地板を揃える
ある程度書き終わったものを後からまとめて投稿していたんですが、1話まるまる抜けてました。
やっちまった…。
翌朝、俺は二枚の地板を作業台に並べていた。
昨日までなら、たぶん最初に形を見比べていた。こっちの方が少し長いとか、端の丸みが違うとか、穴の場所がずれているとか、目についた違いを片っ端から拾っていただろう。
今日は違う。
「……こいつ、どこから見たらええ?」
「またそれ?」
隣にいた新八が、心底嫌そうな顔をした。
「大事なんや!」
「昨日ずっとそれやっとったやん」
「昨日やったから、大事なんが分かったんやろ」
俺は二枚の地板を手に取り、重ねてみた。当然、ぴたりとは合わない。端から少しずつ輪郭が覗き、片方の穴から向こうを見ても、もう片方の穴はわずかにずれている。
だが、昨日までとは見え方が違った。
形が違う。穴の位置も違う。だから失敗なのではない。この二枚は、最初から互いに同じ物として作られていないだけだ。
「これ、昨日の台木と一緒やな」
「どこが?」
「今あるやつ直すんちゃう。次作るやつを、最初から揃える」
「ああ」
新八はあっさり頷いた。
「昨日も言うたやろ」
「俺がな」
「俺や」
「覚えとるわ」
最近、新八が妙に自分の手柄を主張する。
まあ、実際そうなのだから仕方がない。
◇
地板を眺めながら考えていると、昨日とは別のことが気になってきた。
今まで俺は、地板も交換したい部品の一つとして見ていた。鋲があり、軸があり、火ばさみがあり、引金があり、その中に地板もある。どれも同じように「揃えたい部品」の一つだと思っていた。
だが、実際にばらした物を作業台へ並べてみると、少し違う。
「新八」
「何?」
「こいつ、一個の部品として考えん方がええかもしれん」
「部品やろ?」
「部品なんやけどな」
俺は地板を置き、その周りに外してあったカラクリの部品を並べた。
「こいつには、他のもんが付くやろ」
「うん」
「ほな、こいつの形と穴が揃っとったら、その上に付くもんの場所もまとめて決められるんちゃうか?」
新八は地板を手に取り、裏返して眺めた。しばらく穴の位置を目で追った後、今度は台木へ目を向ける。
「一個ずつ台木に合わせんでええ?」
「そう。それや」
昨日、甚助は台木に一つの基準を作った。そこから型を当て、必要な場所を決めた。同じことを、今度は金物の側でやればいい。
地板そのものを一つの土台として揃えてしまう。そこに開ける穴の場所を揃え、その穴を使う部品も揃える。台木側は、まず地板が付くところを揃えればいい。
そうすれば、小さな部品一つ一つを台木へ直接合わせるより、ずっと話が簡単になる。
「……こいつからやな」
「決まり?」
「まだ候補」
「慎重になったな」
「成長した言え」
「何日で?」
「もうその話ええやろ!」
◇
問題は、どうやって同じ地板を作るかだった。
俺は二枚をもう一度重ねてみた。外形が違う。穴の位置も違う。なら、まず一枚だけ「これ」という物を決めればいい。
「見本作ろう」
「これ使わんの?」
新八が今ある地板を指した。
「使ってもええけど、どうせなら次の形決めたい。今ある二枚のええとこ見て、一枚作る」
「ほんで、それ見ながら次も作る?」
「うん」
言ってから、少し考えた。
ネジの時も似たようなことをした。弥吉が作った基準になるネジがあり、それを元に道具を作った。出来上がった物を調べる時には、また別の見本を使った。
同じ物を作るための基準と、出来上がった物が良いか確かめる基準。役目が違う物を一つで済ませない方がいい。
「……いや、二つ要るな」
「何が?」
「作る時に使うやつと、出来た後に見るやつ」
「何で?」
「同じ一枚ずっと使っとったら、減った時に全部ずれる」
新八は少し考えてから頷いた。
「ネジの時みたいになるんか」
「そういうこと」
「ほな最初から二枚作ったら?」
俺は新八を見る。
「……お前、ほんま慣れてきたな」
「何が?」
「何でもない」
俺が始めたはずなのに、最近こいつらが普通に先を言う。
悪くない。
むしろ、それでいい。
◇
では、何を同じにするのか。
ここでまた、全部同じという罠に入るところだった。
俺は紙を出し、地板を見ながら必要なものを書いていく。台木へ付く場所。鋲や軸が通る穴。カラクリの部品が付く場所。それぞれの位置関係。
逆に、働きに関係しない細かな形まで、今すぐ完全に揃える必要はない。昨日、台木で散々やった話だった。
「要るとこだけ揃える」
俺が言うと、近くで別の仕事をしていた弥吉が振り返った。
「最近そればっかりやな」
「全部揃えようとしたら死ぬって分かったからな」
「死にはせんやろ」
「心が死ぬ」
「ほな、やめとき」
軽い。
だが正しい。
「弥吉、ちょっと手ぇ貸して」
「嫌や」
「何でや!」
「面倒そうやから」
「甚助と同じこと言うな!」
最近、榊屋の職人が俺に冷たい。
結局、弥吉も来た。
◇
外形をどう揃えるか考えていると、新八が昨日使った薄い板を持ってきた。
「これ使えん?」
「どれ?」
「昨日、穴の場所写そうとしたやつ」
俺は受け取った。
昨日は、これをどこへ置けばいいのか分からなかった。同じ型を使っても、置く場所が違えば穴の場所も変わる。結局、型より先に基準が要るというところまで戻された。
だが今は違う。
地板側に最初の場所を決める。そこへ型を合わせればいい。
「……いけるな」
「やろ?」
「外の形も、穴の場所も、この板に残しといたらええ」
「ほんで、次もここに合わせる」
「そう」
新八が自分で板を地板へ当て、位置を確かめ始めた。端をどこへ合わせるかを決め、ずれないよう指で押さえながら穴の位置を拾っていく。
俺はしばらく黙ってそれを見ていた。
「何?」
「いや」
「何やねん」
「お前、それもう自分で作れるやん」
「何を?」
「治具」
「何やそれ」
「……何でもない」
新八は首を傾げたが、そのまま作業を続けた。
前世の言葉を教えたところで意味はない。名前なんて知らなくても、必要なものを自分で考えて作れるなら、その方がずっと強い。
俺がいちいち「次はこれを作れ」と言わなくても、困ったことに合わせて道具を考える人間が増えている。
それこそ、俺が欲しかったものだった。
◇
最初の二枚は、別々に作ることにした。
同じ人間が続けて作ってしまえば、その人の手癖で揃っただけかもしれない。一枚は新八、もう一枚は弥吉。使う見本と、穴の位置を示す型は同じにする。
「何で俺?」
弥吉が言った。
「腕ええから」
「珍しく素直やな」
「ただし勝手に直すなよ」
「褒めたんちゃうんか」
「今は腕で合わせられたら困るんや」
弥吉は不満そうな顔をした。
そこが難しい。
弥吉なら、少しくらい違っても途中で気付き、自分の感覚で合わせてしまう。普段ならありがたいし、それで品物が良くなるなら何の文句もない。
今日は困る。
「見本と型の通り作って。合わんと思っても勝手に変えんといて」
「変やと思っても?」
「言うてくれ。直すんはその後」
「面倒やな」
「頼むわ」
弥吉は渋々頷いた。
こういう試験では、上手すぎる職人も扱いが難しい。
◇
二枚が出来上がったのは、しばらく後だった。
俺はまず、何も言わずに重ねてみた。
「……お」
輪郭は、今までの二枚より明らかに近い。完全に一枚に見えるわけではない。手仕事なのだから細かな差は残っているが、台木へ付くところや、これから他の部品の基準になるところはかなり揃っていた。
次に穴を見る。
重ねた向こうから光が通る。
「鋲」
新八が一本渡してきた。
一枚目へ通す。
入る。
抜いて、二枚目へ通す。
こちらも入る。
「……入ったな」
「入ったな」
弥吉が横から覗き込んだ。
「それだけ?」
「何が?」
「もっと喜ぶんかと思った」
「ネジで散々やったし」
「そういうこと言うなや」
自分でも少し思った。
以前なら、別々に作った物へ同じ部品が入っただけで大騒ぎしていたはずだ。今はもう、それだけでは足りないと知っている。
俺は二枚の地板へ、カラクリの部品を仮に付けてみた。
どちらにも付く。
形としては収まる。
だが、指で動かしてみると、片方で手が止まった。
「……ん?」
「何?」
新八も触る。
「こっち、ちょっと固いな」
「やろ?」
もう一方を動かす。
こちらは軽い。
同じ場所に穴がある。同じ鋲も入る。同じ部品も付く。それでも、動きは同じではない。
「入っただけじゃ駄目か」
「鉄砲やからな」
弥吉が言った。
「動かんかったら意味ないやろ」
「……せやな」
寸法が合う。
取り付けられる。
その次がある。
ちゃんと働く。
ネジなら、入って締まればひとまず役目を果たした。だがカラクリは違う。火ばさみは動かなければならないし、引金を引けば決めた通りに働かなければならない。
形を揃えれば終わりではない。
動く物には、動く物の揃え方があるらしい。
また一つ、見るものが増えた。
◇
俺は地板を手にしたまま、そこへ取り付ける物を一つずつ眺めた。
固定するところ。
動くところ。
外したいところ。
外さなくてもいいところ。
同じ地板の上に付いていても、役目はそれぞれ違う。なら、全部を同じ方法で留める必要もない。
鋲のままがいいところもある。軸として働くなら、なおさらそうだ。
だが、外したいのに、普段はしっかり留めておきたい場所なら。
「……使えるとこ、あるな」
「何が?」
新八が聞いた。
「いや」
俺は近くの箱を開けた。
中には、あれだけ俺を鉄砲から遠ざけた物が入っている。
榊一番。
一本取り出し、指先で転がした。
せっかく作ったのだ。
何でもかんでもネジにするつもりはない。鋲の方が向いているところまで、わざわざ置き換える意味もない。
でも、使う意味のある場所なら、鉄砲に使ってもいい。
そう考えた、その時だった。
「源兵衛おるかあ?」
工房の入口から、聞き覚えのありすぎる声がした。
俺の手が止まる。
「……しまった」
「何が?」
新八が聞く。
俺は手の中の榊一番を、そっと箱へ戻した。
「見られたら面倒なもん、今ちょうど持っとった」




