になってきたな」
思わず口から出た。
宗次郎は帳面へ最後の印を付けながら頷いた。
「今月も予定通りです。材料も、今のところ次の分まで足りています」
「善右衛門には余計なこと言うなよ」
「余計なこととは?」
「余裕ありますとか、まだ作れますとか」
「言いませんよ」
「絶対やぞ」
「前にも言われました」
そこまで言われて、少し安心した。
◇
「ほな、百いける?」
「いかへん」
翌日、善次郎が来た。
五十挺を受け取りに来たはずなのに、開口一番これだった。
「何でやねん」
「何でいけると思ったんや」
「最近ずっと五十出とるやん」
「五十出せるから百出せるんやったら、世の中苦労せんわ」
善次郎は納得していない顔で、並べられた鉄砲を眺めた。
「前より安定しとるやろ」
「しとるで」
「検査も楽になった」
「なった」
「人も増やした」
「増やした」
「ほな百」
「途中の計算全部どこ行ったん?」
俺が言うと、善次郎は首を傾げた。
こいつの中では、五十の次にある数字は百しかないらしい。
「作れるようにはするで」
「ほんま?」
「そのためにこっちへ移ってきたんやろ」
工房を見回した。
以前の榊屋よりずっと広い。
水車から動力を引き、旋盤もボール盤もどきも置いた。作業台の位置を決め、材料、仕掛品、完成品がなるべくぶつからずに流れるようにした。
職人も増やしている。
最初から五十挺で満足するために、ここまでやったわけではない。
「ただ、今すぐは無理や」
「何が足らん?」
「人」
善次郎が工房の中を見た。
「おるやん」
「人数の話ちゃう」
ちょうどその時、工房の奥から妙な音がした。
金槌の音でも、鑢の音でもない。
何かを落とした音だった。
「あっ」
声まで聞こえた。
見ると、作業台の前で一人の若者が固まっている。
庄吉。
十六になったばかりで、この春から榊屋へ入った。今は弥吉について、材料の切り出しや簡単な金具の仕上げ、型や当て金を使った仕事から覚えている。
足元には、加工途中の金具が落ちていた。
「何しとんねん」
弥吉が拾い上げる。
「すんません」
「落としたんはええわ。これ何?」
「……削りました」
「見たら分かるわ。何でここまで削ったん?」
「見本が、これぐらいやったんで」
「どこ見て?」
庄吉が黙った。
弥吉は金具と見本を並べ、指先で一か所を示した。
「見るんこっちや。ここの形ちゃう。こっちが合わんかったら付かへんやろ」
「はい」
「はい、ちゃう。もう一回やって」
弥吉が新しい材料を渡す。
庄吉は今度こそ慎重に見本を持ち、作業台へ戻った。
俺はその様子を見てから、善次郎へ視線を戻した。
「あいつが育てば、そりゃマシになるけどな」
「ほな育てたらええやん」
「育てとるわ」
庄吉が悪いわけではない。
むしろ覚えは悪くない。毎日来るし、言われたこともきちんとやる。型や当て金を使わせれば、入ったばかりの頃よりずっとまともな物を作れるようになった。
だからこそ分かる。
まだ先は長い。
「今は、言われた通りに作るところや。そのうち、自分でおかしいと気付けるようにならなあかん。その次は、何がおかしいか見つけられるようにならなあかん」
善次郎が庄吉を見る。
「どれぐらい?」
「仕事によるけどな」
俺も同じ方を見た。
「あいつに一通り任せられるようになるんは、少なくとも数年単位の話や」
「そんなかかるん?」
「かかるわ」
もちろん、昔と同じ育て方をするつもりはない。
作業を細かく分ける。見本を作る。型や治具を使う。検査方法を決める。最初は失敗しても後へ響きにくい仕事から任せる。
そうすれば、十年見て覚えろ、なんて世界よりは早くできる。
だが、ゼロにはできない。
設備なら、据え付けて調整が終われば働く。
人間はそうはいかない。
まして百挺を安定して作るために欲しいのは、言われた作業だけを繰り返す手ではなかった。異常に気付き、原因を探し、これは次へ流したらあかんと自分で判断できる人間が要る。
新八や弥吉が、銭を払った翌日に一人ずつ届くなら苦労はない。
「人はこれからも増やす。庄吉みたいなんも育てる。仕事ももっと分ける。それで百挺作れるようにはする」
「うん」
「でも、時間はかかる」
善次郎は少し黙った。
珍しい。
何か考えている。
「その間は五十?」
「今のままならな」
「注文、増えとるで」
「知っとる」
「待ってくれへんで」
「それも知っとる」
知っているから困っている。
職人を増やしたからといって、翌月から生産量が倍になるわけではない。かといって、庄吉たちが育つまで数年待ってくれと客に言えるはずもない。
善次郎が腕を組んだ。
「ほなら……」
「ん?」
「その間、違う工房に作らせたらええんちゃう?」
俺は善次郎を見た。
「何を?」
「部品」
「鉄砲の?」
「他に何があんねん」
来た。
俺は思わず黙った。
外注。
もちろん知っている。
前の仕事でも散々使った。何でも自社で抱え込まず、外で作れる物は協力してくれるところへ出す。設備が足りない時、人が足りない時、自分たちにはない加工が必要な時、理由はいくらでもある。
この時代に来てからだって、似たことはもうやっている。
榊一番がそうだ。
だから、思いつかなかったわけではない。
考えないようにしていた。
ねじ一本ならともかく、鉄砲の部品まで外へ出すとなれば、作り方も基準も検査も榊屋の外へ持ち出さなければならない。自分の目が届かないところで、自分たちの鉄砲の一部が作られる。
今の榊屋には、まだ早い。
そう思っていた。
こいつ、そこに気付きやがった。
「榊屋で全部作らんでもええんちゃう?」
善次郎が言った。
「簡単に言うなあ」
「ねじ、もうやっとるやろ」
「榊一番?」
「嘉兵衛さんとこで作っとるやん。榊屋で全部作ってへん」
「ねじ一本と鉄砲一挺を一緒にすんな」
「鉄砲一挺作らせる言うてへんやろ。部品や」
「……せやけど」
善次郎は商人だ。
こいつにとって、工房の壁なんて大した意味を持っていないのかもしれない。榊屋で作ろうが、嘉兵衛のところで作ろうが、同じ物が出来て、必要な時に必要な数が揃えばいい。
製造側にいる俺の方が、その境目を重く考えていた。
工房を見回す。
市兵衛が旋盤を回している。
弥吉は庄吉の横で、今度はどこを見るのかを指で示している。
新八は少し離れたところで地板を見ていた。
その近くには、先日完成した二台の検査台がある。
同じ基準から作り、別々の人間が使っても同じ良否を出せることを確かめた道具だ。
あれが二台ある。
その意味が、さっきまでとは少し違って見えた。
「……やるなら、一部品からやな」
善次郎が俺を見る。
「できるん?」
「できるかどうか確かめるんや」
榊一番で経験はある。
ただし、鉄砲の部品はねじ一本より条件が多い。
図や見本を渡して、これと同じ物を作ってくれ、では済まない。どこを基準にするのか。どの順番で加工するのか。何を揃え、何は揃えなくていいのか。どこまでなら使えて、どこから先は不良なのか。
作り方ごと渡さなければならない。
「新八」
「何?」
「その検査台、外へ持ってって使えると思う?」
新八も検査台を見た。
「使えるんちゃう?」
「作る方の型も要るな」
「要るやろな」
「教える人も要る」
「そら要るやろ」
新八が当然のように答える。
その一言一言が、嫌なくらい現実的だった。
それでも、新人が育つのを待つより早い可能性はある。
「何出すん?」
善次郎が聞いた。
「まだ決めてへん」
「地板ちゃうん?」
「何でお前が決めんねん」
「ずっと地板見とったやん」
「……候補ではある」
地板なら、ここ何か月かで作る基準も検査する基準も固まった。作るための型があり、完成後を見る検査台もある。その検査台自体も、同じ基準から二台作れることまで確かめた。
銃身と尾栓を外へ出す気はない。
少なくとも今は。
最終的な組立、調整、試射も榊屋でやる。
その間にある仕事のどこまでなら、榊屋の外でも同じ物を作れるのか。
考える価値はあった。
「まあ、人が育つまでやな」
俺が言うと、善次郎が首を傾げた。
「何が?」
「外に頼むん」
「何で?」
「何でって……」
今度は俺が首を傾げる番だった。
「うちで百作れるようになったら、要らんやろ」
「何で?」
「さっきも聞いたぞ」
「百作れるんやろ?」
「そのつもりや」
「外でも五十作れるようになったとするやろ?」
「いきなり五十も出すな」
「たとえばや」
「うん」
善次郎は、本当に何でもないことのように言った。
「ほな、百五十売れるやん」
「……待て」
「何?」
嫌な予感がした。
「お前、外に頼むん、人が育つまでの話ちゃうん?」
「何でやめるん?」
やっぱりだ。
こいつは最初から、俺と違うものを見ていた。
俺にとって外注は、榊屋の中の生産力が育つまでを埋める手段だった。内側で百挺作れるようになれば、外へ出していた仕事を戻す。その先のことまでは考えていなかった。
善次郎には、戻す理由そのものがなかった。
「百作れるようになったら、百五十売ったらええやん。もっと注文来たら、また他に頼んだらええし」
「……お前、どこまで増やす気でおる?」
善次郎は少し考えた。
「売れるだけ?」
「一番あかん答え返ってきた」
俺が頭を抱える横で、善次郎は何がおかしいのか分からない顔をしていた。
◇
「で、どんな工房がええん?」
善次郎が帰る前に聞いてきた。
「もう探す気なん?」
「探すだけなら銭かからんやろ」
早い。
こういうところだけは、本当に早い。
俺は少し考えてから答えた。
「鉄の細かい仕事に慣れとるところ。数作るん嫌がらんところ。勝手にやり方変えへんところ」
「腕ええとこ?」
「腕だけやったらあかん」
善次郎が眉を上げる。
「同じ作り方を続けられるところ。悪いもん出た時に、隠さんところ。それと、こっちの道具使うん嫌がらんところ」
「注文多いな」
「鉄砲の部品やぞ」
「分かった。何軒か当たってみるわ」
「まだ頼むって決めてへんからな」
「分かっとる」
絶対分かっていない顔で善次郎は帰っていった。
その背中を見送ってから、俺は二台ある検査台のうち、新八が作った方を手に取った。
同じ基準から作れば、同じ良しが出る。
榊屋の中では、そこまで確かめた。
次に確かめることも決まった。
榊屋の外でも、本当に同じ物が作れるのか。
善次郎が連れてくる工房へ渡すものを考えるため、俺は検査台を作業台の真ん中へ置いた。




