五挺とも
半規格の鉄砲が二挺できたからといって、翌日から榊屋の仕事が変わったわけではなかった。
朝になれば火を入れ、注文の品を作り、届いた材料を確かめ、出来上がった物を帳面と照らす。水車はいつも通り回り、市兵衛は旋盤の前に座り、新八は作業台で金具を見ている。俺も溜まっていた仕事を片付けながら、次の鉄砲へ手を付けた。
ただし、作り方だけは少し変わった。
台木には途中まで基準を残し、銃身を据えてから型を当てる。地板と火皿の位置を決め、火蓋の鋲と火ばさみの軸は同じ当て金で確かめる。火ばさみは動きに関わるところを揃え、弾き金は出来上がってから強さを確かめて選ぶ。最初の二挺を作るまでに決めたことを、そのまま次の一挺にも使った。
一度決めた手順を、次でも使う。それだけだった。
最初の二挺を作った時のように、一つ進むたび全員で止まって考えることもない。新八は型を使い、市兵衛は当て金に合う軸を削り、甚助は台木の基準を残したまま次の工程へ渡す。宗次郎の帳面にも作る順番はすでに書かれていて、俺が横から口を出さなくても仕事は進んだ。
そうして尾張へ納める鉄砲を作る合間に、一挺増え、もう一挺増えた。五挺目が試射を終えたところで、作業台に並んだ鉄砲を眺めながら、俺はようやく気付いた。
「……五挺あるな」
隣で帳面を見ていた宗次郎が顔を上げた。
「ありますね」
「増えたな」
「作ったので」
「もうちょい感慨とかない?」
「兄上が三挺増やしたんでしょう」
そうなんだけど。
作業台の向こうには五挺の鉄砲が並んでいる。台木の木目も形も少しずつ違えば、銃身もそれぞれ違う。銃身と尾栓は一挺ごとの組のままで、そこには手を付けていない。
けれど、地板を外せば別の一挺へ付けられる。火蓋の鋲も、火ばさみの軸も同じだ。最初の二挺を特別に合わせたわけではなく、三挺目も四挺目も五挺目も、同じ基準と型と手順で作った。
二挺だけだったものが、五挺になった。
数字にすれば、それだけの話だった。
◇
「揃った?」
数日後、善次郎が榊屋へ来た。
「揃っとるで」
「今回は早かったな」
「誰のおかげやと思っとんねん」
「職人さんら?」
「俺って言えや」
「虎松が一人で作ったん?」
「そういう意味ちゃうわ」
こいつと話していると、どうして毎回こうなるんだろう。
善次郎は笑いながら、納品予定の鉄砲を順に見ていった。数量を確かめ、添えてある帳面にも目を通す。その辺りはさすが善右衛門の息子で、俺と馬鹿なことを言い合っていても、仕事を見る時には目が変わる。
俺も横で説明していたところで、ふと思い出した。
「あ、そうや」
「何や?」
「一益殿に言われとったやつ」
善次郎が首を傾げた。
「何やったっけ」
「部品替えても使える鉄砲」
「ああ」
「できたで」
「そうか」
一度頷いた善次郎が、止まった。
「……できたん?」
「できた」
「ほんまに?」
「何で二回聞くねん」
「いや、だってあれやろ。別の鉄砲の部品付けても、そのまま使えるようにする言うてたやつやろ?」
「全部ちゃうで」
俺は先に釘を刺した。ここを曖昧にして、何でも替えられる鉄砲ができたと思われては困る。
「銃身と尾栓は一挺ごとの組や。台木も全部同じ形にはしとらん。今替えられるようにしたんは、火蓋の鋲と火ばさみの軸、それから地板やな」
「地板ごと?」
「うん」
善次郎の目が、納品用の鉄砲から作業台の奥へ動いた。
「どれ?」
「あれ」
「二挺?」
「五挺」
また止まった。
「五挺?」
「増やした」
「いつの間に」
「仕事の合間にちまちま」
「お前、そういう大事そうなこと、もうちょい大事そうに言えへんの?」
「毎日見とったら慣れんねん」
善次郎は何か言いたそうな顔をしたが、結局黙って五挺のところまで歩いていった。
俺もついていき、そのうち一挺から地板を外した。別の一挺へ持っていき、そのまま取り付ける。火蓋を開閉し、火ばさみを起こしてゆっくり落とす。途中で削ることも叩くこともしていない。
善次郎が横から覗き込んだ。
「今、合わせた?」
「何を」
「削ったり」
「しとらん」
「こっちに付けるために作った地板でもない?」
「ちゃう。この鉄砲の地板はそっち」
元の地板を指すと、善次郎はそちらと今付けた地板を見比べた。
「……他のでも?」
「この五挺ならな」
「どれとどれでも?」
「そのつもりで作っとる」
善次郎はしばらく五挺を眺めていた。鉄砲鍛冶ではないから、地板の穴がどうとか、火ばさみの腕がどうとか、そんなところを見ているわけではない。
もっと別のものを見ている顔だった。
「川尻殿に言うとくわ」
「頼む」
「これ、一挺だけたまたまできた話ちゃうんやな」
「せやから五挺作ったんや」
「次も?」
「作れる」
「十挺でも?」
「数増やすな」
「五十挺でも?」
「急に増やすな言うとるやろ」
善次郎は笑った。
その笑い方が、最近ちょっと親父に似てきた気がする。
◇
善次郎が再び榊屋へ来たのは、それから数日後だった。
俺は作業台で別の注文品を見ていた。入口から善次郎の顔が見えた瞬間、最近身についた条件反射で声を掛ける。
「今度は何挺?」
「注文ちゃうわ」
「お前ら親子が来ると最近それしか思わん」
「失礼やな。ちゃんと他の商売もしとるわ」
「知らんがな」
善次郎は勝手知ったる様子で工房へ入り、そのまま俺の前まで来た。
「川尻殿に話したで」
「おう」
「見たいそうや」
「ほな持ってく?」
「いや」
善次郎が妙に楽しそうに笑った。
「来るって」
「ここに?」
「一益様も」
「……は?」
◇
滝川一益が榊屋を訪れたのは、その二日後だった。
川尻も一緒だった。
前に来た時と同じく、一益は工房そのものを物珍しそうに眺めたりはしなかった。源兵衛と挨拶を済ませると、ほとんど真っ直ぐ五挺の鉄砲へ向かう。俺たちが何かを作ったと聞いて来たのだから、見るべき物を先に見るということらしい。
「これか」
「はい」
一益は並んだ鉄砲を端から眺めた。
「五挺あると聞いた」
「最初に二挺作りました。そのあと、同じやり方で三挺増やしました」
「全部同じ鉄砲か?」
「いえ」
俺が即答すると、一益がこちらを見た。
「同じではない?」
「銃身はそれぞれ違います。尾栓も銃身ごとの組です。台木も全部同じ形にはしてません」
「では、何が同じなんだ?」
俺は一挺を手に取った。
「替えたいところです」
一益の眉がわずかに動いた。
「火蓋の鋲、火ばさみの軸、それと地板。そこは別の鉄砲から外した物でも、そのまま付けられるようにしてます。ただ、今言うたところだけです。鉄砲丸ごと、何でも替えられるわけやありません」
「なるほど」
一益は五挺を見比べ、それから俺の持っている一挺とは離れた場所に置かれた鉄砲を指した。
「やってみせてくれ」
「はい」
地板を外そうとしたところで、一益が手を上げた。
「待て」
手を止める。
「俺が選んでもいいか?」
「もちろんです」
一益は五挺の前へ出ると、端から二挺目を指した。
「これの地板を」
次に、反対側の端を指す。
「これへ」
「分かりました」
俺は言われた通り地板を外した。隣で新八が少し身を乗り出し、宗次郎は帳面を持ったまま黙って見ている。
外した地板を指定された鉄砲へ持っていき、そのまま取り付ける。きちんと収まり、火蓋も動く。火ばさみを起こして落としても、途中で引っ掛かることはなかった。
一益は自分でも何度か動かした。
「……動くな」
「はい」
「川尻」
「はっ」
「お前も選べ」
川尻は一瞬だけ俺を見て、それから別の二挺を指した。
「では、こちらの火ばさみの軸を、これへ」
「はい」
軸を抜き、替える。こちらも無理なく入り、火ばさみは問題なく動いた。今度は火蓋の鋲を別の二挺で選ばれたが、それも同じだった。
一益は一つ一つ、俺たちが途中で削ったり、叩いたり、曲げたりしていないことを確かめるように見ていた。
「この五挺、全部の組み合わせを試したのか?」
「いえ」
「では、なぜ入ると言える?」
「同じ鉄砲に合わせて作ってないからです」
一益が俺を見る。
「同じ基準と型を使って、それぞれ別に作ってます。作ってる途中で、こっちの部品があっちに入るよう削る、みたいなことはしてません」
「つまり」
一益は今交換した軸を指先で動かした。
「五挺を互いに合わせたんじゃない」
「はい」
「同じ作り方に合わせた」
一益の言葉を頭の中で一度転がしてから、俺は頷いた。
「そうです」
一益はそれ以上何も言わなかった。
ただ、もう一度五挺を見た。
◇
見るだけでは終わらなかった。
「撃てるか?」
「撃てます」
「替えたままで?」
「はい」
地板を交換した一挺を持って試射場へ移った。最初に火皿だけで火縄の位置と発火を確かめ、それから通常通り装填する。一益と川尻が少し離れて見守る中、俺は銃口を的へ向けた。
火蓋を開き、火縄を挟んで構える。引金を引くと、火縄が火皿へ落ち、直後に轟音と白煙が広がった。
煙が薄れるのを待ってから、一益が近づいてくる。
「撃てたな」
「はい」
「次も作れるか?」
「作れます」
「十挺でも?」
「作れます」
「五十挺なら?」
善次郎の顔が頭に浮かんだ。
お前ら、何でみんな五の次が五十なんだ。
「時間は要ります」
「作れない?」
「いえ」
俺は首を振った。
「作れます」
一益が小さく頷いた。
撃ち終えた鉄砲を俺から受け取ると、地板の辺りを眺め、火蓋と火ばさみをもう一度動かした。それから銃身へ視線を移す。
「銃身は替えないんだったな」
「はい。尾栓と一組です」
「そこまで同じにするつもりは?」
少しだけ間が空いた。
「今は、ありません」
できたらいいとは思う。
むしろ最初は、そこまでやるつもりだった。
けれど銃身と尾栓は、火薬が燃えた力を直接受ける。形が合えばいいという物ではない。今の榊屋で、別々に作った物を何も確かめず安全に組み替えられるところまで持っていくには、まだ足りないものが多すぎた。
「今できるところからです」
「それでいい」
一益はあっさり言った。
それから鉄砲を俺へ返すと、少し考えてから続けた。
「本当なら、一度尾張へ来てもらいたいんだがな」
思わず一益を見た。
「俺がですか?」
「お前が作り方を一番知っているんだろう」
「まあ……はい」
「だが、今はやめておけ」
話が逆へ曲がった。
「……何かあるんですか?」
一益と川尻が一瞬だけ顔を見合わせた。
「何かしかない」
思わず黙った。
一益は少し苦笑している。
「去年から身内が揉めている。北にも面倒なのが残っている。堺の職人を連れて歩くには、少し落ち着かん」
それだけ聞けば十分だった。
尾張。織田家。身内の争い。北に残る別の勢力。頭の奥で、前の人生で覚えた名前や出来事が久しぶりに動き始める。
そうか。まだ、そこなのか。
工房を広げ、水車を回し、旋盤を作り、ネジを切って、穴の位置だの火皿の位置だのに何か月も頭を抱えているうちに、この時代の大きな流れを考えることはずいぶん減っていた。
織田信長は、まだ尾張すら完全にはまとめていない。
俺が知っている織田信長は、もっと後の人間だ。尾張をまとめ、美濃へ出て、さらにその先へ進んでいく。けれど今の尾張では、その入口にすらまだ立ち切っていない。
「落ち着いたら、また声をかける」
一益の言葉で意識を戻した。
「分かりました」
今は、それでよかった。
尾張のことを考えたところで、俺にできることはない。それより榊屋には、今日の仕事と明日の注文がある。
◇
「この四挺は持っていく」
一益が言った。
「四挺?」
「一挺は置いておけ」
一益が残った一挺を指す。
「次も同じ物を作るんだろう。見本まで持っていってどうする」
「……確かに」
言われてみれば、その通りだった。
型も当て金もある。作る手順も帳面に残している。それでも完成した一挺が手元にある意味は大きい。寸法だけでは分からない動きや収まりを確かめる時、戻る先が一つあるだけで違う。
「じゃあ四挺、お願いします」
「困らないのか?」
「売り物なんで、銭もらえるなら」
川尻が俺を見た。
「そこなのか」
「鍛冶屋なんで」
一益が笑った。
四挺はそのまま尾張へ持っていかれることになり、宗次郎が数量を帳面へ記し直した。善次郎は代金の話を詰め、俺は残す一挺を作業台の端へ移す。四挺がなくなっただけで、さっきまで狭かった台の上が急に広くなった。
一益は帰る前に、その残った一挺をもう一度手に取った。
「次からも、この作り方で作れるか?」
「できます」
「なら、そうしてくれ」
短い言葉だった。
けれど、その一言で数か月かけて作ったものの意味が変わった。
試しに二挺作った鉄砲ではない。五挺作れたから終わりでもない。次も作る。その次も作る。特に別の注文がなければ、榊屋から出す鉄砲そのものを、この作り方へ変えていくことになる。
一益と川尻が帰ったあと、善次郎だけが少し残った。
「虎松」
「何?」
「次から全部あれにするん?」
「たぶんな」
「何挺作れる?」
「お前までそれ聞くんか」
「商売やからな」
善次郎は、さっきまで五挺が並んでいた場所を見る。今は一挺だけが残っていた。
「ほな、次は五挺やなくてええな」
嫌な予感がした。
「何挺欲しいねん」
「まだ決めてへん」
「決めてから喋れや」
善次郎は笑いながら帰っていった。
俺は広くなった作業台の前に残り、見本として置いた一挺を手に取った。その横には、地板の位置を決める型と、鋲や軸を確かめる当て金が並んでいる。
四挺は尾張へ行った。
一挺は榊屋に残った。
そして次を作るための道具と手順も、全部ここに残っていた。




