良品と良品
作業台の上に、二挺の鉄砲が並んでいた。
どちらも撃てる。火蓋は開き、火ばさみも動く。火縄を挟んで落とせば先端はきちんと火皿へ来るし、試射も済んでいる。宗次郎の帳面を見ても、各工程を通った印がきれいに並んでいた。
それでも、この二挺は明日の納品から外した。
「もう一回、最初から見よか」
俺が言うと、新八が四十三番から地板を外した。
まず、地板を型に当てる。
「合っとるな」
「うん」
外形を順に見ていく。上側も下側も型から大きく外れてはいない。取付けに使う穴の位置も、決めたところに収まっている。
火蓋の鋲と火ばさみの軸も当て金へ通した。少し引っ掛かるようなところもなく、こちらも今までなら迷わず良しにする出来だった。
「台木は?」
「そっちも見よ」
地板を収めるために削った部分へ、基準を見る板を当てる。深さを見て、前後の位置も確かめる。
これも外れてはいない。
もう一挺も同じように見た。地板は型に合い、軸も鋲も当て金を通る。台木側も、決めた見方では悪くない。
新八が首を傾げた。
「どこが悪いん?」
「……どこも、悪ないな」
「でも替えたら入らん」
「うん」
昨日見つけた通り、自分の地板ならどちらも入る。だが、別の鉄砲から持ってきた地板を四十三番へ収めようとすると、最後まで入る前に片側が当たった。
無理に押せば入りそうな気もする。
だからこそ駄目だった。
「押すなよ」
「押してへん」
「今、押そうとしたやろ」
「ちょっとだけや」
「それやったら意味ないねん」
新八から地板を取り上げ、もう一度ゆっくり下ろす。右側が先に当たり、反対側にはわずかに余裕が残る。
俺は地板を外して、型へ戻した。
「新八。これ、こっち側が少し出てへん?」
「どれ?」
「ここ」
指で示すと、新八も目を近づけた。
「……ああ。ほんまやな。言われたら、ちょい出とる」
「型には?」
「入る」
入る。
型の内側には収まっている。ただ、反対側と比べれば、片側へ少し寄っていた。
次に四十三番の台木を見る。地板が当たったところを指でなぞり、基準の板をもう一度当てた。
「こっちは逆や」
「狭い?」
「うん。ほんのちょいやけどな」
削り込んだ幅そのものは、今まで良しとしてきた範囲に入っている。ただし、こちらも真ん中ではない。地板が大きくなっている側と同じところが、わずかに狭い。
さらに地板を留める位置を見ると、そちらも同じ方向へ少し寄っていた。
一つ一つなら問題にならない程度だった。
地板が少し大きい。
でも、型には入る。
台木の受けが少し狭い。
でも、基準からは外れていない。
取付位置も少し寄っている。
それも、今までなら良しとしていた。
その小さなズレが、同じところへ重なっていた。
「……これか」
「何が?」
「ちょっとずつや」
新八が俺を見る。
「ちょっとずつ?」
「地板がこっちへちょっと大きい。台木は同じ方へちょっと狭い。付く位置もちょっと寄っとる。どれか一個だけなら問題ない。でも、全部同じ方に寄ったら入らん」
前の人生なら、名前まで付いていた。
公差の積み上げ。
珍しい話ではない。部品一個一個は図面に書かれた範囲へ収まっている。それなのに組み合わせると入らない、動かない、位置が合わない。加工でも組立でも、何度も見た。
だから、何が起きているのかは分かる。
問題は、それをこの工房でどう防ぐかだった。
ここには百分の一まで読める測定器もなければ、寸法の横へプラスいくつ、マイナスいくつと書き込んだ図面もない。あるのは型と当て金、それから職人の目と指だ。
「型に合っとるのにな」
新八が地板を型へ戻した。
「せやねん」
「ほな、この型が悪いん?」
「悪いっちゅうより、見とるもんが足りん」
「足りん?」
「これで地板の形は見られる。でも、これがどの台木にも絶対入るかまでは見とらん」
「台木も見とるやろ?」
「別々にな」
地板には地板の型があり、台木には台木を見る基準がある。どちらも、それぞれを作るには役に立っている。
だが、地板側で許しているズレと、台木側で許しているズレを合わせた時にどうなるかまでは見ていなかった。
「……良品同士でも、合うとは限らんのか」
「今、合わんかったしな」
「そういう身も蓋もない返し要らんねん」
「でも合わんやろ」
「合わんなあ」
そこは認めるしかなかった。
◇
原因が見えてきたからといって、安心している場合ではない。
明日には五十挺を納める。
問題の二挺は、地板の収まりと取付位置を見ながら必要なところだけ修正した。ただし、元々付いていた地板に合わせてしまったら意味がない。直した後は別の鉄砲から地板を持ってきて、何枚か順に取り付けた。
「入る」
「次」
「こっちも入る」
「動きは?」
「問題ない」
「次」
別の地板も入った。火蓋を開閉し、火ばさみを起こして落とす。引っ掛かりもなく、火縄が落ちる位置にも問題はない。
「良し。もう一挺」
二挺の修正そのものは、それほど大仕事ではなかった。
問題は、その後だった。
「宗次郎!」
「はい」
「次どれ?」
宗次郎が帳面を見る。
「十二と二十九です」
「持ってきて!」
十二番から地板を外し、二十九番へ付ける。
入る。
火蓋を動かし、火ばさみを落とす。
「良し。次!」
「兄上」
「何?」
「まだやるんですか?」
「やる!」
「昨日、減らすと言ってませんでした?」
「二挺出たんやぞ!」
新八まで横から口を挟んだ。
「昨日と言うとること違うやん」
「昨日の俺に言え!」
「今日のお前しかおらんけど」
「うるさい!」
昨日までなら笑って済ませられた。
だが、十二番を戻して次の鉄砲を手に取った時、俺はもう一度帳面を見た。
五十挺。
明日、その全部を善右衛門屋へ渡す。
その中に四十三番と同じものがもう一挺でも残っていれば、元の部品なら撃てる。だから、受け取った客はすぐには気づかないかもしれない。
部品を外すまでは。
壊れた地板を別の物へ替えようとした時、あるいは別の鉄砲から部品を持ってきた時、初めて入らないと分かる。
その時になって「榊屋の鉄砲は替えられるはずではなかったのか」と言われても遅い。
「次」
宗次郎が帳面を見た。
「十四と三十三」
地板を外す。
付ける。
入る。
「火蓋」
「動く」
「火ばさみ」
「問題ない」
宗次郎が印を付ける。
「次。十七と四十六」
また外す。
今度は、入れる前に地板の向きを確かめた。昨日までは何となくやっていた動作なのに、一度入らないものを見た後では、途中で止まりそうな気がして手が慎重になる。
入った。
息を吐く。
「良し」
次へ進む。
二十挺。
三十挺。
最初のうちは新八も軽口を叩いていたが、数が進むにつれて口数が減った。宗次郎も番号を読むたびに帳面へ印を付け、どの地板をどの鉄砲へ試したかを書き残していく。
四十挺を越えた頃には、工房の他の仕事が終わり始めていた。槌の音が減り、火床の一つが落とされても、俺たちの作業台には鉄砲が並んだままだった。
「四十一と五」
入る。
「四十四と二十七」
入る。
「四十八と十一」
少し手が止まった。
「どうした?」
新八が聞く。
「いや」
地板を一度戻し、向きを見直してから入れる。
収まった。
「……良し」
自分でも嫌になるくらい慎重になっていた。
昨日の俺が見たら、やりすぎだと言うだろう。
今日の俺には止められなかった。
何しろ、途中の確認を全部通った二挺が実際に出ている。明日出した鉄砲が尾張で「替えられませんでした」では済まない。
「次」
宗次郎が帳面をめくった。
「これで最後です」
最後の一組から地板を外した。
付ける。
最後まで入る。
火蓋を動かす。
火ばさみを起こし、落とす。
「……良し」
宗次郎が最後の印を付けた。
「これで五十です」
俺はしばらく帳面を見た。
「……終わった?」
「終わりました」
「ほんまに?」
「もう一回やります?」
「やらん」
即答した。
五十挺は揃った。問題の二挺も直し、確認を終えた。明日の納品には間に合う。
でも、来月も同じことをやる気はなかった。
◇
翌日、善次郎が鉄砲を受け取りに来た。
「五十、揃っとるな」
「揃えた」
「間に合ったやん」
「……間に合わせたんや」
その違いを分かれ。
善次郎は俺の顔など気にもせず、並んだ鉄砲を見ている。
「半規格のやつ、五十でもいけたんやな」
「作る方はな」
「何や、含みあるな」
「色々あったんや」
「でも五十あるやろ?」
「ある」
「ほなええやん」
商人め。
「次も五十な」
「分かっとる」
「親父は六十欲しい言うとったけど」
「帰れ」
「まだ積んでへん」
「積んだら帰れ」
善次郎は笑いながら、運び出す者たちへ声を掛けに行った。
五十挺の鉄砲が工房から出ていく。昨日あれだけ何度も外して付けた地板も、その鉄砲と一緒に善右衛門屋へ運ばれていった。
納品はできた。
だが、昨日のやり方を来月も繰り返すわけにはいかなかった。
◇
鉄砲が運び出された後、俺は作業台へ戻った。
そこには昨日使った地板の型、軸や鋲を見る当て金、台木を見るための板が残っている。宗次郎の帳面には問題が出た二挺について書き足した跡があり、何と何を交換して確認したのかもびっしりと残っていた。
「また替えるん?」
新八が来た。
「鉄砲ないやろ」
「せやった」
替えようにも、五十挺はもう善次郎が持っていった。
俺は地板の型を手に取った。
今のやり方は分かりやすい。一挺から地板を外して、別の一挺へ付ける。付けば良し、付かなければ駄目。実際に組み合わせているのだから、これ以上分かりやすい確認方法もない。
ただし、遅い。
五十挺であれなら、百挺になったら検査だけで一仕事になる。しかも確認するために完成した鉄砲をばらし、終わったら元へ戻すのだから、余計な傷や組み間違いを増やす心配まである。
「替えんでも分からんかな」
俺が言うと、新八がこちらを見た。
「何が?」
「替えられるって」
「替えんのに?」
「うん」
実際に一挺ずつ組み合わせなくても、部品を見た時点で「これはどの鉄砲にも付く」と判断できればいい。
地板が一つの決まった基準に合う。
台木側も、それと組になる決まった基準に合う。
その二つを別々に確かめるだけで、実際に組み合わせなくても合うと分かる。
そういう状態を作りたい。
考えていて、ふと手が止まった。
「……あ」
「何や」
「やっとるわ」
「何を?」
「同じこと」
俺は工房の奥へ行き、榊一番を見る時に使っている物を持ってきた。
外で作った雄ねじを確かめるための、検査用の雌側。
作った雄ねじを、実際に使う相手へ一個ずつねじ込んでいるわけではない。決めた検査用の相手へ入り、無理なく回れば榊一番として良しにしている。嘉兵衛のところへ渡した基準も、考え方は同じだった。
「ねじでやっとるやん……」
俺が言うと、新八が検査用の雌ねじを覗き込んだ。
「何で鉄砲ではやらんかったん?」
「部品多いねん!」
「知らんがな」
「ねじ一本と鉄砲一挺を一緒にすんな!」
でも、新八の言うことは正しい。
考え方は同じだった。
問題は、地板がねじほど単純ではないことだ。外形だけでは足りないし、穴の位置もある。台木へ収まる位置、軸、火ばさみが動く場所、火蓋が動く場所も見なければならない。
形が合えば終わりではない。
付いて、動いて、決めたところへ来なければならない。
「今の型やと足りん」
「さっきも言うとったな」
「うん。形を見るだけやなくて、付くかどうかまで分かるもんが要る」
「台木も?」
「そっちも」
地板だけを正しく作っても駄目だ。それを受ける側も同じ約束で作らなければ、互換にはならない。
「要するに、替えてみんでも、替えられるって分かるようにしたいんやな」
新八が言った。
「そう。それ」
「また道具増えるな」
「言うな」
増える。
間違いなく増える。
型を一枚作って終わりではない。どこを見るのかを決め、それを実際に確かめられる形にしなければならない。
だが、それができれば毎回五十挺をばらして組み替える必要はなくなる。
そこへ弥吉が通り掛かった。
「何しとるん?」
「昨日の続き」
「まだやっとんの?」
「まだやっとんねん」
俺は作業台の道具を見ながら、ため息をついた。
「そもそも、交換できるとか言わんかったら、こんな検査いらんかったんやけどな」
弥吉が足を止めた。
新八も俺を見る。
「何?」
弥吉が聞いた。
「誰が替えられるようにする言うたん?」
「俺」
「誰が一益に見せたん?」
新八が続ける。
「俺」
少し離れたところで帳面を整理していた宗次郎まで顔を上げた。
「今後の鉄砲を、この作り方にすると決めたのは?」
「俺」
嫌な流れになってきた。
親父まで来た。
「ほな誰のせいや」
「…………俺やな」
「せやな」
「分かったから全員で言うなや!」
誰も助けてくれなかった。
俺はもう一度、作業台へ向き直った。地板の型、軸と鋲の当て金、台木を見る板、榊一番の検査に使っている雌ねじ、それから宗次郎の帳面に残った二挺の記録を並べる。
次に作るものは決まった。
鉄砲を一挺ずつ替えてみなくても、替えられると分かる道具。
まずは地板と、それを受ける側から考えることにした。




