同じように作れ
二挺作る。同じ見本を使い、作る人を分け、途中で互いに合わせない。
宗次郎の帳面にそこまで書かれた翌日、俺は工房の作業台を二つ空けてもらった。
「こっちと、こっち」
「何が?」
新八が聞く。
「二挺分。なるべく分けて作る」
完全に二組へ分けるつもりはない。台木を作る甚助も、旋盤を扱う市兵衛も一人しかいないし、普通の仕事まで止めるわけにもいかない。
確かめたいのは、同じ人間が二挺作れば似た物ができるかではない。同じ見本と、同じ型と、同じ決まりを渡した時、別々に作っても必要なところが揃うかどうかだ。
「向こうのやつ見ながら直したらあかんで」
「隣にあるやん」
「見るんはええ。合わせるな」
新八が眉を寄せた。
「難しいこと言うなあ」
「……俺も今思った」
隠した方がいいのかとも考えたが、そこまでする必要はない。工房の中なのだから互いの仕事は見えるし、話もする。
駄目なのは、片方で出来た物をもう片方へ持っていき、「こっちと同じになるまで削ろう」とやることだ。二挺が見るのは互いではなく、同じ見本でなければならない。
「まあ、やってみよ」
「またそれ?」
「やらな分からんやろ」
「親父と同じこと言うようになったな」
「……それはちょっと嬉しいな」
「言わんかったらよかった」
「何でや!」
◇
最初に止まったのは甚助だった。
まだろくに始まっていない。
「虎松」
「何?」
「これ、どう置くん?」
甚助が手にしているのは、地板の取り付け位置を決めるために作った薄い板だった。
台木には、前に甚助と決めた基準になるところがある。そこから型を使えば、二本とも同じ位置へ地板を取り付けられる。そのつもりだった。
「基準に合わせて」
「せやから、どうやって?」
「どうって……」
甚助は一本目の台木へ型を置いた。
「こう?」
「うん」
「ほな、こうでもええ?」
少し動かして置き直す。
「いや、それずれとるやん」
「何から?」
「何からって、基準から」
「ここ、基準に当たっとるで」
見ると、確かに当たっている。
「ほな、こっちは?」
甚助が型を少し傾けた。これも一部は基準へ当たっているので、俺が言った「基準に合わせる」から外れてはいない。
「いや、それは……あかん」
「何で?」
言葉が出なかった。
俺の頭の中には正しい置き方がある。だが、その置き方を甚助へ伝えていなかった。
「お前が置いてみ」
甚助に言われ、俺は型を受け取った。
「こうや。こっちの端を、ここにぴったり当てて……」
「それ言うてへんやろ」
「…………」
「ほな俺、間違うても知らんで」
ぐうの音も出ない。
同じ型を渡した。基準も決めた。それで十分だと思っていたが、型の使い方まで同じでなければ、同じ位置は出ない。
「……同じ道具渡しただけじゃあかんのか」
「当たり前やろ。道具が勝手に置かれるんか」
「それ榊一番の時に言うてくれへん?」
「知らんがな」
冷たい。
横で見ていた新八が、俺から型を取った。
「ほな、ここ動かんようにしたらええんちゃう?」
「どうやって?」
「ちょっと貸して」
新八は薄い木片を持ってくると、型の端から少しだけ出っ張るように取り付けた。
「ここに付けたら?」
甚助が台木へ置いてみると、出っ張った木片が基準の端へ当たり、それ以上は動かない。
一度外して、もう一度置く。同じところで止まったので、今度は俺がやってみたが、やはり同じ位置へ収まった。
「甚助、別の方にも置いて」
「はいはい」
二本目の台木でも結果は同じだった。置く人間を替えても、木片を基準へ当てるだけで型の位置が決まる。
「これでええ?」
新八が聞く。
「ええ。むしろ、こっちの方がええ」
「何で?」
「置き方考えんでええから」
甚助も型を触りながら頷いた。
「楽でええな」
「そういうこと」
物差しを当てて毎回同じ位置を探すより、置けば止まる方が間違いにくい。
新八は何でもないような顔で、自分が付けた小さな木片を指で押している。
「新八」
「何?」
「それ、外れんようにしといて」
「分かった」
名前を付けるほどでもない。
使えればいい。
◇
次は市兵衛のところへ行った。
「これと同じ太さで四本ほしい」
火蓋の鋲と火ばさみの軸に使う分だ。
市兵衛は俺から当て金を受け取った。
「長さは?」
「火蓋の方はこれ。火ばさみはこっち」
「二本ずつ?」
「うん」
「いつまで?」
「できたら今日」
「分かった」
それだけ言って、市兵衛は旋盤の方へ向かった。
俺がその背中を見ていると、新八が横から覗き込んだ。
「何?」
「いや。普通に作りに行ったな思て」
「作る道具やろ?」
「……せやな」
その通りだった。
同じ太さの丸い物を何本か作りたい。それだけ言えば、市兵衛は当て金を持って旋盤へ向かう。
「楽やな」
「何が?」
「何でもない」
仕事へ戻った。
◇
問題が出たのは、二枚の地板を作り始めてからだった。
同じ見本を使う。同じ型を使う。穴の位置も同じ基準から取る。ここまで揃えたのだから、今度こそ大丈夫だと思っていた。
「虎松」
「何?」
「ここ、落としてええ?」
一方を作っていた職人が、地板の端にある角を指した。
「え?」
「いつもここ少し落とすやろ」
「ああ……ちょっと待って」
もう一方の地板を見に行くと、そちらはすでに角が落としてあった。しかも単に角を丸めただけではなく、端の幅も見本よりわずかに細くなっている。
「何でここ落とした?」
「何でって、いつもそうしとるから。このままやったら角立っとるやろ」
「見本は?」
「見たで」
「見本、ここ残っとるやろ」
「せやけど、仕上げる時に落とすとこやろ?」
最初の職人のところへ戻ると、こちらは角を残したままだった。端の幅も見本に近いが、槌で整えた跡が少し残っている。
「そっちは何で聞いたん?」
「見本に残っとったから。残すんかな思て」
二枚を並べてみる。
一方は端が少し細く、角が丸い。もう一方は角が残り、外形もわずかに広い。表面の仕上げ方にも違いがあり、少し離れて見ても同じ形には見えなかった。
どちらも、おかしな仕事をしたわけではない。
一人は普段なら角を落とすから落とした。もう一人は、見本に残っているから勝手に落とさなかった。
同じ見本を見せ、同じ道具を渡しても、書いていないところはそれぞれが自分の仕事のやり方で埋める。
「……見本だけでもあかんのか」
「何が?」
「いや、こっちの話」
前世でも似たようなことは何度もあった。図面に書いてある、書いていない、普通はこうする、いやその普通は誰の普通だと揉める。
思い出すだけで嫌になる。
「弥吉!」
「嫌や!」
「まだ何も言うてへんやろ!」
「面倒そうやから」
「見るだけでええ!」
しばらくして、嫌そうな顔の弥吉が来た。
◇
二枚の地板を並べて見せる。
「どっちがええ?」
弥吉は両方を手に取り、角度を変えながら少し眺めた。
「どっちでもええ」
「何で?」
「ここ何も当たらんやろ」
さっき違いが出た角を指す。
「落ちとっても残っとっても?」
「これくらいならな」
「端の幅も違うで?」
「そこに何か付くん?」
「付かん」
「ほな、ええやん」
腹が立つくらい単純だった。
弥吉は二枚を作業台へ戻すと、今度は火ばさみ側の縁を指した。
「でも、ここは違ったらあかんやろ」
「何で?」
「火ばさみ動かしたら、ここ寄るやん」
部品を重ねてみると、確かに近い。ここが張り出せば、片方だけ動きが重くなるかもしれない。
「あと、この穴」
「軸の?」
「うん。こっちの穴と離れ方違ったら、同じ軸入っても火ばさみの場所変わるやろ」
俺は二枚を重ねて光へ透かした。
外周はぴったり合わない。片方の角は丸く、もう片方は少し張り出しているので、縁から細く光が見える。
だが、型から写した穴はほぼ重なっていた。
外形が違うからといって、全部が失敗したわけではない。
「弥吉、他は?」
「何が?」
「違ったら困るとこ」
「自分で見ろや」
「教えてくれてもええやろ!」
「俺、仕事あるんやけど」
「俺もあるわ!」
「ほな仕事せえ」
正論で殴られた。
それでも弥吉はすぐには戻らず、二枚の地板をもう一度見比べて、いくつか指を差した。
「ここは当たる。ここは軸近い。こっちの端は別にええ」
「待って、書くから」
「遅い」
「親父と同じこと言うな!」
◇
弥吉が戻ったあと、俺と新八で見本に印を付けていった。形そのものを変えるのではなく、ここは合わせる、この穴はずらさない、この外形は多少違っても構わないと、守る場所を分けていく。
「こっちは?」
「弥吉が当たる言うてたから合わせる」
「角は?」
「そのままでええ。落としても残しても、動きに関係ないなら任せる」
これまでは、見本を渡せば見た通りに作ってくれると思っていた。だが職人は見本を写すだけではなく、普段の作り方や自分の経験を使って仕事をする。必要だと思えば削るし、必要がないと思えば残す。
なら、こちらも「全部この通り」ではなく、何を守ってほしいのかを示した方がいい。
「兄上」
また後ろから声がした。
「最近よく来るな、お前」
「同じ工房にいますから」
宗次郎が帳面を持っている。
「それも書くんですか?」
「……書いた方がええ?」
「次も作るんでしょう?」
「はい」
「では?」
「書きます」
最近、この流れが多い。
「ここは絶対合わせる。ここは多少違ってもええ」
「多少って、どのくらいです?」
「…………」
宗次郎を見る。
「何です?」
「お前、嫌なとこ突くな」
「書くんでしょう?」
「今は『多少』でええ!」
「では、そのまま書きますよ」
「待って。それはそれで嫌や」
また仕事が増えた。
◇
地板作りを再開した。
今度は、同じ見本と同じ型だけではない。どこを揃えるのかも伝え、型は新八が付けた止まりを基準へ当てて置く。穴はそこから写し、外形のうち部品の動きに関わるところは見本へ合わせるが、関係しないところまで無理に追い込まない。
出来上がった二枚を並べると、やはり同じには見えなかった。
一枚は端の角が少し丸く、もう一枚は角が立っている。端の幅にもわずかな違いがあり、鑢の跡まで見れば、別の人間が作ったことはすぐ分かる。
そこで二枚を重ねてみると、輪郭からはところどころ下の地板が覗いた。
だが、火蓋の鋲を通す穴へ一本の鋲を差し込むと、二枚はそこで重なった。もう一つ、火ばさみの軸を通す穴にも細い棒を通してみる。こちらも入った。
二本を通せば、二枚の地板はその位置でほとんど動かなくなる。
外周は違う。
角も違う。
仕上げ方も違う。
それでも、揃えたい穴同士の位置は揃っている。
「違うで?」
新八が二枚の縁を指した。
「うん」
「ええの?」
「そこはな」
俺は火蓋の鋲を抜き、二枚を離した。
「違ってええとこや」
「やっと分かったん?」
後ろから弥吉の声がした。
「お前は腹立つなあ!」
◇
二挺はまだ完成していない。
だが、火蓋を取り付けられるところまで来ると、我慢できなくなった。
「宗次郎」
「何です?」
「帳面持ってきて」
「何するんです?」
「試す」
「最後にやるんちゃうんですか?」
「一個くらいええやろ」
「兄上」
「途中検査や」
宗次郎が俺を見る。
「今作りましたね、その言葉」
「前からある!」
「どこに?」
「俺の中に!」
「便利ですね」
うるさい。
それでも宗次郎は帳面を持ってきた。
二挺分の火蓋を並べ、市兵衛が作った鋲も二本置く。
「俺がやる?」
「兄上が触らない方がいいんでしょう?」
「……そうでした」
自分で決めたことだった。
宗次郎が一方の鋲を抜き、それをもう一方へ持っていく。押し込まず、叩かず、そのまま差すと、鋲は穴へ入った。
「動かしますよ」
「うん」
宗次郎が火蓋を開き、閉じる。何度か繰り返しても、途中で引っ掛かる様子はない。
「どう?」
「普通です」
「ほな次」
もう一方の鋲を抜き、最初の方へ入れる。
こちらもそのまま入った。
宗次郎が火蓋を動かす。開く。閉じる。こちらも問題ない。
「良しでええんです?」
「うん」
「何て書きます?」
「火蓋の鋲……交換できた」
「そのまま?」
「そのままでええ」
宗次郎が帳面へ書いた。
『火蓋鋲 交換できた』
「ほな次、火ばさみの軸」
俺が手を伸ばすと、宗次郎が帳面を閉じた。
「今日はここまでです」
「何でや!」
「兄上、普通の仕事残ってます」
「これも仕事やろ!」
「自分で言いましたね」
「…………」
「戻ってください」
「……はい」
仕方なく自分の仕事へ戻ったが、宗次郎の帳面には『火蓋鋲 交換できた』の一行が残った。
二挺の間を、初めて一つの部品がそのまま行き来した。




