替えずに確かめる
次の五十挺を作り始めても、検査のやり方は変わらなかった。
地板は型に当てる。鋲と軸は当て金を通す。台木も決めたところを見て、組み上がった後には火蓋と火ばさみを動かす。最後に試射まで済ませる。
そこまではいい。
問題は、その後だった。
「次」
「八と二十一です」
宗次郎が帳面を見ながら答えた。
八番から地板を外し、二十一番へ付ける。最後まで無理なく収まることを確かめてから火蓋を動かし、火ばさみを起こして落とす。問題がなければ元へ戻し、今度は別の二挺を持ってくる。
「次」
「十三と三十六」
外す。付ける。動かす。戻す。
それを繰り返していると、宗次郎が帳面から顔を上げた。
「兄上」
「何?」
「顔が死んでます」
「知っとる」
五十挺すべてを総当たりで組み合わせているわけではない。それでも、前回二挺の不良を見つけてから、確認する数は明らかに増えていた。
一度、見てしまったのだ。
自分の部品なら問題なく撃てるのに、別の鉄砲から持ってきた地板が入らない鉄砲を。工程ごとの確認も通り、試射まで済んでいたのに、榊屋が新しく約束した「替えられる」という条件だけを満たしていなかった。
だから、簡単には減らせない。
「次」
「十九と四十二です」
「はいよ」
俺はまた地板を外した。
◇
交換しなくても、交換できると分かるようにする。
考え方そのものは、もう決まっていた。地板が一つの基準に合い、台木側もそれと対になる基準へ合っていれば、実際に一挺ずつ組み合わせなくてもいい。榊一番では、すでに似たことをやっている。
問題は、それをどういう道具にすればいいのかだった。
「これやったらどうや?」
新八が薄い板を作業台へ置いた。地板の外形に合わせて切った板で、以前から使っている型よりも、台木へ収まる部分を細かく見られるようになっている。
俺は地板を一枚持ってきて重ねた。
「形は見られるな」
「やろ?」
「穴は?」
「印付けたらええやん」
「印だけやと、見る人で変わらん?」
「ほな、穴開けるか」
「いっそ棒通した方が早ない?」
新八が地板と板を見比べ、指先で穴の位置を探った。
「ここに立てるんか」
「うん。基準にする端も決めよ。そこへ当てて、棒が通ったら位置も見られる」
重要な穴の位置へ細い棒を立て、決めた端面へ地板を当てる。それなら外形だけでなく、取付けに関わる穴の位置まで同時に確かめられる。
形にはなりそうだった。
「甚助にも見てもらお」
「何で?」
「台木側作るん、俺らちゃうやろ」
「それもそうやな」
甚助のところへ持っていくと、案の定、最初に聞かれたのは俺たちが考えていたこととは違った。
「これ、何に合わせるん?」
「地板」
「ちゃう。その地板を何に合わせるん?」
俺と新八が顔を見合わせた。
「……台木?」
「ほな、台木は何に合わせるん?」
嫌な聞き方をする。
だが、言いたいことはすぐに分かった。
地板だけをどれほど正確に揃えても、それを受ける台木側を別の基準で作っていたら、前回と同じことが起こる。地板は地板で良品、台木は台木で良品、それでも二つを合わせると入らない。
「同じ元から決めんとあかんか」
俺が言うと、甚助が頷いた。
「こっちとこっち、別々に決めたら、またずれるで」
地板を見る道具と、台木を削る時に使う道具。
その二つを、それぞれ勝手に正しく作ってはいけない。同じ元から位置を取って、片方を作ればもう片方も合うようにしなければならない。
「……面倒になってきたな」
新八が言った。
「俺も今思った」
「やめる?」
「やめたら来月も交換やぞ」
「作ろか」
「作ろ」
意見はすぐに一致した。
◇
もっとも、検査の道具を作るために鉄砲の仕事を止めるわけにはいかなかった。
善右衛門屋へ納める五十挺は待ってくれない。昼間は鉄砲を作り、仕事が一段落したところで検査道具を触った。新八の手が空けば穴の位置を詰め、甚助が仕事を止められる時には台木側の基準を見てもらう。
そして月末になると、俺はまた地板を外していた。
「次」
「十一と三十二です」
「はい」
外す。付ける。動かす。戻す。
交換検査を減らすための道具を作っている横で、その道具がまだ完成していないせいで交換検査を繰り返している。
腹が立つ。
「兄上」
「何?」
「その道具、早く完成するといいですね」
「他人事みたいに言うな」
「私は作れませんので」
「帳面持って逃げんなよ」
「逃げませんよ。次、十五と四十です」
「休ませろや!」
宗次郎は容赦なく次の番号を読んだ。
◇
最初に使える形になったのは、地板を見るための道具だった。
板の一辺を基準にして、地板の決めた場所をそこへ当てる。重要な穴の位置には棒を立て、無理なく通るかを見る。正しい位置へ収まり、棒が通れば、少なくとも今まで別々に見ていた外形と穴位置を同じ基準から確かめられる。
簡単なものだったが、以前の型より一度に見られるものは増えた。
「これでええんちゃう?」
新八が言った。
「地板はな」
「また何かあるん?」
「これ通ったら、火ばさみもちゃんと動く?」
新八が黙った。
「火縄、火皿に落ちる?」
「……それは別やな」
「やろ」
「面倒くさいな、お前」
「俺のせいちゃうわ」
「誰が替えられるようにする言うたん?」
「その話もう終わったやろ!」
地板が決めた形で作られている。穴も決めた位置にある。
それだけでは、カラクリとして働くことまでは分からない。
以前、親父に言われたことを思い出した。
真ん中に落とすのが目的なのか。
違う。
火縄が火皿の火薬へきちんと触れ、火が移ればいい。必要なのは形を揃えることではなく、働きを揃えることだった。
「ほな、動かしたらええんちゃう?」
新八が言った。
「どこで?」
「この上で」
新八が検査用の板を叩く。
「地板だけ置いて、どうやって火皿見るん?」
「火皿も作ったら?」
「……ここに?」
「本物やなくてええやろ。火縄がここへ来たらええって場所だけ分かったら」
俺は板を見た。
地板を置く場所がある。そこへカラクリを組み、火ばさみを動かす。その先に、実際の鉄砲で火皿が来る位置を作ればいい。
「それ、検査台になるな」
「何やそれ」
「いや、こっちの話」
頭の中で、ようやく形が見え始めた。
◇
そこからが長かった。
一度目に作った台は、地板を付けるところまではよかったが、火ばさみを動かすと端が当たった。余計なところを削って二つ目を作ると、今度は動いたものの、火皿の位置をどこから決めるかで手が止まった。
「ここやろ」
「何で?」
「今の鉄砲がここやから」
「その鉄砲がずれとったら?」
「……お前、ほんま面倒くさいな」
「俺もそう思う」
一挺を選んで、そのまま写せば早い。
だが、それではその一挺と同じ物を作るだけだ。これまで決めてきた地板の取付位置、台木との関係、火皿の位置、火ばさみが落ちる範囲を一つずつ確かめ、それぞれの基準を検査台へ移していった。
甚助にも何度も止められた。
「虎松」
「何?」
「これ、台木作る時には、ここの面まだ出来てへんで」
「……あ」
「出来てへんもん、何に当てるん?」
「……せやな」
「道具で見られても、作る時に使えんかったら意味ないやろ」
「はい」
「返事だけはええな」
作る途中で使える基準と、完成した後に検査する基準は必ずしも同じではない。それでも、最後に同じ位置へ来るよう、元になる基準はつながっていなければならない。
作っては試し、実際の地板を載せ、台木へ付け、ずれれば原因を探してまた直した。
その間にも、五十挺は作り続けた。
◇
翌月も、俺は地板を交換した。
その次の月も、交換した。
「次」
「二十二と四十九です」
「はいよ」
慣れてきた自分が嫌だった。
ただ、検査台の方も少しずつ使えるようになっていた。
完成した地板をまず台へ置く。基準となる端へ当て、穴の位置を見る。カラクリを組んで動かし、火ばさみに挟んだ火縄の先が、決めたところへ落ちるかを見る。それで良しになったものを鉄砲へ組み込む。
それでも最後には、宗次郎に何挺か選ばせて実際に交換した。
最初の頃は、検査台を通った地板でも交換すると動きが渋いことがあった。そのたびに原因を調べ、台で見ていなかったものを探した。
軸の位置は合っていても、火ばさみが動く範囲に余裕が足りない。地板そのものは正しくても、台木側で受ける位置がわずかに違う。火ばさみは落ちても、火縄の先が火皿の端へ寄りすぎる。
一つ見つかるたびに、検査台で確かめるものが増えた。
「また増やすん?」
新八が聞いた。
「必要やろ」
「そのうち鉄砲になるんちゃう?」
「ならんようにしとるんや!」
本物の鉄砲を一挺置いて、それへ部品を付ければ確実だ。
だが、それでは意味がない。
欲しいのは鉄砲一挺の代わりではなく、どの鉄砲にも共通する必要なところだけを抜き出した道具だった。
◇
最初の板を作ってから、何か月かが経った。
作業台の上にあるものは、最初の薄い型とはずいぶん違う姿になっていた。
地板を決めた位置へ置くための基準があり、重要な穴の位置を見る棒が立っている。カラクリを実際に組んで動かせるようになっていて、その先には火皿の位置と、火縄が落ちるべき範囲を示す部分がある。
台木側にも、それと同じ元から位置を決めた基準を用意した。
俺は一枚の地板を検査台へ置いた。決めた端へ当てるときちんと収まり、穴にも棒が通る。カラクリを組み、火ばさみに短い火縄を挟んだ。
「いくで」
「うん」
引き金を動かす。
火ばさみが落ち、火縄の先が決めた範囲へ入った。
「良し」
新八が言った。
次に、弥吉が作った別の地板を載せた。こちらも基準へ収まり、穴が合う。カラクリを動かすと、火縄の先は同じ範囲へ落ちた。
「こっちも良し」
二枚の地板を持って、別々の鉄砲のところへ行く。
まだ交換はしていない。
それでも、今までとは違った。
「入ると思う?」
新八が聞いた。
「入る」
「動く?」
「動く」
「えらい自信やな」
「そのために何か月かかったと思っとんねん」
一枚目を付けると、無理なく収まった。火蓋を動かし、火ばさみを落とす。問題はない。
二枚目も同じだった。
最後に二枚を入れ替えた。
どちらも収まり、動いた。
「……これや」
「今までも替えられとったやろ」
「ちゃうねん」
俺は外した地板を手にしたまま、新八を見る。
「今までは、替えてみたから分かった」
「うん」
「今日は、替える前に分かっとった」
新八が検査台へ目をやった。
「ああ」
ようやく、そこまで来た。
毎回いくつもの鉄砲をばらし、別の一挺へ部品を付けて確かめなくてもいい。決めた基準を通ったもの同士なら、同じ約束の中にいると判断できる。
もちろん、これで鉄砲のすべてが分かるわけではない。
バネの強さは別に見る。銃身と尾栓は今まで通り一組で扱う。完成した鉄砲では火蓋と火ばさみの動きを確かめ、最後には実際に撃つ。
検査台は、鉄砲そのものを確かめる仕事の代わりではない。
交換できることを確かめるためだけに、毎回もう一挺の鉄砲を相手にしなくて済むようにする道具だった。
◇
「なあ」
新八が検査台を眺めながら言った。
「何?」
「これ、同じもんもう一個作れる?」
「作れるで」
答えてから、新八が何を聞いているのか考えた。
「……同じ基準から作ればな」
「ほな、俺がこっちで見ても、お前が向こうで見ても、同じ良しになるんやな」
「そうなるはずや」
「はず?」
「まだ作ってへんからな」
新八が笑った。
「ほな、作ろか」
「作ってみよ」
今度は俺が作らなかった。
元にした基準を新八へ渡し、どこを基準にしているのか、どの穴を見るのか、火皿の位置をどこから取るのかだけを伝えた。俺の検査台そのものを横に置いて写させることもしなかった。
同じ物を作れるか試すのなら、それでは意味がない。
数日後、新八が二台目を持ってきた。
「できたで」
「早いな」
「何か月も横で見とったからな」
二台を作業台へ並べると、見た目はほとんど同じだった。だが、見た目が同じだからといって、同じ道具とは限らない。
それは嫌というほど知っている。
「宗次郎」
「はい」
「地板、何枚か持ってきて。良かったやつと、前に弾いたやつも」
「分かりました」
宗次郎が持ってきた地板を、一枚ずつ二台へ載せた。
一枚目。
俺の台では良し。
新八の台でも良し。
二枚目も良し。
三枚目は、以前に外形の一部を手直しへ回した地板だった。
俺の台へ載せる。
「あかん」
新八の台へ移す。
「……入るで」
俺と新八が顔を見合わせた。
「何でやねん」
「知らん。俺に聞くな」
「お前が作ったんやろ!」
「お前の基準でな!」
検査台が二台あっても、判定が違えば何の意味もない。
二台を並べて調べると、新八の台では地板を受ける一か所がわずかに広かった。良品を載せている間は分からなかったが、基準から外れた地板を載せたことで初めて違いが出た。
「こっち、削りすぎとるな」
「ほんまやな」
「良いやつだけ見とったら分からんかったな」
「……悪いやつも要るんやな」
新八の言葉に、俺は頷いた。
良品を良品と判断できるだけでは足りない。
外れた物を、きちんと外れた物として止められなければ検査にはならない。
新八が受けを作り直した。
もう一度、同じ地板を載せる。
俺の台。
「あかん」
新八の台。
「あかん」
「よし」
「不良で喜ぶんやな」
「今はな」
そこから何枚か試した。明らかに良いもの、以前に手直ししたもの、基準の境目に近かったもの。二台で判定が分かれれば、どちらが元の基準から外れているのかを調べて直した。
一度で終わると思っていたが、そうはいかなかった。
穴を見る棒の一本がわずかに寄っていた。
火皿の位置を示す部分も、二台を比べると少し違った。
直して、また試す。
同じ物を作るための道具を、同じように作る。
鉄砲で散々やってきたことを、今度は検査道具相手に繰り返していた。
「何か腹立つな」
俺が言うと、新八が笑った。
「お前が始めたんやろ」
「それももう聞き飽きたわ」
◇
最後の確認は、宗次郎に任せた。
二台の検査台を工房の離れた場所へ置き、俺と新八は別々に使う。宗次郎が選んだ地板を順番に渡し、互いの判定は聞かない。
収まり。
穴の位置。
カラクリの動き。
火縄が落ちる位置。
俺は一枚ずつ確かめ、良し悪しだけを宗次郎へ伝えた。
向こうでは新八が同じことをしている。
全部が終わってから、宗次郎が二つの記録を並べた。
「同じです」
「全部?」
「全部です」
良しにした地板も同じ。
弾いた地板も同じだった。
俺は少し離れたところにある二台の検査台を見比べた。
作った人間が違う。
置いてある場所も違う。
使っている人間も違う。
それでも、同じ物を良しとして、同じ物を弾いた。
「……できたな」
新八がこっちへ歩いてきた。
「何が?」
「俺がおらん方でも、同じ良しが出せる」
「そら、そのために作ったんやろ」
「そうなんやけどな」
作る物を揃えるだけではなかった。
良いか悪いかを決めるところまで、同じにできた。
宗次郎が帳面を持ったまま聞いた。
「では、次からはこれを通したことも書きますか?」
「うん。地板が台に収まったか、穴が合ったか、カラクリを動かして問題なかったか。それでええと思う」
「交換は?」
俺は少し考えた。
「……何挺かはやろ」
「やるんですね」
「やる」
一度痛い目を見ている。道具を作ったからといって、いきなり全部を信用するほど俺も素直ではない。
「でも、前みたいにはやらんでええ」
「助かります」
「お前、番号読んどっただけやろ」
「兄上の顔を見るのがつらかったので」
「そんな顔しとった?」
「はい」
横で新八が笑った。
「来月、ほんまにあんまり替えへんの?」
「替えへん」
「ほんまに?」
「……何挺かは替える言うたやろ」
「結局替えるんやん」
「怖いやろが!」
笑いながら、新八が自分の作った検査台を持ち上げた。
「これ、向こう持ってっても同じなんやな」
「同じやで」
「榊屋の外でも?」
俺は一瞬だけ考えた。
「……同じ基準で作れて、同じ使い方するならな」
「ふうん」
新八はそれ以上何も言わず、検査台を元の場所へ戻した。
二台の検査台は、少し離れた作業台にそれぞれ置かれた。
次の五十挺からは、一挺ずつ相手を探して地板を付け替えなくてもいい。作った場所でも、見る人間が違っても、同じ基準で良し悪しを決められる。
何か月もかかったが、ようやく交換検査そのものを減らせるところまで来た。
次は、このやり方で五十挺を回してみる。




