半分だけ同じ
全部が同じ鉄砲を作るのは、やめた。
銃身と尾栓は今まで通り一挺ごとに組み合わせる。台木も一本ずつ木の癖を見ながら甚助に作ってもらうし、形まで完全に揃えるつもりはない。
その代わり、火蓋を支える鋲や火ばさみの軸といった、いくつかの部品だけは二挺で同じにする。片方から外した物を、削らず、叩かず、もう片方へそのまま付ける。地板もできればそこへ加えたい。
そして、付くだけでは駄目だ。火蓋なら開け閉めできる。火ばさみなら決めた通りに動く。片方から持ってきた部品でも、元から付いていた時と同じように働くところまで確認する。
それができたら、今回の二挺は成功とする。
全部ではない。半分ですらないかもしれないが、俺の中ではもう名前が決まっていた。
「半分だけ同じ鉄砲や」
「何が半分なん?」
隣にいた新八が聞いた。
「気分」
「適当やな」
「分かりやすかったらええねん」
実際、割合を数えれば半分も同じではないだろう。だが「全部同じにしない」という意味では、俺にはそれくらいがちょうどよかった。
そこへ辿り着くまでに、思ったより時間がかかった。
◇
ここ数日、俺と新八は暇を見つけては二枚の地板を触っていた。
源兵衛に教わった通り、まずゆっくり動かして、どこから重くなるのかを探る。重さが変わったところで何と何が近づいているのかを見て、それでも分からなければ一度外し、擦れた跡を探す。
最初のうちは、源兵衛が触ればすぐ分かることを、俺たちは何度も動かしてようやく見つけていた。
「遅いな」
「十年後見とけ」
「俺がやった方が早いやん」
「それを言うな!」
腹は立つが、事実なので余計に腹が立つ。
それでも繰り返しているうちに、俺たちなりの見方はできてきた。最初から重いのか、途中から重くなるのか。擦れた跡があるのか。必要なところまできちんと動くのか。源兵衛の指先ほど速くはなくても、順番に確認すれば俺や新八でも原因へ近づける。
そこで、ようやく次へ進むことにした。
「ほな、作ろか」
「何を?」
「鉄砲」
「どんな?」
「鉄砲」
「どんな鉄砲?」
「…………」
俺は黙った。
新八も黙って俺を見ている。
「……ちょっと待って」
「決まってへんの?」
「今決める」
「作る言うたやん」
「作る前に決めるんや!」
「成長したな」
「やかましい」
危なかった。何となく二挺作り始めて、完成してから「どこが同じなら成功なんや」と悩むところだった。
そこで作業台を空け、一挺分の部品を並べた。
銃身、台木、地板、火蓋、火ばさみ、引金。それらを留めたり、動かしたりする鋲や軸。そのほかにも細かな金具がある。
一益から言われたのは、片方から外した物を、もう片方へそのまま付けられる鉄砲だった。
最初に聞いた時、俺は勝手に「全部同じ鉄砲」を想像した。どの部品を外しても、別の鉄砲へそのまま付く。前世なら珍しくもない工業製品の姿だ。
だが、そのためには部品だけではなく穴の位置も揃えなければならなかった。穴の位置を揃えるには基準が必要で、同じ位置に同じ部品を付けても、今度は動きまで同じになるとは限らなかった。
なら、最初から全部を狙う必要はない。
今回の目的は、完成された規格銃を作ることではない。別々に作った二挺の間で、決めた部品が本当に交換できるのかを確かめることだ。
「まず、これ」
俺は銃身を指した。
「これは今まで通り」
近くで仕事をしていた源兵衛が顔を上げた。
「何で?」
「怖いから」
「正解」
即答だった。
銃身と尾栓は一挺ごとの組として扱う。ネジを揃える方法が分かったからといって、火薬が燃える場所までいきなり交換できるようにする気はない。ここは失敗した時の意味が違う。
「次、台木」
俺は甚助を見る。
「全部同じにするんは?」
「嫌や」
「早いな!」
「前も言うたやろ」
「聞いただけや」
台木も一本ずつ作る。木目も違えば反りもあるので、外形全部を同じにするために甚助の手間を増やす意味はない。
ただし、地板を取り付ける場所だけは揃える。甚助が作った基準から位置を決め、二挺とも同じところへ地板が付くようにする。
「ほな、替えるんは?」
新八に聞かれ、俺は作業台から一本の鋲を取った。
「まずこれ。火蓋の鋲」
同じ太さ、同じ長さで作り、受ける穴も揃える。片方から抜いた鋲が、もう片方へそのまま入るか試すには分かりやすい。
紙へ『火蓋の鋲』と書き、次に火ばさみのところを見る。
「こっちの軸もやる」
「動くとこやろ?」
「せやからや。入るだけやなくて、替えたあともちゃんと動くか見る」
同じ軸が両方へ入ったとしても、片方で火ばさみの動きが重くなれば成功とはしない。源兵衛から教わったばかりの「入ることと、働くことは違う」を、そのまま試せる。
俺は『火ばさみの軸』と書き足した。
最後に地板を見る。
昨日までに作った二枚は、同じ基準から外形と穴位置を決めるところまで来ている。なら、こいつも二挺の間で入れ替えてみたい。
「地板もやる」
「替えるん?」
「やってみる。ただし、これはできたらや」
「何で?」
「地板まで替えるとな、中に付くもんとの関係が一気に増えるやろ。これ失敗したからって、鋲と軸まで失敗にしたくない」
「ああ」
今回何を確かめるのかを先に分けておけば、一つ失敗しただけで全部が分からなくなることもない。
俺は紙に三つ並べた。
『火蓋の鋲 必ず』
『火ばさみの軸 必ず』
『地板 できれば』
新八が横から覗き込む。
「地板だけ弱いな」
「欲張った分や」
「失敗してもええ?」
「ええ。その代わり、何であかんかったか残す」
新八は頷いた。
これで今回の成功条件ははっきりした。火蓋の鋲と火ばさみの軸は、二挺の間で入れ替えてもそのまま使えること。地板はそこまで行けば大成功だが、駄目でも二挺とも同じ位置へ取り付けられるところまでは持っていく。
銃身と尾栓は一挺ごと。台木も一挺ごと。ただし、地板の取り付け部分だけは揃える。
「これなら分かるやろ」
俺が言うと、甚助が紙を見た。
「俺は地板付けるとこだけ同じにしたらええんやろ」
「そう」
「最初からそう言えや」
「今決まったんや!」
甚助は呆れた顔で自分の仕事へ戻った。
◇
源兵衛も紙を覗き込んだ。
「二つ?」
「地板入れたら三つ」
「地板は『できれば』やろ」
「細かいな!」
「一益殿、怒らへん?」
「怒られたら増やす」
「雑やな」
「できんもんをできる言う方があかんやろ」
源兵衛は少し考えてから頷いた。
「そらそうやな」
一益は最初から「全部」とは言っていなかった。
一挺でも二挺でもいい。片方から外した物を、もう片方へそのまま付けられる。そんな鉄砲が作れるようになったら知らせてくれ。
なら、まず二つでいい。
片方から火蓋の鋲を抜いて、もう片方へ入れる。削らない。叩かない。それで火蓋が普通に動けば一つ成功。
次に火ばさみの軸を交換する。同じようにそのまま入り、火ばさみが決めた通りに動けば二つ目も成功。
地板まで交換できれば、その先へ進む。
そこまで決めてしまうと、「二挺作る」という言葉がようやく具体的な仕事になった。
「兄上」
背後から声がした。
嫌な予感がした。
振り返ると、宗次郎が帳面を持って立っていた。
「何?」
「それ、いつまでやるんです?」
「できるまで」
「答えになってません」
「……何で?」
「仕事止めるんですか?」
「止めへんよ」
「誰が作るんです?」
「みんなで」
「何人です?」
「……何人やろ」
「材料は?」
「あるやつで」
「足ります?」
「……調べます」
宗次郎はため息をついた。
怖い。
こいつ最近、善次郎とは別の意味で怖い。
「何挺作るんです?」
「二挺」
これはすぐ答えられた。一挺だけでは、交換できるか試せない。
「二挺ですね。誰が作るんです?」
「それは……」
言いかけて、止まった。
同じ人間が二挺作っても、部品が交換できれば一応は成功だ。だが、弥吉が二挺とも作り、弥吉の手癖で揃っただけなら、弥吉がいなくなった瞬間に同じ物を作れなくなる。
「分ける」
「何を?」
「作る人。二挺、できるだけ別の人間で作る」
「何でそんな面倒なことするんです?」
「同じ人が二挺作ったら、その人が上手いだけかもしれんやろ」
「ああ」
宗次郎はあっさり納得した。新八も横で頷いている。
「ほな俺、片方?」
「そうしよか。もう片方は……」
「兄上」
「何?」
「それ、どっちが一挺目なんです?」
「え?」
「一挺目を作って、それ見ながら二挺目を作るんですか?」
俺は宗次郎を見る。
「いや……」
「片方を見ながらもう片方作ったら、同じ見本から作れたか分からんのでしょう?」
「…………」
「違います?」
こいつ。
「宗次郎」
「はい」
「お前、たまに怖いな」
「何がです?」
本人に自覚がない。
だが、その通りだった。
一挺目を完成させ、それを横へ置いて二挺目を合わせたのでは、結局は完成品を見本にしただけだ。
二挺とも同じ見本を見る。
同じ型を使う。
同じ決まりで作る。
途中で互いの出来を見て合わせない。
「一挺目、二挺目って考えん方がええな」
「二挺同時?」
「うん。同じ見本と同じ決まりから、別々に二挺作る」
宗次郎は帳面へ書き始めた。
「途中で互いに合わせない、と」
「それも書くん?」
「決まりなんでしょう?」
「……はい」
最近、俺が何か言うと記録される。
迂闊なことを言えなくなってきた。
「ほな宗次郎、もう一個頼むわ」
「何です?」
「最後の入れ替え、お前が見て」
宗次郎の筆が止まった。
「私が?」
「うん。作ったやつが自分で見たら、ちょっと固いくらい押し込んだり、ここだけ削ったら入るとか言い出すかもしれん」
「兄上が一番やりそうですね」
「何で俺を見る」
「今までを考えれば」
反論しづらい。
「見るのは難しくない。片方から外して、もう片方へそのまま付くか。削ったら駄目、叩いて入れても駄目。火蓋の鋲なら、替えたあとに火蓋が普通に動くかまで見る」
「火ばさみの軸も?」
「同じ。入って、動くところまで」
「地板は?」
「できたら入れ替える。入らんかったら、入らんかったでええ。どこが合わんかったか書いといて」
宗次郎は少し考えてから帳面へ目を落とした。
「私が良し悪しを決めるんですか?」
「いや。分からん動きが出たら親父に回す。お前には、決めた通りに試して、その結果をそのまま書いてほしい」
「ああ。それなら」
宗次郎は頷いた。
これなら役割もはっきりしている。
宗次郎に鉄砲の出来を判断させるわけではない。俺たちが決めた条件で入れ替えを行い、何をしたらどうなったかを帳面に残してもらう。
作った本人が途中で手を加えないようにする意味でも、その方がいい。
「じゃあ書いときます」
「何を?」
「交換の決まりです」
「もう?」
「忘れるんでしょう?」
「忘れへんわ!」
「では兄上が覚えていて、私が書いておきます」
「それ何も変わってへんやろ」
宗次郎は返事をせず、帳面へ書き始めた。
◇
夕方には、俺の紙に書いた内容が宗次郎の帳面へ移っていた。
『二挺作る』
『同じ見本を使う』
『作る人を分ける』
『途中で互いに合わせない』
『最後に部品を入れ替える』
その下には、今回の成功条件がある。
『火蓋の鋲 交換して使える』
『火ばさみの軸 交換して動く』
『地板 できれば交換』
さらに、
『銃身・尾栓 一挺ごと』
『台木 一挺ごと。ただし地板取付部は揃える』
交換するときは削らない。叩いて入れない。分からない動きがあれば源兵衛に見せる。
これなら、作っている途中で目標を勝手に増やすことも減るだろうし、最後に何を確かめればいいのかも分かる。
「兄上」
「何?」
「納期は?」
「……いる?」
「仕事でしょう?」
「実験や」
「工房使うんでしょう?」
「はい」
「材料使うんでしょう?」
「はい」
「人も使うんでしょう?」
「……はい」
「では?」
「仕事です」
宗次郎は帳面を開いたまま、俺を見た。
「いつまで?」
「ちょっと待って」
「兄上」
「今決めるから!」




